抱えたカケラ

 第2話
DVDレコーダーに表示されている、デジタル時計の文字に目が行った。
午後8時半はとっくに過ぎていて、時間的には9時近いと言って良いくらいの時刻。

「そろそろ、送って行かなきゃいけない時間だね」
友雅の言葉に、あかねはテレビの画面から目を離した。
流れている映像も、音楽もまだ途中。
イノリの歌声とメンバーの演奏が、今もずっと流れ続けているというのに。
「続きは、来週にしよう。シンデレラは、帰りが遅くなっちゃいけないよ。」
リモコンを手に取った彼は、停止ボタンを押した。
指先ひとつの操作で、映像も音もぷつりと消える。

「もっと見ていたかったなぁ…」
取り出したDVDをケースに戻しながら、あかねがぽつりとつぶやく。
「来週までに、他の映像も集めてきてあげるよ。まだまだプロモーション最中だし、映像はたくさんあるだろうからね。」
「ホントですか?じゃ、楽しみにしてます!」
明日スタジオに行ったら、イノリを問い詰めてせしめて来よう。
プロモーション媒体は、ここ数年で驚くほど拡大・成長してしまったから、それらを網羅するのは一苦労だ。
だが、何事にも最初が肝心。
この時期が一番、慎重克つエネルギーを使う時かもしれない。
どこまで彼らの力をアピール出来るか。
そこに、これからの未来が掛かっているのだ。

長い業界生活の中で、数々のアーティストや企画に携わってきた。
けれども、こんな風に深く関わりを持った相手は…もしかしたら初めてなのではないだろうか。
仕事以外では個人的な付き合いもない。
プロジェクトが終わればそれっきりの、完璧なビジネスライクが信条だったのに、今回は少し違うようだ。
突き詰めれば突き詰めるほど、面白さが沸き上がってくる。
イノリたちの音が、どんどん自分の想像を超えてゆく。
時には全く正反対のものになったりするが、その意外性がまた興味をそそられる。
次はどんな音を見せてくれるか…。
推測し、良い意味で裏切られることが嬉しくもある。

-----もう少し、楽しませてもらっても良いな。
友雅は、そんな風に思い始めていた。




カーステレオから流れてくるのは、もちろん彼らの曲だ。
アルバムと同時に発売される、マキシシングルのサンプル盤である。
「よくよく気に入ったんだねえ。」
「うん、ホントに良い曲ばっかりなんですもん」
肩やつま先でリズムを取りながら、たまに一緒に口ずさんだりして。
まだ発売もされていないのに、もうすっかり彼女は覚えてしまったようだ。
それも当然。
何か曲を掛けよう、とリクエストを聞いてみても、あかねが答えるのは彼らの曲ばかり。
繰り返し同じ曲が流れて来ようと、飽きもせずにそれを楽しそうに聞いている。
おかげで車の中には、彼らのCDしか置いていないくらいだ。


「彼らの曲の、どういうところが良いの?」
「うーん…そうですねえ…」
ハンドルを握りながら友雅が尋ねると、あかねは少し首をひねった。
が、彼女は意外とすぐに、感想を返してきた。
「何て言うか…五月蝿いだけじゃないでしょ、イノリさんたちの音楽って。」
ノリが良く、リズムやテンポも良い。
ギターやドラムなども技も本格的で、勢いがあるのだけれど…どれだけかき鳴らそうが、耳障りな音にはならない。

「ガンガン盛り上がる曲でも、何か…ちゃんとメロディーとかが聞こえる気がするんですよね。だから、すごく聞きやすい気がして。」
だからと言って、軟弱なわけじゃない。
甘い雰囲気はないし、どちらかと言えばハードな部類に入るだろう。
そのせいだろうか。
メンバーのルックスから見れば、若い女の子がホール内を占拠しそうなものだが、ライブにやって来ていた客は男性も多かった。
「だけど、バラードは凄く優しくて綺麗。」
男性にも好まれるハードさの反面で、繊細で透き通るような優しいバラード。
シンプルに描かれる歌詞と、口ずさむように自然なメロディーが重なり合って。
「うん、そんなとこが…好きです」

「へえ…すごいな。まるで一人前のライターの感想みたいだね。」
赤信号で車が止まると、それまで黙って話を聞いていた友雅が、あかねの顔を見てそう言った。
「そんな…。ただ、ホントに思ったことだけですよ…」
お世辞だと分かっていても、そんな風に言われると少し照れた。
ただ、感じたことを口にしただけなのだ。嘘偽りなく、ストレートに。
色々と言葉を選ぶことも出来るだろうけれど、生憎そこまで気の利いたボキャブラリーはない。
それに、あれやこれやと飾り立てた言葉は、何となく彼らには似合いそうになかったから。

「私も最初、彼らの曲を聴いた時に、同じ事を思ったよ。」
信号が青に変わり、車がゆっくりと動き出したのと同時に、友雅が切り出す。
「今時のリズム感もあるし、曲の盛り上がりをきちんと押さえてる。だから、どれだけ派手なギターやドラムを入れても、聞きやすい。」
車の中に流れているこの曲も、あかねがこだわり続ける『Inclusion』にしても。
「それに、何よりもイノリの書く曲は、メロディーが綺麗だ。」
「そう!そうなんです!」
嬉しそうな声がして、彼女がこちらを見上げたのが分かった。
「メロディーの綺麗なところを、ちゃんと崩さずに活かしてる。なかなか技があるな、と思ったよ。」
「うん、友雅さんが言ったの、まるまる私もそうでした!」
同じように感じていた人が、自分の他にもいたのだという嬉しさと同時に、素直に感じたものを認めてくれた嬉しさ。
それら二つの想いが、彼女の心を高揚させているのだろう。

だけど、わざと彼女に合わせたわけじゃない。
友雅自身も、イノリたちの曲にはそんな感想を抱いていた。
イノリが書く歌詞も、メンバーが奏でる演奏にしても、ヘンに小難しい技を使わずに、気持ちの良い表現をする。
それが"彼ららしい"ところなのだ。

…そういうのを、君はちゃんと分かっているんだね。
カーステレオから流れるメロディーに、耳を澄ませている彼女の横顔を見る。
一番根本的なことで、一番忘れられているものを、彼女は聞き漏らさない。
多分、アーティストがオーディエンスに対して、何よりも分かって欲しいところや魅力に気付いている。

彼女みたいな人がいるなら、これからも音楽を続けていっても良いな、と思った。
自分のポリシーにこだわったところで、それを理解してくれる人なんているのだろうかと、半ば投げやりになったこともある。
音楽=ビジネスと割り切ってしまった方が、まだ気楽なんじゃないかと。
そうやっているうちに、仕事に深入りしなくなったけれど。
でも、今は少しずつ変わってきている…気がする。

分からない人には、何をやっても分からないだろう。
けれども、そんな人ばかりじゃないのだと…隣にいる彼女が証明してくれた。
どちらにしても、結果が殆ど同じであるのなら、自分に嘘を付かない音楽を作っていきたいと今は思う。

少なくともここに、自分を分かってくれる人がいるのだから。



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Megumi,Ka

suga