Four-Leaf Clover

 第2話
さくさくと、歩くたびに草の折れる音がして、耳を澄ませば水の流れる音がする。
足元に気をつけるようにと、貸してもらった腕にしがみついて、稲穂が揺れるあぜ道を歩く。
「でも、まだ色が付いてないから、稲刈りはもっと先ですね」
頭を垂れる稲穂…という言葉が思い浮かぶほど、しっかりとふくらんだ穂が稲をおじぎさせている。
どこまで行っても、一面が緑。
稲や畑も、まだまだ緑が多い。
豊穣の秋が訪れるのは、まだ少し先になりそうだ。

「友雅さんは、よく散歩したりするんですか?」
「いや全然。だいたい家にいるのは夜だから、さすがに暗い田舎道を散歩なんて出来ないだろう?」
「そういえば、そうですねえ…」
だから、地理感覚があるのは、家の周りの狭い範囲のみ。
時々買い出しに出掛ける時、車で通りかかった景色を覚えるくらいだ。
「明け方に仕事を終えて帰って来たとき、寝る前に気分転換でふらっと…ね、そんな感じかな。」
「あ、朝のお散歩って気持ち良さそうですね!」
昼間でもこれだけ清々しい空気なのだから、明け方なら更にひんやりしていて、さぞかし爽快感もあるだろう。

「だったら、また泊まって行くかい?そうすれば、朝の散歩も出来るよ」
「そそそそそ、そんなことはっ!!」
声が思わず上擦るあかねを、笑いを堪えながら背中で受け止めつつ、友雅は先を歩き続けた。

何もめぼしいものはない。
大きな川でも近くにあれば、釣り人などもやって来るかもしれないが、それほどの川幅も無い。
ずっと一日中過ごすとしたら、さすがに退屈してしまうだろうが…そんなのは日曜日くらいだ。
その日曜日には、そばに彼女がいる。
「さ、手を貸してごらん、お姫様。足を怪我しないようにね。」
一歩先に進んで、振り向いて彼女の手を取って。
足元を確かめながら、ぎこちない足取りで川を渡り切る。
そんなのどかな散歩は、周辺をぐるりと回ってみた程度で、それほど時間も掛からず終わりを告げた。



ここにいると、時間の流れが分からなくなる。
ゆっくりなのか、それとも早く過ぎているのか。
時計を見ることさえ、すっかり忘れてしまっていて。
「え…もうこんな時間なんですね」
帰ってきて時計を見ると、もう5時になっていた。
真夏日が続いていた頃から比べれば、日が早く落ちるようになったのだろうが。

「そうだ、そろそろ夕飯の支度しなくちゃ!」
勝って知ったる何とやらな感じで、あかねは家の中に即座に上がった。
行く先は台所。冷蔵庫を開いて、さあ今夜はなにを使おうかと首をひねる。
「手伝おうか?」
「あ、大丈夫です!ちゃんと下ごしらえはしてあるんで、あまり時間掛からないで出来ますから。」
はい、と振り向いて手渡されたのは、キンキンと冷えたグラスに入った烏龍茶。
「しばらくお待ち下さいねー。」
そう言ってあかねは、さっそく夕飯の支度を始める。
やけに楽しそうに、たまにつま先でリズムなんか取りながら。

渡されたグラスを手に、友雅はソファに戻って夕飯が出来るのを待つ。
ここからだと真っ正面に台所が見えて、忙しく歩き回っているあかねの姿を捕らえることができる。
決して広いスペースではないのに、ちょこちょことよく動くものだと感心しながら、そんな彼女を見ているのが何となく楽しい。

さて、彼女がディナーを仕上げるまで、しばらく何をして時間をつぶそうか。
このまま、じっと眺めているのも良いのだが。
「ああ、そういえば……」
独り言のような声が聞こえて、あかねは料理の手を止めて振り返ると、友雅が丁度ソファから立ち上がったところだった。
「どうしたんですか?」
「ちょっと良いものがあるのを、今思い出したんだ。せっかくだから、君にも見せてあげるよ。」
友雅はそう言って、部屋を出て行った。
行く先は寝室か…奥にある納戸のような空き間だろうか。

