With You

 第3話
『それで、一体どうしたのかな?急に逢いたいなんて。嬉しいけれど、理由の方が気になるね。』
「あ、あの……」
胸の奥が、どきどきと乱れ始める。
何て言おう?正直に今日あったことを、彼に話した方が良いだろうか。
思い切って両親に進路を打ち明けたけど、第一ラウンドはあっけなく玉砕してしまったと。
それで、飛び出してきて…家に帰る気にならないから、こうして町を放浪しているのだと。

…でも、改めて考えてみると。
---------何だか、子どもみたいだよね…。
自分の意見を一度否定されたからって、癇癪起こして突っ掛かって。
挙げ句の果てに母をシカトしてるなんて、まるでホントに…小さい子どもが拗ねてるみたい。
そう思ったら、気恥ずかしくなってきた。
何てバカなことしてるんだろう。こんなことに、友雅さんまで引っ張り込むつもりだったの?私…。
声が、うまく言葉を紡ぎ出してくれない。


『今……どこなの?』
あかねはぎくっとして、コーヒーのカップを転がしそうになる。
『外にいるよね?塾とかの帰り?』
「いえ、あの………」
しばらく黙っていたせいで、きっと店内の騒がしさが聞こえてしまったか。
どうしよう。こんな時間に外にいるって知ったら、友雅さんだって絶対におかしいって、心配するよね…。
再び心が動揺して、そうしてまた、言葉が詰まる。
そんなあかねの耳に、友雅の声は柔らかく入って来る。
『もしもまだ、"逢いたい"って思ってくれているなら、今すぐそこに行くよ?』
「え、そんなっ…。あの、友雅さん…お仕事中じゃ…」
『今日は打ち合わせだけで、さっき終わったところ。これから家に帰るところだったから、今は予定無し。』
だから、逢いに行くことも出来るよ、と彼は言う。

…逢いたい。今でも。
ほんの少しで良いから、会って話をしたい。
こんな話を聞いたら彼は笑うかもしれないけど、それでも言葉を交わしたい。

『場所、教えて。すぐに行くから。』
「駅近くのレンタルビデオ屋さんの、向かい側にあるファーストフード店に…」
『分かった。もう少しだけ、待っていてくれるかい。』
「……はい。」

会話は、ほんの数分。
携帯を畳もうとして、メールの送信フォルダを開いてみると、自分の送信メッセージが残っている。
「何か、助けを求めてるみたい…」
"逢いたい"の四文字だけを見て、あかねは少し苦笑いをして携帯をしまった。





それから10分ほど過ぎて、ようやく友雅が店に到着した。
"いらっしゃいませ"と声を掛ける店員に目もくれず、彼は店内をぐるりと見渡す。
午後10時を過ぎているのに、制服姿の学生が何人かいることに違和感を覚えつつ、奥の席にいる少女のところへ向かう。
「こんばんわ。」
後ろからそっと肩を叩くと、彼女はすぐに振り返った。
「友雅さ…ん…」
たどたどしい声で、あかねは友雅を見上げる。
その瞳の奥はかすかに揺らめき、小さな手は戸惑いつつも、彼を求めるかのように伸びて来る。

友雅はすぐにその手を取り、軽く握りしめた。
「場所を変えようか。ここは居心地悪いだろう。」
「だ、大丈夫です!ちょっとお話が出来れば…すぐに帰りますし!」
そう話すあかねの手を、彼は引き上げて立ち上がらせたあとで、隣の椅子に置かれたバッグをも取り上げた。
トレイを片付けようとする友雅の後ろを、あかねは狼狽えながら着いてまわる。

「すぐに帰るなんて…最初から思っていないんじゃないかな?」
友雅はそう言うと、紙コップの中身をシンクに流し捨てた。
殆ど飲まれていないコーヒーに、手持ち無沙汰に何度も折り畳んで、しわくちゃになった紙ナプキン。
一目見ただけで、彼女が時間を持て余していたことが分かる。
家に帰れば済むのに、何故そうしないのか。
元々帰る気持ちがないのであれば、辻褄は合う。
「話をするなら、二人きりになれるところが良いだろう?その方が、気兼ねなく話せるしね。」
ダストボックスにゴミは片付けられ、あかねの座っていた席には、もう何も残っていない。
その代わりに、手を引いてくれる人が目の前にいる。

自動ドアが開くと、夜の空気が頬に冷たい。
帰宅中の会社員たちの間を掻き分け、つないだ手の行先へあかねは着いて行った。


+++++


平日の市営駐車場は、夜も遅くなればガラガラだ。
見慣れた紺色のアウディは、パーキングエリアの隅っこに停まっている。
「さて、ここなら誰も来ないよ」
いつものように助手席にあかねを乗せ、友雅は運転席に座る。
エンジンはかけなくとも、ドアを閉めれば寒さは感じない。明かりは近くの街灯のみだが、車内を照らすくらいなら充分か。

「ごめんなさい…突然あんなメールを送っちゃって」
「正直、最初に見たときは驚いたけどね。何だか、SOSの信号みたいに見えてしまって。」
笑いながら、友雅はそう話す。
やっぱり彼も、そんな風に思ったのか。
確かに後も先もなく、ただ一言だけだったもんね…と、さっきの送信履歴をあかねは思い出した。

「でも、まんざら違うってわけじゃないよね?」
友雅は覗き込むように、あかねに尋ねる。
「誰かに話を聞いて欲しかったとか、そういうことがあって…私に白羽の矢が当たったんじゃないのかい」
「違いますっ!たまたまじゃないです!私、友雅さんに…っ…」
思わず身を乗り出して……どきん、と鼓動が大きく震えた。
瞳と瞳が、互いを見つめている。
彼の目が自分を、そして自分の目が彼を…真っ直ぐに。

「私でなければいけなかった?」
大きな手のひらは、すっぽりとあかねの手を包む。
まるで抱きしめてくれているような、優しく守られているような…そんな気持ちになる。
「話してごらん。そのために私は、ここに来たんだよ?」
話したかったことを、全部打ち明ければ良い。
------君がそんな風に切なそうな顔をしている理由を、私も知りたいんだ。

「だから、何があったのか……」
そう言いかけて見つめ直すと、瞳の中からぽろりと小さな滴が頬を伝い落ちた。
何かを言いたそうに唇を震わせ、ただじっと友雅を見る。
今にも崩れそうな頼りない様子で、ぎゅっと彼の手を強く握りながら…こぼれる涙が街灯に照らされる。

「落ち着いてからで良いよ。」
そっと胸に抱き寄せると、声を殺して彼女は震えながら泣き出した。
抱きしめて、その涙が止まるのを待っていよう。
今の自分に出来ることは、おそらくそれくらいしかないだろうから。



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Megumi,Ka

suga