Brand-new Dream

 第1話
満足が行くまで食事を堪能したあとで、最後にデザートが運ばれてきた。
艶やかな漆の器に盛られたシャーベットは、どこか和風な雰囲気を思わせる。
「まあ、まだ時間には余裕があるけれど、これからもテレビの収録や取材もあるし。なるべく前倒しで、早めに考えてくれると有り難いんだがな」
「分かってるって。ま、ぼちぼち進んでるから平気だって。」
マネージャーはさりげなく急かすが、そこまで滞っているわけではない。
歌詞は殆ど出来上がっていて、あとは無駄な部分を添削するだけだし、メロディーも大体の流れは決まっている。
揃った材料を、どうまとめるか。それで曲の仕上がりが決まるのだから、神経も使うし時間も掛かるのだ。

早く仕上げたいけども、焦ってダメな出来にはしたくねーしなあ。
おっさんも、そこんとこはおおめに見てくれてるし。
"早く聞きたいのはやまやまだけど、焦っては頭の回転が悪くなるだけだからね"
そういう友雅の言葉に甘えて、地道に自分のペースを保っている。
でも、マネージャーの言うとおりに、これからCD発売日になるまで、スケジュールはまだまだ過密状態。
無茶のないレベルで、少しスピードアップを考えながら進めるとしようか。

「イノリ、携帯が鳴ってるぞ」
脱いだパーカーの上に置かれた携帯が、震えながら着信ランプを点灯させている。
取り上げて中を開くと、見覚えのない電話番号が記されていた。
…誰だろ?
「はい、もしもしー」
相手が分からないので名は言わずに、イノリは向こうからの応答を待ち構えた。
『まだ食事の最中だったかな?邪魔して悪いね』
その電話の相手は、思いも寄らない相手だったが、ついさっきまでイノリが頭の中で思い描いていた人物だった。





思い当たる節は、手当たり次第当たってみたが、手がかりは全く得られなかった。
蘭にも聞いて、あかねが行きそうな場所を探ってみても、反応はゼロ。
「ねえ、もしかしてあかねちゃん、彼氏のところに行ってるんじゃない?」
「…男んとこ?」
「そ。だって一人でウロウロなんか、出来ないじゃない。だから彼氏に連絡して、一緒にいるんじゃないかなあー」
確かに蘭が言うとおり、そういうのも有り得る。
友達のところにも行かずに、彼女がすがる相手と言ったら…恋人か。
「でもなぁ、俺ら相手のこと全然知らねぇしなあ…」
一緒にいるなら、それはそれで良いけれど。
ただ、とにかくあかねの現状をはっきりさせて、彼女の両親に連絡をしておかないといけない。
何度か直接電話やメールを入れているが、返事は戻ってきていない。
…せめて一言くらい、俺んとこに連絡してくれりゃいいのになあ。
八方塞がりのまま時間が過ぎる。
天真は携帯を、ベッドの上に放り投げて溜息を付いた。


しばらくして。
「お兄ちゃん!携帯が鳴ってるっ!」
部屋の中に響くメロディに慌てた蘭の声に、天真もすぐに起き上がった。
すぐに携帯を掴み、発信相手も確認せずに通話ボタンを押す。
「もしもし!あかねか!?」
こんな時間だから、電話してくるならきっと彼女だ…と確信していた。
しかし、聞こえてきた声は女性ではなく、若い男の声だった。

『もしもし?あのー、はじめまして。元宮あかねさんの代理で電話してます。』
「…は?あんた…誰だよ」
全く聞いたことのない声だ。
声のトーンからすると、年は天真と同じくらいか、蘭くらいの年頃。つまり、同世代の男の声である。
一体彼は何者だろう?あかねの代理で電話…って、そこのところもよく分からない展開だ。
『あ、悪いけどもこの電話は、周囲にはオフレコってことにしといてね。』
「待てよ。おまえ…一体誰だ?黙ってろって言われても、こっちはあかねの居場所が分かんなくて、躍起になってんだぜ?事によっちゃ、そうもいかねえんだよ」
『だからさー、そのために俺があの子の代わりに、あんたに電話してるんだって』
蘭がベッドに乗り上がって来て、電話の声を聞こうと天真に耳を寄せてきた。
"誰から?"と身振り手振りで示すが、今はまだ返事が出来ない。

「…もしかしておまえ…あいつの彼氏?」
『ち、違うって!俺はその…彼氏の代理!でも、名前は言えないけど…さ。』
まあ、確かに…。蘭の噂話を聞いたところによれば、あかねの彼氏らしき男は社会人らしいと言っていたし。
社会人と言っても年齢は多種多様だが、電話の声の主はそういう感じには思えない。
だが、どうして名前を言えないんだろう。両親にはまだ内緒にしたい、ということだろうか?
電話をしながら、頭の中であれやこれやと雑念が浮かびつつも、相手の声は続いている。

『何かさ、カノジョ…親と小競り合いしたんだって?で、家に帰りたくないってんで…彼氏んとこに泣きついたみたいで。』
"やっぱり!"と、蘭が天真の肩を軽く叩いた。
「じゃ、あかねはそいつと一緒にいるのか?」
『そうらしいぜ。でも、明日学校行けるようにするから、とにかく今夜は安心してくれって。』
不透明なところは多々残るが、居場所が分かっているなら、まずは一安心か。
一人だったら心配もしたが、恋人が一緒なら…ま、いいだろう、そこんところは。

『そういうわけで、今夜はアンタたちの家に泊まるってことにして、あの子の親御さんに連絡してやってくれないか、って』
「ああ、そういうことなら別に構わねぇけど」
本人は何とか落ち着いたが、まだ両親と向き合うほどではない。
直接連絡した方が良いのだろうが、無理に引っ張り出すのも今は正解とは言えないだろう。
だから、友達である天真から家に連絡をしてやって欲しい、と彼は言われたのだと言う。

「アンタさ、そいつのこと…知ってんの?どんなヤツなんだ?」
『うーん、まあ…詳しいことは言えないんだけどー。でも、ま…ヤバイ相手ではないからさ。心配しなくても良いって。』
歯切れの悪い答えばかりで、真相は見えてこない。
素性を隠すような相手…なんて、どうも怪しい人物にしか思えないのだが。
『胡散臭そうに見えるかもしんないけど、少なくともあの子に関しては…何より一番にフォローしてるヤツだぜ。そこんとこは安心してくれよ。』
電話の彼は、まるで天真たちの不安な様子が見えるかのように、あかねの相手について話してくれた。

『とにかく、そういうことだから。あとはよろしく頼むな。』
「分かった。色々と迷惑掛けて悪かったな。」
『良いって良いって。向こうにお礼もらう約束だからさ。』
気持ちの良い笑い声を絡ませて、彼は自らの名前も言わずに電話を切った。




コンコン、と書斎のドアをノックする音がして、蘭が部屋の中に入ってくる。
「お父さん、あかねちゃんの居場所分かったよ」
あかねの居場所が分からないと聞き、森村もずっと落ち着かなかったのだが、やっとホッと良い情報が入ったようだ。
天真からの話では、進路変更について両親と揉めたとも聞いていたし。
おそらく取り乱しているだろうから、どこにいるのか心配していたのだが。
「今日はまだ落ち着かないから、彼氏のところに泊めてもらうって。だけどー、ほら、一応そういうことは公に言えないからね。一応今夜は、うちに泊まるってことにしてー、お家に連絡しといてくれって言われたの。」
「そ…か。彼氏…と一緒なのか…」
ふふふー、と鼻歌交じりに、蘭は意味深な笑みを浮かべている。



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Megumi,Ka

suga