日曜日が足りない

 第1話
「さて」
ティーポットの中の二杯分の紅茶が空になり、焼きたてのアップルパイも姿を消した頃。日曜日のカフェにもようやく人でにぎわい出す時間になっていた。
「どうする?このままずっとここに居座るわけにも行かないし…どこか出掛けてみるかい?」
友雅の指先が触れるグラスの氷は、もう少しで溶けてなくなりそうだ。

「今朝まで仕事だったんでしょう?お部屋に戻ってゆっくりした方が良いんじゃ…」
「まあね、寝不足じゃないとは言い切れないけれど。でも自分としては、今の気分は…部屋に帰って眠るよりも、気分転換をしたい気持ちが強いかな。」
そう言って目の前に座っている友雅は、あかねに向けていつもの笑顔で応える。とても徹夜明けの表情には見えない。
だけど、本当はきっと疲れているはずで……。そう思うと、あれこれと自分のしたいことを提案も出来ない。

「じゃ、公園とか…はどうですか?」
この店と逆の方向に、少し広めの公園がある。子供達が遊び回る雰囲気、というよりも、都会の中の憩いの自然という感じで、青々とした芝生と小さな池が気持ちいい場所だ。
疲れている友雅でも、あそこだったらゆっくり出来るかもしれない。木々も多いので、木陰に寝転がることも出来る。

「君が行きたいのならば構わないけれど。でも…普通の高校生の女の子は、ショッピングとか映画とかが好きなんじゃないのかい?公園じゃなくて遊園地とか…?」
友雅はあかねに言った。おそらくあかねが自分の意志を抑えて、友雅がゆっくり出来る場所をと選んだつもりなのだろう、と察したからだ。
「私は大丈夫だから、遠慮なく行きたいところを言ってごらん。勿論、公園でのデートもロマンティックで良いかも知れないけどね。」
グラスを指先でつまびくと、透明な音がした。
裏の裏を読まれてしまっている。友雅に会ったときから、いつもそんなことの繰り返し。
どれだけ隠してみても、あかねの本心を彼は読みとってしまう力を持っている。それは不思議な力で…そしてその力に惹かれてしまう。

「じゃあ……えっと…駅の近くに出来た、新しいタワーのお店とか見て回りたいなって…」
精一杯考えて、やっとのことで絞り出した最小限の本心。
「了解。それじゃ今日は一日、お姫様のお出かけに付き添って差し上げるよ。」
そう言って友雅は、あかねの手を取ると椅子から立ち上がった。

■■■

中心街の南口近辺に比べて、今まで北口側はひっそりとした雰囲気を漂わせていたのだが、先月出来たばかりのタワービルの出現で、一気に周辺は近代的な盛り上がりを続けていた。
ブティックなどの各種テナントからレストラン、カフェ、アルコールを扱ったバーなども組み込まれ、人の流れも南口に劣らないほどになっている。
「出来たころから一度行ってみたいなと思ってたんですよー」
吹き抜けのエントランスをくぐり、天井から差し込む眩しい太陽光線を浴びながらあかねが言った。
今年の春から受験生になって、こんなところに出入りすることも殆どなくなってしまっていた。それがまたストレスに変わっていたのだろう。
「何か欲しいものでもあるのかい?」
長く続くエスカレーターを昇りながら、前を歩くあかねに友雅が尋ねた。
「欲しいものはいろいろありますけどー……とても予算が合わないから、取り敢えず目で楽しもうかな、って感じで☆」

ターゲットをOL標準にしているせいか、全体的に雰囲気は大人っぽい。高校生には少し高めのブランドばかりで、憧れながら目の保養にするくらいが良いところだ。だが、それもまた気分的には楽しい。
一人ではないし……しかも、一緒にいるのは…友雅だし。
そんなことを考えると、つい表情がほころんでしまって。彼に背を向けて歩いていて良かった、とあかねは思ったりした。


正直なところ、ブランドなどには全く詳しくない。まず、着るものにはこだわらないからだ。
どうやらクローゼットに揃っている衣服は、それなりのクラスレベルのブランドらしいのだが、殆どがもらい物か、適当に店に行ってまとめ買いか…あるいは昔付き合った女性が買ってきたものだったり、そんなところだ。
故に、友雅は殆ど関知していない。自分で買う時もカードでまとめてしまうため、値段もあまり気にしたことがない。まあ、それで不自由もしないので、本人は全くいつもどおりだ。

