Four-Leaf Clover

 第3話
「ライヴを見た時も、すごいなあって思ったけど…テレビとかにも出ちゃうんですもんね。何か、全然別世界の人みたい…」
テレビだけじゃない。
これからラジオや雑誌にも、どんどん露出が増えていくんだろう。
そうやってどんどん彼らが知られて行き、いずれは物凄い人気バンドになってしまうかもしれない。
彼らの目の前にある可能性は、まさに無限大。
これから新しく踏み出す未来に、用意されている道はたくさん方向があって。
そして、たくさんの選択肢が用意されている。

……自分はどうだろう?
自分の可能性は…どれくらいあるんだろう。
殆ど変わらない年なのに、自分の選択肢はいくつあるんだろう?


「テレビだろうがスタジオだろうが、彼は君がよく知っている、いつものイノリと変わりないよ。」
友雅は、画面に映る彼らを指差す。
ドーナツかじりながら楽譜を読んで、喉が乾いたらコーラを一気飲みする。
夜中にスタジオを抜け出して、コンビニで買ってきた漫画雑誌を、ソファに寝転がりながら読んだり。
「普通の男の子だよ。音楽に関しての感性は、とてもいいものを持っていると思うけどね。」
「それだけでも、十分すごいじゃないですか。友雅さんに、そんな風に誉めてもらえるんだもの…」
たいして年も変わらないのに、彼は自分の夢を形にしていて、こっちはやっと、それらしきものを見つけたばかり。
スタートダッシュを、思い切り出遅れた感じがする。


「まだ、自分に不安があるのかい?」
彼の言葉に、あかねは何も答えられなかった。
ついさっきまでは、友雅に励まされて力がみなぎっていたのに、ふと現実を目の当たりにしてしまうと…足元がすくんで動けなくなる。
比べても仕方ないと分かっていながら、一歩先を行く人々を見て焦り、そして不安にかられて。
まだ両親に進路変更のことを告げていないのに、こんなふらついた状態でいたら、文句を言われても押し切れないかもしれない。
絶対に諦めたくない、やっと見つけた夢だというのに。
もっとしっかりしなくちゃ、周囲を納得させる力が発揮できないのに。

「これからいくらだって、頑張ることは出来るよ」
声が耳に入って、顔を上げると彼の横顔があった。
「君だって、大切な夢が見つけられたんだ。譲れないくらい、本気で追いかけたいものなんだろう?」
「………」
「だったら、こう考えてごらん。世の中には、ただ流されるしかない人だって大勢いる。そう思えば、こうして夢を見つけられた君は、ラッキーだと思うよ。」
人それぞれに、走り出すスタートラインは違う。早いものもいれば、遅いものもいるだろう。
たまたま彼らは、あかねよりも先に夢への近道を見つけただけのこと。
「何度も言っているけれど、君は本気で飛び込む覚悟を決めたのだから。きっと大丈夫だよ。」

画面の向こうから、彼らの歌が聞こえて来た。
試聴盤のメインにもなっていた、デビューシングルのナンバーだ。
少しアップテンポで、スピードのあるサウンド。
ライティングの色に交差されながら、彼らは画面の中で狭苦しそうに歌っているけれども、その表情は生き生きしている。
目の前にオーディエンスがいなくても、目指す音は常に心の中にある。
だから、何ひとつ迷わない…そんな心が、見えて来る。

「後ろ向きなことを考えるくらいなら、理想的な未来だけを考えていると良い。その方が気分も高まるし、やる気も出て来るんじゃないかな」
………あ…。
隣から伸びて来た手のひらが、あかねの手を上からすっぽりと包む。
そして、そのまま彼女の手を取り、そっと唇を寄せて。
「心許ないかもしれないけれど、ここに一人ばかり、君を応援している人がいるのを忘れないようにね。」
「…………はい。」

