Brand-new Dream

 第4話
一度眠ってしまうと、朝が来るまではあっという間だった。
もう少し起きていれば良かったな、と悔やんでみても仕方が無い。
既に窓の外では、さんさんと朝日が輝いているのだから。

「支度出来たかい?」
「は、はい!もう済みました!行きましょう!!」
まだ7時半だというのに、朝食も着替えも済んだ。
普段は8時過ぎに家を出れば十分間に合うけれど、今日は別。
玄関の鍵を閉めて、運転席と助手席に分かれて乗り込む。
朝早い田舎道の空気は、しっとりした夜露の香りが残っている。

ようやく国道に出ると、行き交う車の数が一気に増えて来た。
あかねにとっては早い時間でも、仕事に向かう社会人はもっと早くから動き出しているということだ。
「本当に、学校から二つも離れた駅で良いの?」
「うん、大丈夫です。あの辺は学区外だしオフィスが多いから、同じ学校の人があまり歩いてないんです。」
対向車が次々に流れる姿を見送りながら、あかねはそう答えた。
学校の近くまで行ければ、それに良いに越したことは無いのだけれど、やはりそうも行かない。
校門には時々教師が立つこともあるし、学校から駅までの道程も生徒の姿が絶えることは無いのだ。
そんなところに、彼の運転する車で登校なんてしたら…次の日には噂の中心になって、下手すれば生活指導室に連れ込まれかねない。
…実際、そういう強者がいたという話も、たまに耳に入ってくるし。
だから今日は、遠回りも仕方が無いだろう。


「それにしても、元気になって良かったよ」
ゆるいカーブを曲がり終え、平坦な一直線道路を真っ直ぐ見ながら友雅が言った。
少し開けた窓からの風に、柔らかい彼女の髪がなびいている。
「一晩休んで、気持ちのリセット出来た?」
「…ん。まだちょっとだけ考えるところはありますけど…。でも、昨日よりはすっきりはしてます。」
「そうか。それで良いんじゃないかな。まだ問題は解決していないんだし、完全に開き直ってしまっても、きっと良い答えは出そうにないしね。」
友雅の言う通りだ。
反対されて、やけになって開き直って両親と背を向けても、わだかまりは消えることはない。
そんなものを作るために、勇気を持ったわけじゃないし。
理解してもらうこともまた、自分の選んだ道の第一難関だと、そう思ってみよう。
「時間を掛けてでも、向き合ってしっかり気持ちを伝えないとね。」
「そうです…ね。」

ひとつひとつ、彼の言葉は胸の中に積み重なっていく。
それはまるで…土壌を豊かにしていく肥料か栄養剤のようなものに思えてくる。
何もない荒れ地の土地から、やがて芽を吹き、そして花が咲くことを夢に描いて毎日を歩いて、歩き続ける。

いつかその花が咲く時が来たら……真っ先に、あなたに見てもらいたい。
隣に居る彼を思いながら、あかねは黙ってその言葉を胸に閉じ込めた。


+++++


滅多に乗ったことの無い路線バスを二台乗り継ぎ、あかねはいつもの駅前にやって来た。
丁度ラッシュアワーにぶつかって、駅のホームからぞろぞろと人が下りて来る。
さっきの駅前は学生なんて殆ど見かけなかったのに、ここではサラリーマンなどの社会人の姿の方が少ない。
高等部と中等部の生徒が、電車・バス、そして自転車or原付で通学してくるために、どこに行っても学生ばかりが目につく。

…やっぱり、遠くで下ろしてもらって良かった。
自転車で仲良く二人乗りする生徒を、ちょっとだけ羨ましい目で眺めながら、あかねは学校に続く坂道を歩いていた。

まず、学校に行ったら職員室に行って、先生に昨日のことを謝っておこう。
そして、昨日の進路変更のことを、ちゃんと伝えなくちゃね…。先生にも、分かってもらうまで。
お母さんたちは勿論だけど、先生だってずっと期待してくれたんだもの。
焦って感情的になっちゃいけないんだ。
落ちついて、真剣に話せばきっと…分かってくれる。例え時間が掛かっても、諦めない根気をまず見せなきゃ…。


