真夜中のLoveSong

 000
都会の夜空は、宝石が砕けたように輝いていた。
だがそれは星が輝いているのではなく、人工的な偽物の明かりがあちこちで街を一晩中照らし続けているせいだ。
小さな星の光よりも明るいが、何故か冷たさを感じる。
色合いは暖かなくせに、見ていると寂しくなる。
空を見上げると、一人でいることを思い知らされる。

仕事を終えてホテルに戻ったのは、アラームの数字が午前2時を回った頃だった。
こんな生活が、かれこれ一週間ほど続いている。
日付が変わってから自分の部屋に戻り、シャワーを浴びて冷蔵庫の小さなボトルの栓を開ける。
琥珀色の液体がグラスに少しだけ注がれ、ベッドサイドでそれらを飲み干してから一気に眠りにつく。そんな毎日。
そうしていれば、現実から逃げることが出来るからだ。
一人きりの部屋に戻ると、目が冴えてしまって眠れない。
手を伸ばせばそこにいたぬくもりが、今ここにないという現実。それらが全身の隅々まで染みこんでくる。
「こんなに堪えるとは思わなかったな」
小さなランプの明るさだけが照らす部屋で、友雅は自分の現状に苦笑した。

スタジオミュージシャンである友雅は、今、とある地方都市にやってきていた。
仕事、つまりレコーディングのためだった。
普段暮らしている街は都会であるから、最新機材から往年の機材まで何でも揃うスタジオが多々ある。
しかし、この街にあるスタジオは桁が違っていた。
最先端を行くハイクオリティな機材ばかりで一見素晴らしく思えるが、友雅のようにアコースティックな生の楽器の音を中心に作る音楽は、これだけでは理想的な音を作ることが難しい。
自然の音を、そのままに反響させるようなシステムが必要だった。
だが、これもまた時代なのだろう。現在の音楽事情の中で、今そんな設備をメインに取り扱えるところは都会でも数少ない。
必要以上に音に対してはプロ意識を持っている友雅は、そこをこだわりだしたらキリがなかった。
そういっているうちに、スタッフが見つけてきたスタジオは……地元から遙か遠く離れた都市。
陸地で移動するよりも、空を使って移動した方が早い、そんな場所だった。
レコーディングが始まれば、おそらく2週間近くは戻ることは出来ない。
もちろんそれは単なる憶測で、場合によってはもっとかかるかもしれない。
そうなれば…………それだけ二人の距離が離れるということだ。

+++++

「お仕事だもん、しょうがないですよねぇ……」
友雅の部屋で、一人深くため息をついた。
肩にかかる程度の、さらさらとした絹糸のような髪。
彼との年令差は、それなりの距離感があると分かる。
「寂しいかい?離れていると」
彼女の肩を引き寄せて、顔を近づけ友雅は尋ねた。彼女は少し上目遣いに彼を見て、わずかに首を縦に振った。
「出来るだけ早く戻れるようにするよ。私だって、そんなに長い間あかねの顔を見られないのはたまらないからね」
華奢な彼女を抱きしめて、そうささやいたのは……一週間前。

彼女と出会ったのは、偶然のことだった…いや、出会う運命があったのだろう。
道ばたでギターを奏でていた友雅と、通りがかったあかねが互いを見つけ、出会う偶然が度重なるうちに芽生えた二人の想いは、同じ方向へとつながっていった。
結ばれる運命という夢物語のような空想を、抱かずにいられないほどに、
ごく自然に友雅とあかねは恋に落ちて、そして現在に至る。

一人で過ごすことなど何でもないと思っていた友雅だった。
なのに、あかねに出会ってすべてが変わった。
そこに彼女がいること。二人で見つめ合う時間があること。
離れずに、共にいることがどれほどに心暖かくなるものなのか……それを知ったあとでは、こんな夜が心細い。
一人でいると、浮かんでくるあかねの顔は鮮明になる。まるで、ここに彼女がいるかのように色鮮やかで、離れているとは思えないほどに。
なのに、手を伸ばせばぬくもりが伝わらない。声も…聞こえない。
それがただの幻想でしかないことに気づくと、更に想いが募る。

せめて声を聞きたくて、何度か電話をかけようと思った。
だが、受話器に手を触れるたびに思いとどまる。
友雅とあかねとでは、生活環境が違いすぎる。社会人の友雅だが、ミュージシャンという特殊な仕事は規則的な生活が出来ない。
そしてあかねは、まだ学生の身分で。単なる夜遊びの限界を超えても、時間のサイクルが完全に逆転してしまうことなどないだろう。
二人で過ごしているときは、同じように時間が流れていく。
だからこそ、安心して過ごしていられる。
しかし一度離れてしまうと…それぞれの置かれた場所の時間の流れが違うことを思い知らされてしまうのだ。
今、眠っているかもしれないあかねの安らぎを、自分の想いだけで邪魔などしたくはないし。
だが…このままでいられるだろうか。
毎日続く混沌とした疲労の中で、あかねの存在を確かめられないままでいられるだろうか。
再び、受話器を持ち上げようとしてベッドのそばにある電話に手を伸ばした。