…良いものって、なんだろ?
いろいろなことを想像しながら、あかねは再び料理を始めた。




料理が一通り出来上がった頃、友雅が居間へと戻って来た。
彼が手にしていたのは、薄いプラケースに入っただけの、数枚のロムだ。
「悪いけれど、これをレコーダーにセットしてくれるかな?」
「あ、は…はいっ!」
どうやらそのロムは、DVDだったようだ。
表面にマジックで手描きされていた文字は、日付と…何かタイトルのようなもの。
あかねは彼から受け取ったそれを、殆ど使われていないようなDVDレコーダーにセットした。

「これね、スタッフから貰ったDVD。録画しておいた番組らしいよ。」
「もしかして…友雅さんが出てるとかの映像ですかっ!?」
「まさか。私なんか若くもないし、表舞台に出たところで華もないよ。」
笑いながら彼は、手元にあるリモコンの再生ボタンを押した。
………そうかなあ?。
確かにカッコいい人はたくさんいるけど、別に若い人だけが素敵なわけじゃないだろうし。
ある程度大人の男性にも、素敵な人はいっぱいいると思うけどな…。
そういう友雅さんだって…かなり……………
彼の横顔をぼーっと見上げているうちに、テレビの画面に映像が映し出された。

賑やかなサウンドと共に、大きくロゴが飛び出してくる。
どうやらそれは、音楽番組のようだった。
だが、ゴールデンタイムに有名歌手がぞろぞろ出てくるような、誰でも知ってるメジャー番組ではなさそうな。
「…あ、これっ!」
テロップに映し出された出演者の名前は、殆ど知らないものばかりだったけれど、たった一つ見慣れた文字を見つけてあかねが指を指す。
「そろそろ彼らも、PRに力を入れる時期だからね。あちこちの番組に、少しずつ顔を出してるみたいだよ。」

友雅の隣で、あかねはじっと画面を凝視する。
テレビにちらりと映るのは、間違いなく自分の知っている顔。
赤い髪をバサッと立てた彼と…そしてメンバーたち。
"Red Butterfly"
番組のニューフェイスコーナーに、出演したときの映像らしい。

…………何か、すごく不思議な感じ。
あかねは映像を見ながら、漠然とそんな感触を得ていた。
彼とは何度も会った事もあるし、話した事もある。向こうも多分、自分のことを覚えているだろう。
それなのに、今映し出されている彼は、手の届かないテレビの向こうにいる。
イノリは司会者の質問や会話に、柔軟に受け答えては賑やかに笑っていた。
よく知っている人だったのに。
昨日、会ったばかりの人なのに…こうして画面を通して彼らを見ると、何となく遠い存在に思えて来る。

「しかし、彼は物怖じしない子だねえ。生放送だったらしいけど、あがって緊張している様子も無いし。」
いつもと変わらぬ彼を見ながら、友雅は笑いつつそう言った。
インディーズへのメディア協力も、完全に定着した現在の音楽業界。
大小の差はあっても、これまでインタビューや取材なども受けてきて、それなりに慣れも出来てきたのだろうが、メジャーデビューとなれば話は別だ。
それでも生粋の人当たりの良さというか、威勢の良さ、割り切りの早さみたいなものが功を奏しているのか。
自分たちの音楽への姿勢を、メディアを通してはっきり迷わず答えられるのは、なかなか見上げた根性だ。

「何かすごいなぁ…。私なんか、ホントに普通の高校生なのにな…」
ぽつり、とあかねのつぶやきが聞こえる。
友雅の隣で彼女は、頬杖を付いて画面の向こうのイノリを眺めていた。



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Megumi,Ka

suga