片方の手を握りあったまま、彼らの演奏に耳を傾けあう。
音楽というものは、本当に不思議なものだ。
あの日、偶然に彼の音を聞いたことから始まって、どんどん音楽というものが身近に感じられて来て。
気付いたら、自分もそんな世界で働きたい、だなんて思うようになってしまったのだから。
一年前の自分には、とても思い付かなかった展開だろう。

それでも…譲りたくない、諦めたくない本気の気持ち。
彼が言うように、ハンデもリスクも覚悟の上で、心を決めた自分の行く先。
例えつまづいたとしても、この手のぬくもりがあるなら……見守ってくれている人がいれば、それが何よりも大きな勇気になる。

人と比べたって、仕方が無いんだ。
遅れたなら、その分頑張ればいいことなんだ。
マイナスのことなんか…考えてちゃだめ。……そうだよね。
私にはやりたいことがあるんだ。立ち止まって、自分の足跡を確認するのは、まだまだ先のこと。
もっと前に行く。
そしていつか……この手のように、近付けたらいいな、って小さな期待を持って。

彼が奏でてくれる自分の音が、もっともっと美しく綺麗な音になれるように。
前を向いて、彼の言葉を思い出しながら、輝ける未来を夢に描こう。






日本でも海外でも、旅先ではモーニングタイムの2時間前には起床する。
海外の場合は殆どルームサービスで、現地の経済新聞とPCのニュースサイトに目を通しながら、朝食を済ませるのが彼の習慣だった。
頼久は、窓際にセットされた朝食のテーブルに付く。
時折外の景色を眺めたりしながら、香ばしく焼かれたトーストを一口かじり、コーヒーを流し込む。

スカイブルーという言葉が、自然に思い浮かぶような青空。
地上40階建ての高層ホテル。
32階の部屋から見える展望は、まるで天空の世界のようだ。
シアトルは、ここ数日間ずっと晴天。
気温は日本と同じように高いが、丁度良く空気も乾いているせいで、肌にまとわりつくしつこい残暑という感じはない。

メールチェックで届いているのは、音楽関係の業者ばかり。
その中には、時折ミュージシャンの個人的なメールも交じる。長年、彼の会社の楽器を愛用している"お得意様"である。
並んだ名前には、結構著名な差出人の名があったりもするが、有名・無名問わず、誰もが大切な顧客には変わりなかった。

「………今日のスケジュールは、3件か。」
午前中に1件、地元のレコーディングスタジオの経営者との会合。
その後、ランチの約束をしているローカルFM局のプロデューサーと、郊外の音楽学校への視察。
夜は、今朝メールを送って来た地元のギタリストと、ディナーの約束。
毎日毎日、ずっとこんな予定が目白押し。

シアトルといえば、昨今はすっかりメジャーリーグや大企業のイメージが強いが、音楽への造詣も深い。
世界中の音楽愛好家から、未だにNO.1ギタリストと賞讃されるジミ・ヘンドリックスの生まれ故郷というだけでも、自分のような楽器製作会社の人間にとっては特別な意味のある都市に思える。
少し自由な時間でも取れたら、郊外にある彼の墓地にでも参拝してみようか…。
などと思いながら、ポットから二杯目のコーヒーを注ごうと立ち上がったとき、頼久の携帯が鳴り出した。

着信番号は…身慣れない数字。
非通知ではなかったため、彼は携帯の通話ボタンを押した。

「もしもし?」
「お久しぶりです、源さん。」
電話の相手は、女性だった。
覚えの無い電話番号のはずだが、その声には、どことなく聞き覚えがあった。
しかしそれはかなり遠い記憶であって、声を聞いたくらいでは相手の鮮明な輪郭は見えてこない。

頼久が記憶を辿っているうちに、相手は自ら名前を切り出した。

「……シリン、と言えば、思い出して頂けます?」
声、その名前。
遠ざかっていた彼女の姿が、くっきりと頼久の脳裏に浮かび上がって来た。



-----THE END-----



***********

Megumi,Ka

suga