春色の夢を見る

 002

「色々な花や木があるのだねえ」
ガーデンコーナーの中を歩きながら、大きな緑の葉に友雅は手を伸ばして言った。
天窓から差し込む日差しのせいで、さながらここは温室のような暖かさ。
そこに多種多様の植物や花が並べられ、客の目を楽しませている。
「うちにある鉢植えは、何と言う名前だったかな?」
「あれは幸福の木です。ほら、あそこにあるのと同じですよ」
あかねが指差したそれは、確かにリビングに飾ってある鉢植えと同じものだった。
結婚祝いに事務所のスタッフから贈られたもので、太い木の株から細長い緑の葉が何本も生えている。
きちんとした正式名もあるらしいが、通称"幸福の木"という名称で流通しており、縁起の良い植物として祝い事の贈り物にされることが多いのだそうだ。
「見飽きないね、これだけ色々な花や植物があると」
「形もですけれど、色もたくさんあって綺麗でしょ?」
品種改良がどんどん進み、寒い冬でも艶やかな色をした花が多く咲いている。
更に異国の植物まで国内で、しかも自宅で簡単に育てられるようになっているのだから、この世界はまったく退屈しない。

「あ!」
突然あかねが何かを見つけて、そちらに向かって足早に歩き始めた。
彼女の後を着いて行くと、そこにはいくつもの鉢が並んでいる。
しかし、不思議なのはその鉢に枝も株もない、ただ土が入っているだけなのだ。
「あかね、これは…何だい?」
「これは球根が植えてあるんです。チューリップの球根」
鉢の後ろには球根のコーナーがあり、あかねの言うチューリップという花の写真が飾ってある。
「ああ、確か披露宴の時に飾った花束の中にあったかな」
「そうです!白いチューリップでした。覚えてました?」
「大切な儀式だったからね。どんな些細なことも忘れていないよ」
蕾のようにすぼまった形の花で、丸みがあり可愛らしい雰囲気がある。
少しずつ花が開くとまた違った表情を見せ、なかなか面白い花だなと思った。
「チューリップを見ると、春だな〜って思うんです。子どもの頃、学校で育てたりしたんですよ」
冬の終わりを告げるのが梅ならば、春のはじまりを教えてくれるのは桜。
そして本格的な春がやってきた頃には、新緑の輝きと共にカラフルなチューリップが咲き始める。
赤、ピンク、白、黄…数えきれないほどのカラーバリエーションの他に、2色だったり八重咲きだったりするものもある。
「あかねはこの花が好きかい?」
「好きですよ〜。だって可愛いし」
「やっぱりね。何となくあかねのイメージにぴったりだと思ったよ」
気高さよりも愛らしさ、明るい花の色が持つ朗らかさ。
その腕に抱える姿を想い描くと、チューリップの花とあかねの印象がぴったりと重なる。

「せっかくだから、チューリップの切花でも買って帰ろうか」
冬が来るのはこれからなので、春の話題はあまりにも遠過ぎる。
だけどこんな花を部屋に飾れば、冬でも春の雰囲気を楽しめるのではないか。
「あ、それなら球根にしましょうよ」
あかねは切花のコーナーではなく、後ろにある球根の棚に足を向けた。
今のマンションに移って、かなり広々としたベランダが出来た。
ガーデンセットを置いてもゆとりがあるスペース。何も使わないのは勿体ないな、と思っていたところだった。
「開花まで時間かかりますけど、咲くまでの経過を見るのも楽しいですよ」
さっき見つけた鉢のように、植え付けてしばらくは土しか見えないけれど、時が経てば芽が顔を出して来る。
芽が伸び、茎が伸び、葉が広がり、そして蕾がついて開花へ。
「段階ごとに楽しみが味わえるんですよ。やったー芽が出た!って」
それに、これだけ種類豊富なチューリップだから、自分の好きな種類を選んで植えることも出来る。
「分かった。じゃあ好きな球根を選んでごらん」
「ふふ、どんな花にしようかなぁ〜」
ベランダが自分の好きな花だけで覆われたら、ステキだと思いませんか?と球根を選びながらあかねが言う。
桜が満開の時期は、マンションの遊歩道に咲く花をベランダから覗けるが、それ以外は割と殺風景なベランダだ。
窓を開ければ、常に好きな花が咲いている姿を眺められる。
庭というには小さすぎるスペースだが、そんな光景が身近にあるのは確かに良いものだ。