-----------------------PPPPPPPPP。

鳴り出した電話に少し戸惑いを覚えて、友雅は受話器を取り上げた。フロントのコンシェルジェの声が聞こえる。
「夜分申し訳ございません。お電話が入っておりますのでおつなぎ致します」
深夜2時。こんな時間の電話は…明日のスケジュールの確認か。
「……もしもし?」
少し遠い、ひそめるような小さな声だ。
でも、その一言で相手の姿が目に浮かぶ。
「……随分と今日は夜更かしだね。こんな時間に電話なんて…明日の朝は平気なのかい?」
何でもないように平然とした声をわざと作って、友雅はそう言った。
「明日は祝日ですよ。カレンダーちゃんと見てます?」
「ああ……そうだったのか。祝日なんて私の仕事には関係ないから、全然気づかなかったよ」
笑いながら友雅は受話器を持ち替え、ベッドから降りて窓辺のソファに移動した。
「もしかして、これから寝るところ…邪魔しちゃいました?」
あかねが言う。
「間違っているわけじゃないけれど…邪魔なんかじゃないよ。かけようと思ってたんだ、こちらから…何度も」
「ホントですか?だったらかけてくれれば良かったのに……」
「いや、あかねの方が寝ているかと思ってね。起こすのは可哀相かなと思っていたら、なかなかきっかけがつかめなかったんだよ」
「そんなの…起こしてくれても良いのに。」
不服を交えたあかねの声が、とても愛おしく聞こえてくる。

「声、聞きたかったんだんですもん…」

窓の外の眼下には、眠りを知らない街の明かりが輝き続けている。
友雅はぼんやりと風景を眺めながら、あかねの声に耳を傾ける。
「……可愛いこと言ってくれるね。そんなことを言われては、余計に独り寝が辛くなってしまうよ」
あかねの声が、少しブランクを置く。頬を染める表情が浮かんで、こっちまで笑みがこぼれる。
「声を聞きたかったのは……私の方だよ」
ひっそり、ささやくように友雅は本心をこぼした。


他愛もない会話が、どれくらい続いていただろう。
たいした内容もないのに、受話器を置くことが出来なかった。必然的に、友雅が一方的にあかねの話を聞くという立場になっている。
「そうか。じゃあみんな友達は出かけてしまっていて、捕まらないってことか」
「です。なのに友雅さんはお仕事でしょ?だから毎日暇を持て余してます!」
あかねくらいの年頃なら、連休に家でじっとしているなんて出来ないんだろう。
だけど一人で外に飛び出すのは心細くて。
一度知ってしまった二人で過ごす時間の楽しさと、心地よさがずっと頭から離れないせいだ。

「休みはいつまで?」
「うーん……三日…くらい?あとは講義次第ですね」
「予定はあるのかい?」
あるはずがない。いつだって約束は、友雅と過ごすために空けているのだから。
「じゃあ、こっちにおいで」
「……えっ?」
「こっちへおいで。旅行のつもりで」
観光気分で歩き回れるような、そんな目新しいものなど多くはない街だ。
「で、でも…そんなお金なんてないし…今バイトもしてないし…」
「そんなものは私がどうにかするよ。とにかく明日の一番早い便を取ってあげるからこっちにおいで」
唐突な言葉、強引な誘い。
でも、嫌じゃないのは……会いたいと思っていたから、友雅に。
声を聞くだけじゃなくて、そばで一緒に過ごしたいと思ったから。

「君と離れているのは……もう限界だ」
友雅は、もう本心しか口に出来なかった。


+++++


いつものようにスタジオから戻り、そっと部屋のドアを開けた。
すると、今まで過ごしてきた空気とは違う懐かしくて甘い雰囲気がそこに。
ベッドメイキングが崩されていないままのもう一つのベッドに、埋もれるようにして横たわる彼女の姿。
気づかれないように、静かにドアを閉めて足音を潜めてそばに腰を下ろす。
あかねはうたた寝とは言い難いほど、深く寝息を立てて目を閉じたままだった。
スーツケースと小さなバッグが、無造作に置きっぱなしにされている。
さぞかしひとりぼっちの長い旅路で疲れたのだろう。

「やっと一緒にいられるかと思ったのに、先に眠ってしまうなんてずるいねぇ…」
苦笑しながら友雅は、あかねの髪をそっと撫でた。
「どれだけ私が会いたいと思っていたか、知らないだろう?」
愛おしくてたまらなくて、距離を挟むとそんな想いを切ないほど実感する。
そして、二度と離さないと思いたくなる。

ぼんやりとした暖かなルームライト。
窓の下に見える、宝石たちのくずが流れていく。
琥珀に似た、ウイスキーのグラス。
そんなものたちよりも、美しくて綺麗なもの。
小さな寝息が耳をくすぐる。それはあかねの心音のリズムに似ている。

-----いつかそのリズムで、音楽を奏でてあげよう。
世界でたった一つの、大切な宝物の君のために。

それまでは……一緒に二人でメロディを探していこう。-----

友雅はあかねの頬に静かに唇を寄せて、そ寄り添ったまま目を閉じた。



-----THE END-----




お気に召して頂けましたら、ポチッとしていただければ嬉しいです♪



***********

Megumi,Ka

suga