あかねは少し先を歩いて、ガラス張りのショーケースに彩りを与えているマネキンたちを眺めていた。
大人っぽいものから、カジュアルなもの、フォーマルなものやボーイッシュなもの…。似合う・似合わないは別にしても、彼女くらいの年令の娘は何でも憧れるものなのだろう。

「今年はこの色が流行りなのかなぁ?」
立ち止まっていたあかねにようやく追いついた友雅は、その目の前に並ぶマネキンの服を見た。
朝日のように柔らかなレモンイエローの、ふんわりとしたモヘアニットのワンピース.
周りを見渡してみると、同じような色合いの服が並んでいる。あかねの言った言葉の意味がやっと分かった。
「もう秋冬物か。こういう業界はずいぶんと気が早いねえ。これからやっと夏がやって来るっていうのに…」
町中を歩いている人々はノースリーブか半袖だというのに、並んでいるのは長袖でしかもニット。見ているだけで暑さが伝わってきそうだが、あかねは結構あっけらかんとしている。
「うーん、でも…今からこういうの見ておけば、今年の秋冬の流行って早めに分かるし。その時期になったらお買い物とかもしやすいから、ちょっと早めの方が良いんですよ」
そう言ってもう一度、ショーウインドウに視線を戻した。

なるほど。そういう考え方もあるのか、と妙に友雅は感心してしまった。
確かに彼女くらいの年令ならば、ファッションの流行には人一倍敏感になるのだろう。自分に似合うスタイルの中で、流行をどうやって取り入れれば見栄えが良くなるか。そんな事を考えながら服装を気にして。
……そんな姿もなかなか可愛らしいものだ、と思う。

「でも、今年はそんなことも気にしてられないなぁ…。秋になったら、それこそ受験に集中しなくちゃいけなくなるし…買い物なんて殆ど出来なくなりそう…」
今はまだ少し気楽でいられる。だが、それもあと一ヶ月と少しだろう。夏はゼミの講習でスケジュールがいっぱいだし、それが終われば…さすがに受験体制を強化しなくてはならない。こうしてのんびり街を歩く機会も、どんどんと少なくなっていくのだろう。
そうなったら………友雅と会う機会もなくなるんだろうか。そしていつしか……会うこともなくなるんだろうか、と思ったら寂しくなってきた。

「それじゃ、しばらく出掛けられなくても良いように、今のうちに買い物を済ませておくかい?」
友雅が手に取ったのは、大判のストールだった。勿論、流行色と思われる明るめのレモンイエロー。肌触りの良いカシミヤ100%だ。
「これなら寒くなっても大丈夫だろう。これからは夜遅くまで勉強することが多くなりそうだから、風邪をひかないように、これにくるまって頑張ると良いよ。」
そう言ったあと、彼の後ろで待機するようにして微笑んでいたマヌカンに向けて、そのストールを預けて包装するようにと友雅が頼んだ。
「リボンは何色が良い?やっぱり女の子は…赤いリボンかな?」
ということは、それはまさしくあかねにプレゼントするための注文で。

「ダ、ダメです!そ、そんな高いのなんてもらえないですっ!!!!」
あかねは焦った。さっきまで眺めているだけのものを、ぽんと簡単にプレゼントされるなんて…とてもそれ自体は嬉しいことだけれど……。
「どうして?今は使わなくても、冬は寒くなるんだから必要になるよ。それまでしまっておけば平気だよ。」
「そ、そ、そういう意味じゃなくてっ!!!」
ちらりと見た、同じタイプのストールは……マフラーサイズでも20000円程度。彼が手に取ったのは、あかねの身体をすっぽり覆うほどの大きさのものだ。値段は倍以上…するかもしれない。
そんなものを、いとも簡単に友雅に買って貰うなんて出来っこない。彼とは……そんな間柄ではないし、そんな高価なものを貰う意味もない。

戸惑いの表情で友雅を見上げるあかねの髪を、そっと撫でるように彼の長い指がすくい上げる。
「受験勉強がはかどらなくては、気晴らしの時間も取れなくなるだろう?そうなったらこんな時間も取れなくなってしまうし。それじゃねえ……困るから、頑張ってもらわないとね」

それは、逢えなくなると困るから、という意味…なんだろうか。あかねが今思っているように、こうして一緒に会う時間がなくなるのは嫌だから、という意味だと…捕らえて良いんだろうか。
友雅はジャケットの内ポケットから一枚のクレジットカードを取り出して、レジにいるマヌカンへ手渡した。



***********

Megumi,Ka

suga