Brand-new Dream

 第3話
着替えを済ませたあかねはリビングに戻ったが、友雅に連れられて再び寝室へ連れてこられた。
薄いクリーム色のカバーを広げ、彼はベッドにあかねを誘導する。
「さ、今日あった嫌なことは、全部夢の中に捨てに行っておいで。」
一眠りして、すべてリセットして。
また明日から気持ちを新たに、目的地への道を歩き出せば良いのだから。


「友雅さん…あの…」
ブランケットに身体を忍ばせて、横たわろうとしたあかねが、部屋を出て行こうとする友雅を呼び止めた。
「ん?何か必要なものがあるかい?」
振り返った友雅の瞳が、月明かりよりも優しく見えて、どきどきする。

…眠るまでそばにいて欲しい…なんて、やっぱり恥ずかしくて言えないや。
せっかく一晩一緒にいられるのに、姿が見えなくなっちゃうなんて…何だかもったいない気がして。
そばにいてもらうには、どうすれば良いんだろ…。
…そういう意味じゃなくて、ここに一緒にいてもらうには。
………やっぱり…。

「あの…もし迷惑じゃなかったら…ギター…弾いてくれませんか…?」
「子守歌のご所望?」
あかねは横になって、小さくうなずいた。
そばにいてくれるだけでも良いけれど、あの音も…やっぱり聞きたい。
彼の指先から生まれる、ぬくもりに溢れた優しい音が聞きたい。
「良いよ。眠りを妨げることにならなければ、好きなだけ弾いてあげるよ。」
友雅は、部屋の隅に置かれたギターを手に取り、あかねの枕元に腰を下ろした。
澄んだ音が、一本の指から響き出す。
闇を透かすレースのカーテンみたいに、なだらかな波にも似た音がひとつずつ繋がって、やがて旋律を作り始める。

こちらに背を向けて、抱えたギターの弦を操りながら、あかねが安らかな眠りにつくようにと、静かな静かな音が奏でられる。
どこかで聞いたことがあるような。でも、初めて聞くような。
彼の音は、いつもそんな不思議な気持ちになる。

…友雅さんみたいな音だ…。
出会ってから随分経った気がするけれど、まだほんの半年くらい。
それなのに、友雅さんは誰よりも私のこと分かってくれてる…。
だから一緒にいると安心する。
このギターの音も、ずっと聞いていたいような音。
ずっと……そばにいて欲しくなるような………そんな…音…だ。

週末だけのデートだったはずなのに、今はもっと逢いたい時が増えて。
お仕事忙しいんだから無理なのは分かってるのに、そばにいる実感が無性に欲しくなったりすることがある。

…そうか…誰かを好きになるって、こんな風になることなんだな…。
染み込む音に耳を傾け、身体と心が一体になって静寂へ向かい出す。
ゆっくりと自然に、意識が途絶えて行くのが、なんとなく実感出来た。




背中越しに寝息が聞こえ始めて、友雅はようやく弦から指先を離した。
そっと振り返ってみると、ようやくあかねは本格的に眠りに着いたようで、枕とブランケットの中に顔をうずめている。
自分の気持ちは決まっていても、それを誰かに打ち明けるには、かなりの勇気がいったはずだ。
何せこれまで両親が抱いていた期待を、すべて砕いてしまうような答えなのだし。

それでも、諦めないという強い意志と覚悟があったからこそ、彼女は母親と衝突したんだろう。
自分で選んだ将来だから。それを絶対に諦めない、と決めたから。
「羨ましいものだね…そんな風に、自分の未来を強く切り開く力があるなんて。」
まだどこかあどけなさのある寝顔をして、心地良く眠りについている彼女は、この腕の中でさえ余るほど華奢なのに。
かよわそうに見えて、崩れそうに見えても、その中にあるものはとても強い。

彼女のように、自分の"これから"を考えたことがあっただろうか…と、友雅は自分の過去を思い巡らせた。
一寸先のことさえ考えるのが面倒で、一番楽な方法をいつのまにか探しながら、こうして今まで生きて来た気がする。
表舞台に名前も出せないような自分に、欲や希望を抱いたところで無用に等しい。
幼いころの実績のおかげで、幸い音楽業界に居場所を作ることが出来たが、それでも水面下で生きることには変わりなかった。

どこにいたって、何をしていようと、自分の存在はいないも同然。
作られた音は形として残るが、そこに友雅の名前が記されることはなく、それも彼自身が望んでいたことだった。
望んでいたとおりに、無難に生きてきた。
なのにどうして、空虚感や諦めにも似た気持ちが、いつも付きまとって離れなかったんだろうか。

認めて欲しかったのかな、私は…。
この音を作ったのは自分だと、主張したかったのか?
そうやって、"橘友雅"という男がこの世に生きていることを、誰かに知らせたかったのか?
……そんなことはないな。
多分、そんなことを思ったことはないはずなのだ…けれど。

でも、それならば、彼女が自分の音を気付いてくれたときの、あの気持ちは何だったんだろう。
心の奥の扉に掛けられた楔が、少しずつ崩れて眩しい光が差し込んだような。
そうして、さっきみたいに自分の音を強請られては…あの時と同じ気持ちが蘇ってくる。

もしかしたら、自分が一番自分を分かっていないのかもしれない。
本当は、自分の存在を気付いて欲しいと、ずっと思っていたのに、それを知らぬ振りしていただけで。
そのうちに、どうせ名前も出なければ分かりっこ無いと、すでに諦めて投げやりになって。
……どうにもならないのだから、仕方ないと。
割り切ったように見せかけて。
だから、こんな風に強い彼女の姿を、羨ましいと感じたのだろうか。

もう一度改めて、友雅はあかねの寝顔を見下ろした。
君が気付いてくれなかったら、今も私はつまらない毎日を過ごしていただろうな。
好きな仕事には変わりないのに、それにさえ光を見出せないまま。
祖父が残してくれた言葉も、思い出せなかったかもしれないね。

音を信じること。
素直に音楽を愛すること。
そうしてその音がいつか、大切な人と巡り会う赤い糸となってくれること。
…君に逢うたびに、その言葉を思い出すよ。
おかげで、やっと私は自分の歩いている道の、ほんの少し先が見えるようになったと思う。
もう少し若い時に気付けたら、もっとマシな人生を送っていたかな、と思ったりもするけれど…。

今だから、君に出逢えたのだものね。
君に出会わなければ、始まらなかっただろうから、これもまたきっと、そういう運命なんだろう。

とにかく、出逢えて良かった。
あの路地裏で巡り会えた夜から、動き出した何かをこれからもずっと信じていけたら良い。

願わくば、そこにずっと君がいてくれたら---------------。


あかねの寝息が心音とシンクロし始めて、そのまま友雅はふっと眠りに落ちた。





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Megumi,Ka

suga