Dreamin' Come True

 第2話
「だってえ…今日は週末でしょー?土曜日でしょー?週末の夜に呼び出すお友達なんてねー…」
「名ばかりの"お友達"だろ。そんなん決まってんじゃんかよ。」
テレビの中では、天真が贔屓にしているバスケチームに得点が入ったようだが、もう彼はそんなものなど見向きもしない。
「やだよー、私。あかねちゃんたちのお邪魔虫になりたくないもんー。」
「…お前たちな、少し想像力が豊かすぎじゃないのか…」
呆れ顔で森村は子供たちを見る。
まあ、そういう年代であるから、恋愛問題に興味津々なのは分かるけれども。

「じゃあ、メールでも構わないよ。家に帰ってるかどうかで良いから、聞いといてくれないか?」
「しょーがないなー、もー。」
邪魔しないでって怒られるの、私の方なのに…とブツブツ言いながら、蘭は携帯を取り出してあかねのアドレスを開いた。
手早く表示されていく文を、後ろから天真も覗いている。
「おい、どこにしけこんでるのか聞いてみろって!」
「やだー!お兄ちゃんのスケベー!」
…やれやれ。いつまで経っても騒がしい二人だ。
こちらから見れば、どっちもどっちだと思うが…。
まあ、あとは彼らに任せて部屋に引っ込もう。
そう決めて森村は、一日の最後の仕事に取りかかるため、書斎へと向かった。



ごく薄い水割りを手元に置き、彼はノートPCを立ち上げる。
オフィスでの公式なアドレスではなく、プライベートを通して仕事のメールが届いていることもあるからだ。
邪魔なDMメールを払い除け、いくつか思い当たるアドレスを開き、簡単に目を通してはプリントアウトをして、返事の必要なものは明日へ持ち越す。
そして最後に、数カ所のホームページから、エンターテイメントと経済のトピックスを確認し、彼の仕事は終わる。

年末年始の賞レース時期や、夏の野外ライブシーズン以外は、これと言って大きな騒ぎが飛び込むことは、あまりない。
いつもさらっと目を通して終了となる…はずだったのだが。

「ん?これは……」
目に止まったのは、エンターテイメントカテゴリと、経済カテゴリにまたがった記事だった。
"NEW"のマークが付いているということは、最近入って来たニュースという事か。

--------『"Orangea"の未来は誰に?』

トピックのタイトルは、そう書かれてある。
森村は、迷わずその記事をクリックした。


「お父さーん、あかねちゃんと連絡取れたよー」
家族なのだから気にする事も無いと、ノックもせずに蘭が書斎へ入って来た。
「家に帰ってるって。何か忙しそうだったけど。」
「ああ…そうか。なら良かった。」
蘭の話に耳を傾けつつも、森村はモニタからじっと目を離さない。
少し難しそうな表情をして、そこに書かれている記事を凝視している。
「何?何かニュース速報でもあったの?」
彼女は父の背後に回って、その記事を目で追ってみた。
だが、そこには棒グラフやら数字やらがずらっと並んでいて、高校生の蘭にはさっぱりよく分からない。
「とある楽器メーカーのお家騒動の話だよ。別に今始まったことじゃないけれどね。随分と長い時間、ごたごたしているんだ…。」
「へえー…。でも老舗って、よくあることだよねー、そういうの。」

目を通した内容は、特に新しい情報が記されていたわけではない。
よくあるような、風化しないために時々思い出したりして、またはネタがないから昔のことを持ち出してみたり、という類の記事だ。

『Orangea』の経営状態は、不況の世の中では比較的安泰に進んでいる。
ただし、数年前から続いている正式な継承者は、未だに空席のまま。
表向きは社長に見える現在の代表者も、本来は社長代理。亡くなった前社長の遺言を引き継ぐ者が、そこにいない故に仕方なく引き受けている。

株主や役員の中には、宛てのない跡継ぎを待ち続けるよりも、現代表が社長を正式に引き継ぐべきだとの声が絶えない。
こう何年も同じ状況が続いていれば、誰だってそんな風に考えるだろう。
しかし、前社長の最期を看取った現代表としては、彼の意思を軽視することは出来ないようだ。
あくまでも自分は社長代理として、席を空けておく態度を崩していない。

その席に着く権利を持つ者は、ただ独り。
前社長と別れた妻との間に生まれた、一人息子のみ。
だが、彼にはもうひとつ…後を継いでもらいたいと考える者が、企業が、他にいるだろう。
そしてさらに、そんな会社経営という問題とは別に、彼本来の力を求めている者たち-------それこそが、森村のいる業界だ。

森村たちのフィールドである音楽業界にとって、国際的にも一大企業に匹敵する楽器メーカーの『Orangea』の行く末は、少なからず影響がないとは言えない。
もうひとつの企業『Evergreen』も同じ。
元々は、ひとつのところから始まった会社だ。
二つの会社が、一人の男を求めている。
彼の選択を待ち続け、その席を空けて待っているのは分かってはいるが……。

……私たちとしても、音楽家としての彼を失いたくはないからなあ…。

どちらかを引き継ぐとしても、それを担ってしまったら、今のように音楽製作に携わる余裕はなくなるはず。
セールスは勿論のことだが、彼の作る音がこの世から消えてしまうのは、あまりにも勿体無い。
名前はなくとも、惹き付ける音を創り出せる、稀なクリエイターだと森村は思っているし、それに異論を唱える者は殆どいないだろう。
だからこうして何年も、彼の存在を表に出さぬようにと、業界全体は暗黙の了解で成り立っているのだ。

「かと言って、あの人が自分で選んでしまえば…何も出来ないだろうけどね。」
「え?お父さん、何か言った?」
クラシックCDの棚を物色していた蘭が、父の独り言に気付いて振り向いた。
「…何でもないよ。さて、そろそろ寝るかな。」
森村はPCをパタンと閉じて、グラスの水割りを飲み干した。


+++++


空には曇が浮かんでいるが、悪い天気ではない。
うっすらと青空も透けて見えるし、気温も熱からず寒からずで、過ごしやすそうな気配の朝だ。

約束の時間よりも、随分と早く自然に目が覚めた。
寝過ごさないようにと思っているが、日曜日は滅多にそんなことにはならない。
それだけ、週に一度のこの日を待ちわびているのかもしれない。
まるで、遠足を楽しみにしている子供みたいだな、と思ったら、我ながらおかしくて吹き出しそうになった。

少し早いが、ゆっくりドライブでも楽しみながら出掛けようか。
友雅はポケットの中の腕時計と、テーブルの上に置きっぱなしの携帯を取り上げて玄関に向かう。
その途中で、携帯が震えながら無機質な音を奏で始めた。
…彼女からの通話の音ではない。
けれど、この番号を知っている者は殆どいないはずで、もしいるとしたら……。

『もしもし…休日の朝早く、失礼致します』
「何だい?確か君は今、アメリカじゃなかったかな?」
『ええ、まだこちらにおります』
どことなく距離感を覚える遠い声。
海を渡った向こうから、時差など関係なく電話を掛けて来た相手は、頼久だった。


***********

Megumi,Ka

suga