立ち止まる時間(とき)

 第2話
「君の連絡は電話にしろメールにしろ、いつも唐突過ぎるね。」
『申し訳ありません。どうしても御連絡したいことがありまして…つい』
電話の相手は、頼久だ。
つまり、メールを送ってきた相手も彼である。

"早急に、お話したいことがあります。お時間が出来ましたら、御連絡下さい。"

用件を簡潔にまとめた、シンプルなメール。
彼女からの可愛いメールかと思ったのに、期待を裏切られたことに加えて、気が重くなった。
彼が早急に話したいなんて、おおよそ中身は見当が付くからだ。

「それで、用件は?今、スタッフとランチに来ているところを、抜けて来ているんだよ。あまり時間は取れないから、簡単に説明してくれないか?」
店の中から、何人かの客が出てきては通り過ぎてゆく。
平日のランチタイムは、もうそろそろ終盤に差し掛かった時間。
「頼久?」
返答がない電話の向こう側に向け、友雅は急かすように彼の名を呼ぶ。
『あ、すみません…その……』
一旦そう切り出したは良いが、また頼久はそこで言葉を止めた。
仕事ぶりも行動も、はっきりと筋の通った印象の彼にしては、こんな風に戸惑った様子は珍しい。
そんなにも口ごもるような内容なのか?
だとしたら、一体どういう用件なのだろう。

『すみません、橘さん。今、お時間がないのでしたら…日を改めて、近いうちにまたお会いできませんでしょうか?』
--------ふう。
大きな彼のためいきが、携帯からも伝わってきた。
「またかい?わざわざ会ってまで話すようなことでも?」
『そうです。』
次に返ってきた声は、いつものように背筋の伸びるような、硬質な声だった。

『橘さんにお伝えしたいことがあるのです。簡単には、ご説明出来ません。』
「…どうしても会って話す…しかないのかい?」
『はい。どうしても、です。』
これは簡単に引き下がってくれなそうだ。
それ以外の選択肢はない、と言っているかのような、静かな威圧感さえ感じられるほどに、口調は硬い。
「分かったよ。君の粘りには時々根負けするよ…」
『申し訳ありません。』
悪気はないのだろうけれどね。
元々、そんな腹黒さなんて縁遠いほど、真っ直ぐな男だからね…。
ランチを済ませた人々を尻目に、友雅はソファに背を預けて、天井のシャンデリアをぼんやり眺める。

「で、いつ、どこで会うんだい?」
『出来るだけ早めにお会いしたいのですが。』
まだレコーディング作業には早いし、今日打ち合わせが終わったので、今週のスケジュールには余裕がある。
ただし、念のために土日だけは空けておくのは、もう常識。

『明後日…の午後、当社にお越し頂けますか』
「…君の会社に?」
以前は祖父の工房だった場所も、今は彼が責任者。彼の会社と言って間違いない。
しかし、会社で話すとなると…やはり内容は面倒なことのようだ。
「了解。じゃ、午後の予定は空けておくから、適当に時間を決めてくれるかな」
頼久も多忙であるので、行き当たりばったりで予定を入れるわけにはいかない。
取り敢えず明後日の午後1時、彼の会社で昼食でも交えて----という約束になった。
とは言っても、和やかなランチなんてことは…おそらく100%あり得ないだろう。

大きなためいきが、また吐き出される。
疲れたように、がくりと頭をうなだれて…全身が重い。
昼下がりの日差しは、今の友雅には少々キツイものだった。


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「元宮、ちょっと待て」
ある日の放課後。
天真が待っているバイク置き場へ向かおうと、教室を出たところで担任に呼び止められた。
「どうだ調子は」
「えーと…まあ、こないだの予備校の模試結果は、一応まだ安心ライン保持で…」
受験勉強の状態を尋ねられたのかと思い、あかねは最近の成績状態を話した。
が、担任は顔の前で手を左右にかざす。
「いやいや、成績のことじゃなくてさ。おまえの進路のことでの…親御さんの反応のことが気になっててな。」
ああ、その話だったのか。
確かにこの間の面談では、担任の前で思いっきり醜態を繰り広げたから、あれじゃ気にもなるだろう。

「…まだ何とも…って感じです。」
相変わらず母は、進路変更について納得していない様子。
けれど、頭ごなしにガミガミ押し付けるようなことは、なくなったような。
「私も諦めが悪いから…。両親にも根気強く、いろいろ話してますけど…聞いてはいるみたいです。」
話を聞いてくれるだけでも、進歩したと良い方に考えておく方が良い。
それには父の存在が、少しプラスに影響してくれたのかもしれない。
「父も微妙ですけど…でも、最初から否定はしなかったんで…。」
受け入れてはくれていない。
でも、話し合いに応じてくれることで、こちらも本気の気持ちをしっかり伝えることが出来る。
父親は娘に甘いと言うから、そういうことかもしれないけど…。
「まあ、ギリギリでの進路変更だから、親御さんたちも戸惑ってんだろう。」
担任の言うことは、あかねも十分に分かっている。

「でもな、これは元宮が選ぶ道だからな。」
出席簿のファイルで、担任が軽くあかねの肩を叩いた。
「生徒が満足行く進路へ指導するのも、俺等の仕事だし。何か困ったことがあれば、相談しろ。」
「…あ、ありがとうございますっ!」
あかねは深々と、担任に向かって頭を下げた。
学校の立場を考えれば、有名校への進学率を優先すべきなんだろう。
それなのに、生徒の一番良い方向を、一緒に探してくれている。

諦める必要なんかないんだ。
お母さんやお父さんに今は反対されていても、応援してくれる人はたくさんいるんだもの。
先生もそうだし、天真くんたちや森村のおじさんだって、お父さんたちにいろいろ話してくれた。

そして……友雅さん………。

毎日、新しい気持ちで前を向いて、何度も何度も繰り返そう。
しつこいと言われたとしても、諦めてしまったらどうにもならないんだ。
頑張れ、って声がたくさん聞こえてる。
それを支えに、壁を乗り越えるために力を蓄えよう。



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Megumi,Ka

suga