Dreamin' Come True

 第3話
「しかし、君は本当にタイミングが悪いね。私はこれから、週に一度のデートに出掛けるつもりだったのに。」
『あっ…も、申し訳ありません。』
電話の向こうで気まずそうな頼久の表情が浮かんで、友雅は少しおかしかった。
「まあ良いよ。出掛けるにはまだ少し時間があるし。だけど、用件は手短にお願いするよ?」
仕方なく友雅は居間へと戻ると、ソファの上にごろりと横になった。


『橘さんは、パソコンとかはお持ちではありませんか?』
「あるわけないだろう。この携帯だって、はじめて購入したくらいなんだから。」
この家にある電化製品と言えば、冷蔵庫やレンジ、洗濯機やらの日用品と言えるようなもの。
テレビやCDコンポのようなものもあるが、滅多に使うことはない。
デジタルな分野は、必要最低限な程度の生活をしている。

『実はこちらで、日本のエンターテイメントに関するホームページを見ておりましたら、あちらの会社のことが記事になっておりまして…』
それまで気楽に構えていた友雅だったが、身体をゆっくり起こすと、携帯をしっかりと持ち直した。
頼久が言う"あちらの会社"とは、企業名を聞かずとも分かる。
"あの会社"のことに間違いない。

「何か変わった事でもあったのかい?」
『いえ、特にこれと言ったことは…。以前にも記事になっていた、後継者問題の内容でした。』
友雅はくたびれたように、ためいきをついた。
数年おきに、同じ記事がこんな風にメディアで取り上げられる。
前社長である父が他界してから、自分が名乗りを上げない限り、たいした話題など縁のない会社だ。
おそらく彼らはわざと、時期を置いて記事の依頼しているのだろう。
この話題が風化しないように。
或いは、どこにいるか分からない後継者の自分に、何らかの形で目に止まるようにと、あちこちのメディアを使いまくって。

……そんなことしたって、私が出て行くわけないだろうに。

『代表が社長になるべきとの声も、増えているようですね』
「そうすれば良いのにね。いくら遺言とは言え、その気の無い男に無理矢理継がせても、経営悪化するだけだ。」
やる気の無い口調で、友雅は答える。
『やはり、その気はございませんか…』
「考えた事も無いよ。まず、そんな自分の姿が思い付かないからね。」
『我が社についても、同じお考えですか……』
そう返して来ると思った。
頼久もまた、会社は違えど彼らと同じ考えを持つ者である。

「また同じ答えを言わせるのかい?忙しい時に電話を掛けて来て、そんな用件なら切らせてもらうよ。」
『も、申し訳ございませんっ!決してそのようなことでは…』
ただ、そんな記事があったのだと、耳に入れておいた方が良いかと思っただけなのだ、と頼久は慌てて説明した。

「この話は、もう止めよう。私も君とは、あまり仲違いをしたくはないからね。そのためにも。」
友雅が切り出したその言葉に、頼久は一旦無言になったが、最後にはすんなり快く承諾した。


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日曜日の駅前、特に南口には、待ち合わせの人々が結構多い。
ワゴン車の後ろに荷物を詰め込んで、アウトドアレジャーに向かう若者たちや、女の子同士のグループ、そしてデートの相手を待つ者などなど。

自分は大きなバッグを二つと、背中にリュックまで背負って。
こんな格好じゃオシャレなんか出来ないから、カジュアルで少しボーイッシュなファッションしか選べなかったのが、ちょっとだけ不満だけれど仕方ない。
何せこのバッグの中には、徹夜で用意した料理がぎっしり詰まっていて。
駅まで乗ってきたバスの中でも、じろじろと人の目を集めてしまったくらいだ。
キャンプか山登りでも行くようなカッコだなあ…と、定休日のオフィスビルの窓に映る自分を見ながら、あかねは思った。
隣で携帯片手に人待ちしている女の子。
彼女がこれまた、やけに姫系なデートスタイルなだけに、少し肩身が狭い。

何台か車がロータリーを回り、目の前を通り抜けていく。
やがてあかねの前に停まったのは、見慣れた紺色のアウディ。
「おはよう。随分と大荷物だね。」
運転席から下りてきた友雅は、彼女の荷物を見て微笑む。
「いろいろ作り過ぎちゃって…。でも、せっかくだから持っていきたいなあって思ったら、こんなたくさんになっちゃって…」
彼女が両手に持っていたバッグを取ると、後ろに回ってトランクケースを開ける。
倒れないよう奥に並べて置いてから、最後にあかねの背にあるリュックも中へと閉まった。

「どうやら寝不足ではないようで、良かった」
トランクケースをばたんと閉じたあと、そこにいるあかねの瞼を、友雅は軽く指先で触れた。
眠たそうな顔もしていないし、瞼もいつも通り。
しかしあかねは、照れくさそうに苦笑いをする。
「んっと…でも、寝たのは2時過ぎちゃったんですけどー…」
「2時?それじゃ十分に眠れたとは、とても言えないね」
今は午前9時。ここまでバスでやって来る時間や、出掛ける支度などを考えたら、2時に寝たのでは睡眠時間は足りないだろう。

友雅は助手席のドアを開け、あかねをすぐに連れていった。
「さ、乗りなさい。着くまで眠っていて良いよ。」
そう言って、少しだけ彼女の背中を押した。

再び友雅は運転席に戻り、エンジンが掛かると車が少し震える。
昨日別れた時に掛かっていたのと、同じジャズピアノが流れていた。
「少しでも良いから、ゆっくりお休み。これから楽しい時間が始まるのに、途中で居眠りされたら寂しいからね。」
隣に座るあかねを見つめて、友雅は笑う。
例えそうなったとしても、その時は肩と胸を貸してあげよう、と付け加えて。



「…………眠り姫?目を覚ますには、キスが必要かい?」
耳元で声がして、意識がうっすらと鮮明になる。
緩やかに瞼が開きかけて、その目の向こうに映ったのは、自分を見下ろしている優しい笑顔。
「目的地に到着したよ。一人で起きあがれないなら、抱き上げて連れていってあげようか?」
「あ…だ、大丈夫です!じ、自分で行きますっ!」
あかねがシートベルトを慌てて外しに掛かると、友雅はトランクケースから荷物を下ろしに向かった。

眠くはないと思っていたのに、気付いたら彼の家に着いていて…。
フロントガラスからの日差しと、静かなピアノの音がとても心地よくて、結局熟睡してしまっていた。
ルームミラーに映る顔を、きょろきょろと見る。
完璧に眠りこけて、涎なんか垂らしていなかったか…と思ったが、どうやらそれは大丈夫みたいだ。
ホッとして車から下り、彼が持ち出してくれた荷物を手に取る。
「これは持って行ってあげるから、良いよ。一応君はお客様なんだから、手ぶらでどうぞ。」
彼はポケットの中から、玄関の鍵を取り出して、あかねに手渡した。
「じゃ、ちょっと先に行って開けてきます!」
あかねは鍵を手に、たたたっと入口に向かって小走りに走って行った。

古ガラスの入った格子戸の鍵穴に鍵を差し込み、ガラリと戸を開ける。
入口の頭上には、丸い色褪せたランプが取り付けられていて、夜になるとオレンジがかった明かりが灯る。
花も咲かない緑だけの植木と、年季の入った砂利道。
華やかさなんて無縁な雰囲気だけれど、どこか懐かしい匂いがする家。

「あれ…?」
改めてじっくりと玄関を見渡したとき、普通の家に必ずあるはずのものが、この家には見当たらないことに、あかねは改めて気が付いた。


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Megumi,Ka

suga