原色のスタンダードな品種は色を混ぜて、八重咲きの品種は完全に自分の好みで選んでみた。
白とオレンジとピンク。ふんわりした花が一斉に咲いたら、きっと夢のように綺麗だろうなと想像しながら。
「友雅さーん、選び終わりましたー」
大きな熱帯植物コーナーの奥にいた彼の元へ、プランターと球根を抱えてあかねは戻って来た。
「気に入った品種は見つかったかい?」
「たくさん選びましたよ。春が待ち遠しくなるくらい」
「それは良かったね。じゃ、私もひとつそれに参加させてもらうとするよ」
と、あかねが抱えているプランターの中に、友雅は球根の小袋をひとつ入れた。
「友雅さんも、気に入ったチューリップがあったんですか?」
「ああ。とても綺麗な名前の品種を見つけたから、見過ごすことは出来なかった」
綺麗な名前の品種?
彼の選んだ球根のラベルを見てみると…
「"恋茜"…」
定番の形をした赤いチューリップだが、花弁の縁を明るい黄色が彩っている。
黄が赤に溶けるようにぼやける縁の色合いは、まさに名前通り夕暮れの茜空。
「暖かい赤だね。でも、炎のような激しい色にも見える」
手のひらに乗るほど、小さな球根ひとつ。
そこから生まれる一輪の花は、夜の帳の中で明かりを灯し続けるのではないか。
「あかねの心も-------こんな色なのかな?」
「え?」
「恋をしたあかねの心は、こんな色をしているのかと思ってね」
愛らしい姿をして暖かな気持ちにさせてくれながら、奥底では恋の炎を燃やしているのだろうか。
その胸の奥は、焦がすほどの激しい熱を保っているのだろうか。
「なんてね。そんなことを想像していたよ」
願わくば彼女が自分へ抱く想いは、こんな燃える色であるようにと期待して。

「じゃあ…これは私が自分用として買います。で、これだけ別の鉢で育てますね」
「同じプランターに植えて構わないよ。他の花の色と重なった方がきっと綺麗だろう?」
「ううん、別に育てます。友雅さんにプレゼントしたいから…」
大切に大切に、心を込めて育てる。
来年の春に、綺麗な花が咲くようにと祈りながら。
「花が咲いたら、私の心そのものだと思って…もらってくださいね。」
つん、とあかねはつま先を立て、背伸びして友雅の耳元でそっと告げた。
「燃えるような恋の色の花?」
聞き返すと、彼女は黙って腕に顔を伏せる。
寄り添うぬくもりが腕から伝わってきて、友雅はふとあかねの頬に唇を添えた。
「いっ、いきなり…ここお店の中ですよっ!?誰か見てたら…っ!」
「見えないように、わざと背の高い植物がある場所で待っていたんだよ」
そういえば、確かに周囲の植物は背が高いものばっかり。しかも、どれもこれも葉も大きかったり枚数が多かったり。
これはまさしく、完璧に死角だ。まったく、用意周到で感心してしまう。
でも、そんな風にたくさん驚きを与えてくれて、照れてしまうほど甘い気分に浸らせてくれて。
だからやっぱり、何もかもひっくるめて彼が好きなのだ。

「そろそろカフェが空く頃かな?」
「あっ、急がなきゃ!せっかく順番待ちしてるのに!」
慌てて二人はレジに向かい、会計を済ませる。
たくさんの球根と、プランターと、特別な花のための特別な鉢をひとつ。


春になったら、真っ先にあなたに見て欲しい。
この胸に抱く恋の色が、どれほどに鮮やかで熱いものかを。
そして、そんな色に染まるきっかけを与えたのは--------あなただから。





-----THE END-----




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2014.11.05

Megumi,Ka

suga