「あかねちゃあーーんっ!!!」
自分の名前を呼ぶ大きな声が、背後から聞こえて立ち止まる。
振り返ると、詩紋と天真が急いで坂を駆け上がって来た。
「お、おはよ…あかねちゃん。昨日、その…大丈夫だった?」
「詩紋くん、ごめん…。いろいろ詩紋くんにも迷惑掛けちゃったよね…」
「ううん、僕は別にあかねちゃんが何もなければ、それで良いけど…」
夜半過ぎに、天真からメールが入っていた。
母があちこちに電話して、自分のことを心配していたぞ、と。
その中には当然、友達の詩紋に連絡した旨も書いてあった。
そして、そのメールをくれた本人は、詩紋の後ろで黙ってあかねを見ている。

「天真くん…いろいろ…ごめん…」
「とにかく。問答無用で今日の帰り、駅チカにあるカレー屋の食い放題、おまえのおごりな。」
げ。あそこの店は食い放題とは言っても、夕方のディナータイムだと1人2000円くらいだったような。
月末で結構予算が寂しい時期なのだが……。
「分かりましたぁ。おごります、おごりますよぉ〜。」
彼にも心配掛けさせてしまっただろうし、そのあとも面倒なことを頼んでしまったお詫びを考えれば、2000円なんて安いものか…。
「ま、1000円は後払いってことで、俺が立て替えても良いけどな。」
手のひらがぐっと伸びて来て、思いっきりあかねの頭をくしゃくしゃとかき回す。
せっかく朝早く髪を洗って、ドライヤーを借りてブローしてきたのに、台無しだ。
…でも、そんなさりげない彼の優しさが、何だか無性に嬉しい。

「あ、そうそう。今朝親父がさ、あとでおまえのおばさんに進路のこと、話しておくって言ってたぜ」
「え…おじさんが…?」
「そ。何かおまえ、えらいことうちの親父に信頼されてんのな。だから、おまえは真剣に進路考えてるって話してみるってさ」
一応業界人からの鶴の一声だぞ、と天真は冗談ぽく上から目線で付け加えた。

やっぱりいろいろと、他人に迷惑掛けてばっかりだなあ…私。
友雅さんだけじゃなくて、天真くんや天真くんのおじさんにまで、心配かけてお世話になっちゃって…。
そのためにも、絶対に諦めちゃダメだよね。
おじさんが信じてくれるように、真剣に決めた自分の道だもの。
何度も皆に感謝を繰り返し、次第に力が戻って来た。
もう一度、当たって砕け…てたまるか、と気を引き締めて。
砕けたって、元に戻してまた当たってみせよう、と。


年季の入った鐘の音が、予鈴を鳴らし始めた。
正門前に立つ教師たちが急かし、それに習って生徒たちも一目散に足を速めて坂を駆け上る。
「あー、もうひとつ言い忘れたけど」
門をくぐり終えたところで、何か思い出したように天真が立ち止まった。
「うちの蘭が、大人のオトコとの大人の恋愛とかってのに、非常〜に興味津々みたいよー?。そこんとこ、人生の先輩であるおまえにお尋ねしたいみたいなんで、よろしくー」
「なっ…!何なの、それっ!!」
妙にはしゃぎながら、天真はあかねを放り出して先に走って行く。
夕べ『制服がしわくちゃになったら、妙な勘ぐられ方をするよ』と友雅に言われたけれど、服に皺があろうがなかろうが、天真たちには全く関係なかったみたいだ。


本鈴の音が、校舎に響き渡った。
新しい一日の始まりを告げる、鐘の音が。


-----THE END-----





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Megumi,Ka

suga