抱えたカケラ

 第3話
テーブルの上に、ごっそりと並べられたDVD。
それらはざっと見るだけで、数十枚くらいはあるだろうか。
「すごいねえ。こんなに映像があるなんて。売れっ子アイドルも真っ青だね。」
「言っとくけど、1枚まるまる俺らが出てるってわけじゃねーし!」
適当に取り上げたDVDには、手書きで番組名が記されている。
放送時間は、ほぼ1時間ほどのテレビ番組。
それらをまるごと録画しただけで、彼らが登場しているニューカマーコーナーは、6分の1ほどのおおよそ10分程度だ。
他のものも、大体その程度のものだろう。

「でも、これだけ多くの番組に顔を出していれば。例えAの番組を見忘れた人がいても、Bの番組を見ていれば、君らをアピール出来たことになるんだよ。」
「…そーいうの、下手な鉄砲とかナントカって感じ、しねえ?」
「分かってるねえ。ご名答。」
友雅が答えると、イノリはチッと舌打ちをする。

「それが大切なんだよ。君らの音楽を理解してくれる人に会うには…露出度を上げるしかないんだから。」
スタッフが買ってきた缶コーヒーを、ひとつ貰って友雅はプルトップを開けた。
続いてイノリが、ダイエットコーラを手に取る。
「最初は物珍しさで、飛び付く人もいると思うけどね。でも、君らだったらいずれきっと、周りを納得させることが出来ると思うよ。」
「お、おう…」
DVDに目を通している友雅の隣で、イノリが照れくさそうに頭を掻く。

…調子狂うよな。最初はあんだけ五月蝿く駄目押ししやがったくせにさ…。
時々こっちが恥ずかしくなるくらい誉めてくれやがる。
まあ、悪い気はしないけども…さ。

友雅の実力がどれほどのものなのか、身に染みて分かった。
だから、そんな彼に誉められるということは、光栄の極みと言って良い。
とはいえど、やっぱり慣れないせいか照れてしまうけど。

「じゃ、これを借りて行くよ。日曜までに他にも見付かったら、また持ってきてくれるかい?」
「承知致しました。今週は3件ほどスケジュールがありますので、間に合えばお持ち致します。」
イノリのマネージャーは手帳を開き、週間の予定をチェックしながら答えた。
今週も山ほどの取材や、メディアの収録が詰まっている。
レコーディングが終わったと思ったら、目が回るほどのPR活動が待っていた。
そんなことを自分たちがこなしているうちに、スタッフは次のレコーディングの企画を立案している。
インディーズの頃のように、自分たちが自ら動くようなことはなくなって。
今は他の誰かが、歩き出すための仕度を整えてくれている。
もしかして、良いように流されてしまっているんじゃないか……と、正直なところ思ったこともあったけれど…。

「新しい靴をボロボロになるまで履きつぶすか、途中で綺麗な新品に履き替えるか。それは、君らの自由だよ。」
友雅は手を止めずに、意味深な言葉を口にする。
だが、イノリにはそれがどんな意味なのか…上手く説明は出来ないけれど、何となく分かったような気がした。


+++++


暑さも少し落ち着いて、すっきりした青空が気持ち良い朝だというのに、疲れたような顔で、学校に続く坂をとぼとぼ歩く。
駆け寄って来た足音にも気付かず、あかねは後ろから背中を叩かれて、前のめりにコケそうになった。
「ちょっ…びっくりさせないでよぉ!」
「ぼんやりしてる方が悪いんだぜ。朝くらい、シャキッとしろよ!」
そう言って天真は、更に遠慮なく背中を二・三発叩いた。

「もしかして、寝不足?あまり頑張りすぎるのも、身体に良くないよ?」
「そういうわけじゃないんだけど…」
天真の後ろから、心配そうな顔で覗き込む詩紋に答えを返したあと、ためいきをひとつ付いた。
「今日、三者面談なのよね…」
「ああ…進路指導のかぁ。」
そろそろ入試受付が始まるというのに、未だにあかねは進路の決定をしていない。
担任は疑問を感じたらしく、母親を呼び出して、ここに来て三者面談となってしまった。
未だに母とはギクシャクしたままで、進路についての面談だなんて…考えただけでも気が重い。


「おまえさ、ホントに大学行かないつもりなの?」
天真が尋ねると、詩紋はびっくりして目を見開いた。
おそらく天真は父から聞いて、あかねの進路変更を知っていたのだろうが、詩紋には初耳だったのだろう。
ゼミの成績もぐんと上がり、当初の志望校よりも上の国立大まで狙えるとまで言われて、順風満帆だと聞いていたのに。
「今日の面談で、ちゃんと言おうと思って…」
はあ、ともう一つの溜息がこぼれる。
今朝から憂鬱な気分なのは、そのせいだ。

でも、もうこれ以上うやむやにはしていられないし。
例え大学受験を止めたとしても、今度は専門学校への入学申込をしなくちゃならない時期。
進路指導をしてくれた担任や、ゼミで世話になった教師には感謝している。
両親にも喜んでもらえるような、そんな道を選ぶのが、きっと一番良いのだと思うけれど…。

それでも、見つけてしまった自分の未来を、どうしても諦めることは出来ない。
自分の足で生きて行きたいと、決めてしまったから。
気まぐれでも何でもない。本気で、この道を歩いて行きたい。
どんな風に思われようとも、説得してみせるんだ。
真剣に、目指したい方向があることを。





放課後、2階の進路指導室の前でぼんやりしていると、階下から昇って来る足音が聞こえた。
踊り場から覗き込むと、よそ行きのスーツを着た母の顔が見えて、背後には担任が着いていた。
にこやかに二人とも話をしているが…あかねの方は心臓がバクバク言っている。

二人とも、まだ自分が進路変更をしたことを知らない。
今だってまさか、そんなことになっているなんて、思ってもいないだろう…。
それを、これからぶちこわすのだ。
未来を切り開く、まさにそんな気持ちで…地に足をつけて踏ん張って。
「待たせたな、元宮。じゃ、お母さんもご一緒に中へどうぞ。」
担任はあかねを見つけ、軽く肩を叩いたあと教室の戸を開けた。


エアコンが利いていないせいで、中はむっとする熱気が籠っている。
忙しく窓を開け放ち、空気を逃がして冷房のスイッチを入れた担任は、あかねたちに席を勧めた後で、向かい側の椅子に腰を下ろした。
バサッと音を立て、机の上に開かれたファイル。
「今日はお忙しいところ、ご足労頂きましてありがとうございました。」
ぺこりと担任が頭を下げると、続いて母が腰を低くして続いた。
「えーとですね、今日はお嬢さんの大学の事で、お話をしたいと思いまして…」
ぱらぱらとめくられるファイルの中には、あかねの一年間の成績が挟んであった。

折れ線グラフを見ると、年の初めは停滞気味だったが、初夏近くになってからゆっくり上り調子。
そしていつの間にか、最初の頃から比べると倍以上に上昇していた。
「いや、本当にすごい伸びで、私も驚いてるんですよね。家庭教師とか、頼んでるんですか?」
「いいえ。いつも通り予備校に通っているだけで、特に何の変化もないんですけどねえ〜」
家ではあまり会話がないのに、母は上機嫌で担任の話に応えている。
そんな二人を見るたび、あかねはどっぷりと気が重くなった。



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Megumi,Ka

suga