日曜日が足りない

 第2話
細みの赤いリボンが結ばれたギフトケース。
それらを入れるペーパーバッグには、あかねぐらいの年頃には手の出ないブランドのロゴが入っている。
結局友雅の好意をはねのけられず、あかねはストールを受け取ることになった。

「すいません…こんな高いものもらっちゃって…」
「気にしなくていいよ。こうして誰かにプレゼントを買うなんて、滅多にないことだからね。私こそ楽しませてもらったよ。」
吹き抜けのガラスの天井から差し込む光が、屋内噴水の周りを彩る緑に注がれている。青々としたグリーンは、太陽と水を十分に受け止めて生き生きとしていた。
こんなに気持ちがいいのは久しぶりだ。人工的な建造物の中にいるのに、今ここだけ森林浴をしているような気分になる。

「そろそろお腹空いてきた頃かな?」
噴水の中の水時計は、既に正午を過ぎていた。
「でも…今の時間はどこも混んでいるんじゃないですか?私は少しくらいなら時間ずらしても平気ですけど……」
しばらく友雅はベンチに腰掛けたまま考えていた。
「それじゃ、私の知っている店に行ってみよう。あそこなら知り合いだから、この時間でも融通きかせてもらえそうだしね。」
確か、駅から少し歩いたところだったと思う。さほど頻繁に顔を出しているわけではないが、行けばなんとかしてくれるだろう。基本的にはディナータイプの店だが、まあランチタイムに使うのもたまには良い。



友雅はあかねを連れて、ビルのエントランスを抜けて外に出た。
雑踏と共に流れる風はぬるくて、あまり心地よさを感じられない。この時間は車道も歩道も混雑している。
原色色のインテリアでまとめられた、ファーストフード店も行列が出来ている。


その店を横切った時だった。


「………てめぇ、こんなところで何やってんだよ!」


背後から聞こえた少年の怒鳴り声に、びくっとしてあかねが肩を震わせた。
聞き覚えのある声に友雅は振り返る。そこには夕べまで散々顔を合わせていた少年が、仁王立ちして二人を睨んでいた。
「さっさと朝になったらスタジオからトンズラしやがって!こっちはまだ仕事中だってのに、おまえが姿を消したら何にもならねえだろうが!」
あかねは友雅の影から、こっそりと顔を覗かせて見る。年の頃は…あかねとさほど変わらないくらいだろうか。赤く染めて立ち上げた髪が、血気盛んな彼の性格を表している。
「おまえがいなくなったせいで、仕事も先に進まねえんだよ!早くスタジオに戻りやがれ!」
飲み干したコーラの紙コップを握り潰して、歩道沿いにあるダストボックスに放り入れたイノリは、一気に言いたいことを包み隠さず感情に任せて吐き出した。
友雅は髪を掻き上げて溜息をつく。
「やれやれ……。全くそんなに大声で騒ぎ立てるもんじゃないよ。彼女がびっくりして可哀想だろう?」
そっと腕を伸ばしてあかねの前を遮ったが、イノリは背後にいる彼女の姿を見逃さなかった。
「……良い度胸してんな。仕事ほったらかして朝からデートかよ!?」
「まあ、そういうことだね。」
デート…という言葉を聞いて、改めて頬が熱くなったあかねは、ぎゅっと友雅の袖にしがみついた。

「それがいい大人がすることか!」
ショート寸前のイノリに比べて、友雅はさっきから全く様子も変えない。
「悪いけれど、別に私は今回の仕事には執着していないし。私にとっては彼女の存在の方が、よっぽど魅力的だから仕方がないかな。」
「何だとぉ〜っ!?」
友雅の後ろでまっ赤になっているあかねなど気に留めず、イノリがこちらに向かって突き進んできた。そして友雅の腕を掴んで、また怒鳴るかと思うと…その矛先は意外なことにあかねの方へと向かってきた。

「おい!後ろにいるアンタ!アンタもなぁ!こいつの女だったらデートの誘いになんか乗らないで、さっさと仕事場に引き返すように言えよ!」
思い切り顔を接近させて、ガミガミとイノリはあかねにまで文句を言い出した。
友雅はイノリの肩に手を添えて、どうにかなだめようとする。
「少し落ち着きなさい。全く…何の罪のない彼女を怒鳴りつけるなんて、可哀想だろう?」
「うるせーっ!こっちはメジャーデビューで気合い入れて仕事してんだ!あんたたちの気まぐれでスケジュールをめちゃくちゃにされちゃ困るんだよ!」
確かに彼にとってはメジャーデビューのレコーディング中、スタジオを抜けてデートなどしている友雅を見て面白いわけがない。
しかし、だからと言ってあかねにまで文句を言うのも矛先違いに変わりはない。


イノリが振り返った瞬間、友雅が手のひらを彼の目の前に叩き付けるように差し出した。
一瞬、その威圧感にイノリも息を呑んだ。
「ストップ。これ以上彼女を怒鳴りつけたら、私も黙っちゃいないよ」
「……何ぃ?!」

「行くよ」
くるりと振り返った友雅は、あかねの手首を掴んだ。そして、少し強めの向かい風に逆らうようにして、思い切り引っ張って走り出した。

「てめぇっ!待てよっ!!!」
背後からイノリの大声が飛んでくる。
友雅は一度も後ろを振り返らずに、あかねの手を離すことなく足早にその場を走り去った。

■■■

全速力で走ったあと、息を切らして倒れ着いたのは駅から少し離れた公園だった。繁華街が近いために広さはあまりないが、それでもわずかな遊び場ではしゃぐ子供達の姿が見える。

「悪かったね…走らせてしまって」
「だ、大丈夫ですけど…っ。友雅さんこそ……」
ろくに眠りもしないで、あかねを引っ張って走り続けて。
「年甲斐もなく無茶したかな…。でも、大丈夫。これでも逃げ足は早い方だからね」
冗談まじりに笑って答えた友雅の表情は、いつもと変わらなかったのであかねは少しほっとした。

近くの自販機で、冷えたアイスティーと缶コーヒーを買って、二人は木陰のベンチに腰を下ろした。昼下がりの外の景色は、少し暑くて煮立ってしまいそうなくらいになる。
「さっきの……お仕事で一緒の人…ですか?」
冷たい喉越しで口を潤しながら、あかねが尋ねてきた。
「ああ。彼らが今度デビューするっていうんで、そのプロジェクトにちょっと参加していうRんだけれども。まだ若いだけに気分をストレートに叩き付けてくるものだから、少し衝突してしまうことも多くて…こんな状態だよ」
苦笑しつつ、友雅は答えた。

赤い髪と、健康的な度合いに灼けた肌がタンクトップとジーパンに似合う。大きくて気の強そうな目が、近づいた一瞬見て取れたけれど…結構綺麗な瞳をしていたような気がする。
アイドル…?は似合わないかな。となると…今流行のインディーズかな。メジャーデビューということだから、結構その世界でも人気はあるんだろうが…何しろそういうのにはあかねは疎い。
友雅とは全く雰囲気が違いそうだから…まあぶつかることもあるんだろう。
しかし、彼のイメージと友雅を比べてみると……まるっきり違う気がして不思議でもある。そのアンバランスさが面白くもあるのかもしれないが。

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Megumi,Ka

suga