雨上がりのRaindrops

 第3話
愛用のMartin D-45は、丁度良い状態に使い込まれている。
毎日奏でているわけではないが、それなりに愛着を持っているのは確かだ。
あまり物に執着心のない友雅にとっては、結構珍しい話である。
が、いくつかのギターをてにして来たが、それでもこれが一番自分の思っていることを音として表現してくれる。

「…ん。こんな感じで良いかな。」
一つ目のデモテープを録り終えて譜面紙にメロディーを書き写している時、電話が一斉に鳴り響いた。近くにある子機を手に取る。
国際電話の交換士の声がした。

「もしもし、橘さんですか。『Moondrop Music』の森村ですが」

少し遠い声が、互いの距離感を感じさせる。
「お仕事の具合は如何なものでしょうか?」
「ああ…デモをひとつ仕上げたところでね、今譜面を作っているところだ。思った以上に自分としては良い感じで出来上がったと思っているのだけれど…」
「それは良かったです。このペースで、今後もよろしくお願いいたします」
きちんとして落ち着いたトーンを崩さず、森村はそう言って友雅をたたえた。

「こちらでのスタッフの調整もまとまりつつありまして、二日後にはロンドンを発って帰国する予定なのですが、お仕事中の気晴らしにと思いまして、昨日こちらからブランデーを数本お贈りさせて頂きましたので、是非お召し上がりになってください」
「うーん…あまり気を使われると、こっちも堅苦しくて嫌なのだけどね……でも、まぁそれくらいなら喜んで受け取らせて頂きますがね」

口ではそう言ってはみたが、それなりに名高い名酒の一本。そう頻繁に味わえる代物でもない。もらえるので有ればその好意を受け取らないでいては損だ。
「では…その他には何か、こちらでご用意するようなものがありますでしょうか?」
「別に………あ。」
他人あれやこれやと注文をつけるような浅ましいことは趣味ではないし、こだわりなんてものも皆無に近い友雅である。
森村に頼み事などないと思っていたのだが、一瞬頭の中に浮かびあがった残像が彼の神経を敏感に動かした。

「あなたが泊まっているところは、ピカデリーサーカスに近いかな?」
「ピカデリーですか…?ここからは少々離れていますが、ロンドン支局のビルは比較的近いところにありますが」
「そう。じゃあそこの近くに銀細工の工房があるから、そこでシルバーのペンダントあたりをひとつ見繕ってきてくれるかな」

友雅の言葉に、森村は受話器を手にしながら少し驚いた。

「どのようなデザインが…よろしいんですか?」
「あまりゴージャスなものじゃない、カジュアルなものが良い。高校生くらいの女の子が、普段付けてもおかしくないような、ちょっとしたもので良いんだ。適当に選んできてくれるかな」
「はぁ…では帰国後の打ち合わせの際に、お持ちいたします」
そう言って、霧に包まれた国から通じていた電話は途切れた。


電話が終わったあと、森村は首をかしげていた。あの友雅が、何故そんなものを頼んだのだろうか。
しかも、『高校生くらいの女の子がつけてもおかしくないような』というコメント付きだ。
確か彼は独身のはずであって、まさか……そんなに若い恋人でもいるんじゃ…?
他人のプライベートのことは関知しないこと・深入りしないことが芸能界・マスコミでの通説だが、高校生といえば娘の蘭や、天真の友達であるあかねと同じくらいだ。
表舞台に立つこともあまりなく、ましてやインタビューなども殆ど受けたことがない彼の正体は結構謎に包まれている。
しかし………。首をかしげながら森村は、友雅の言っていた店へ向かった。

■■■

友雅の家から戻って一週間近くが過ぎた。
相変わらずテストの成績は平均程度なのだが、以前よりも気分が軽く感じられる。
無茶というレベルの点数ではないのだし、ゆっくり自分のペースで無理せず前に進めばいいのだ。
あんなに下向き調子だった気持ちが、今は嘘のように消えている。

「あかね、夕べ親父が帰国してさ。土産があるから家に寄ってけってさ」
放課後、天真があかねの席にやってきて言った。
「ホント?でも疲れてるんじゃないの?おじさん…」
「良いって。そんなこと言って、おまえもちょっとばかし楽しみなんだろ?」
天真の言葉に、あかねは笑いながら下を出した。


ところで、あれから散々だった。
天真には友雅のことをあれこれと突っ込まれ、現場を偶然にも押さえられてしまった詩紋にもあれこれと尋ねられて返答に困った。
『恋人なんだろう』と何度も尋ねられたが、難しい微妙な二人の関係を説明するには無理があるため、なんとかごまかして通り過ぎた。
出会ってから、まだ二度しか会っていないのに。ずっと昔から知り合いだったような、そんな他人行儀のぎこちなさが何故か感じられないのは何故だろう。

不思議な出会いと、不思議な関係。
あかねと友雅は、そんな表現が一番しっくり行く。

■■■

海外旅行なんて全く縁のない家庭育ちのあかねとしては、天真の父の海外旅行の土産はいつも少しだけ楽しみだった。
日本では見たこともない、独特のデザインや素材は見た目にも楽しませてくれる。

「これは天真の分な」
「ういっす。サンキュー」
ロンドンというよりもアメリカの土産のような、ビンテージ物のバスケットシューズを父から受け取った天真は、ベランダに出て自分の足で履き心地を確かめている。

「で、これは蘭、こっちはあかねちゃんの分だ」
「あ、ありがとうございます…」
天真の父からそれぞれに小さな箱が手渡された。
手のひらに乗るくらいの大きさだが、きちんとリボンもしてあり、包装紙も丁寧で上品な模様だ。
「気に入るかどうか分からないが…開けて見てご覧。ちょっとしたお使いを頼まれた店で見つけてね。買ってきてみたんだが。」
そう勧められて、二人は真っ白なリボンをほどいて包装紙をはがし、その箱のふたを開けた。

「わ…すごい綺麗…!」

箱の中にあるそれは、手に乗るくらいの小さな木の葉のブローチだった。
キラキラとしたシルバー細工の木の葉で、その上に小さな水色の丸い石がいくつか散らばるように配置されている。
まるでそれは、雨上がりの雨粒のように見えた。

「へえ〜。親父にしちゃあセンスいいじゃん?珍しく」
あかねの手のひらの上にある小さな小箱の中身を、しげしげと天真が後ろから覗き込みながら減らず口を叩いた。
「あかねちゃんと蘭くらいの年の女の子に合うものを…と、ある人に頼まれてね。そこで見つけたんだよ。どうやらその人の知人がやっている工房らしい」
あかねは木の葉と手にとって、その水色のしずくをじっと眺めた。

この間の朝に見た、雨粒のような光だ。瑞々しく、そして光を透過してダイヤのカボッションのように輝く。

何故か…友雅を思い出した。

あの時のことを思い出した。

雨上がりの朝に、二人で見たしずくの光を。


無性に…………彼に会いたくなった。





---------THE END


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Megumi,Ka

suga