春色の夢を見る

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窓から見える桜の木々が、いつの間にか色付いて来ていた。
朝晩はかなり冷え込む日も増え、外を歩くとカサカサと枯れ葉が風に舞う様子を見える。
カレンダーの枚数も少なくなって、クリスマスや年末年始の話題もちらほら。
クローゼットから取り出す服も、最近はもっぱら冬用ばかりだ。
「明日の買い出しは、冬物とかも見たいなあ」
「欲しい服があるのなら、何着か買っても良いよ」
「んー、それなら友雅さんのと一着ずつにしましょうよ」
紅葉が深まる秋から年明けまで、彼の仕事は演奏会やら何やらで多忙を極める。
外出する機会も増えるので、コートやトップスを増やしても困らないだろう。

「季節の変わり目は、こちらの世界でも慌ただしいね」
京にいた頃も、こういう時期は行事が目白押しだった。
日を追うごとに寒さが厳しくなるというのに、宿直だの夜警だの連日連夜で、更に早朝から参内を要されることも多かった。
現代でもそれなりに多忙ではあるが、あの頃のように深夜まで仕事があるわけではない。
朝になって仕事へ出掛け、夕方には自宅に戻る。
帰宅後は朝までほぼ自由に時間を使え、週に二日ほどは丸一日が休みになるのが、ここでの生活。
それに加えて、彼女がそばにいてくれるのだから、京に後ろ髪を引かれたりするものか。

「でも、冬支度ってワタシ嫌いじゃないんですよねー」
暖かいカップをふたつトレイに乗せて、キッチンから戻って来たあかねが言う。
カフェラテという飲み物を、彼女は寒くなるとよく作る。
コーヒーに多めの牛乳を合わせたもので、苦みが柔らかくまろやかになる。
「冬支度に用意するものって、あったかいものばかりでしょ。そういうものって、何だかホッとしません?」
綿の入ったキルティング生地とか、ふわふわのムートンカーペットとか。
冷たいドリンクは爽快感を与えてくれるけれど、あまり持続感がない。
逆に暖かいドリンクは身体の芯まで温めてくれて、しばらく全身がぽかぽかするような気がする。
「確かに、そういう感じもあるね」
彼女が入れてくれたこのカフェラテも、熱いから一気には飲み干せない。
少しずつ少しずつ、喉を通り抜けて行くささやかな熱。
それらが時間をかけてゆっくりと、身体を中から温めて行くようだ。
「あったかい毛布とかお布団にくるまってると幸せだな〜って思って、なかなか起きられないんですよね、冬って」
目覚めた時に、体温で丁度良く暖まっている布団の中。
もうちょっと眠いな、と思うところであの暖かさを感じると、心地良くてずっとそれに包まれていたくなるのだ。

すると友雅はあかねの手を引くと、自分の膝の上へと座らせた。
そして彼女の肩を抱き寄せ、頬に唇を近付ける。
「私は、この暖かさが一番好きだね」
抱きしめ合うと、伝わってくる互いの体温。柔らかな身体の感触。
春の日だまりを抱きしめているかのような気にさせる、彼女の肩を包み込んで。
「友雅さんが隣にいるから、ベッドの中がすごくあったかいですよ」
「そこは、私に抱きしめられているから、と言って欲しかったな」
冬の気配が強い夜ほど、相手の暖かさを実感する。
これからの季節は今まで以上に、二人とも離れ難くなるはず。


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考えることは誰も同じようで、土曜日のショッピングモールはいつも以上に混雑していた。
ファッション系のショップも客の意向を察してか、
冬物が目立つところに飾られている。
「どうしようかな、どっちが良いかなあ…」
二着のニットセーターを前にして、あかねはしばらく悩んでいる。
襟元にリボンの付いたライトグレーのセーターと、ハイネックのアイボリーセーター。
シンプルだけど可愛いものと、カジュアルに着られるものと、どちらにしようか決められない。

「じゃあ一着は私からプレゼントということで、あかねは一着だけ買えば良い」
「えー、でもー…」
「毎日の家事のご褒美。遠慮する必要はないよ」
教室に通っている主婦の生徒が、いつも愚痴をこぼしているのだ。
家事に掛かる労力はかなりのものなのに、誰も誉めてはくれないし夫は平然としているし、と。
"先生は、奥さんを労ってあげて下さいね"と、そう言われる。
確かに、思い出して見れば身の回りの雑用などをするのは女房や使用人たちで、家人が自ら行うことはなかった。
だからあかねが何でも自分でやろうとしたのを見て、皆驚きを隠せなかったのだ。
もしも彼女と共に暮らす世界が京だったら…いや、それでもきっと彼女は自分で動いただろう。
その足で地を踏みしめ、前に向かって歩き出す。
その目で四方を捕らえ、あらゆるものを吸収していく。
こちらの考えをひらりと覆し進む彼女の姿は新鮮で、そしてとても自由に見えた。
今も変わらないそんな彼女に、半ば憧れに似た気持ちを抱いている。
「ありがとうございます!今年の冬は色々着回し効きそう」
「せっかくどちらもよく似合うのだから、片方諦めるのは勿体ないからね」
ショッピングバッグを嬉しそうに抱え、友雅の腕に手を絡めてくる。
たった一着のセーターでこの笑顔が見られるなら、これほど安いものはない。

レディースにくらべてメンズものは、デザインや色も種類が少ないため、あまり悩まずに買い物は済んだ。
チャコールグレーのチェスターコートと、コーデュロイのシャツを色違いで2着。
どちらも無地で飾りっけのないシンプルなデザイン。カラーもすべてモノトーン。
「友雅さんなら、似合う服がたくさんありそうなんだけどなぁ」
仕事では殆ど和装だから、そんなに多く洋服は必要ないと彼は言う。
それに、何にでも合わせられるシンプルなものの方が楽だから、と。
長身だし痩せ過ぎてもいないし見た目は華やかだし、彼なら何でも似合うはず!と母が鼻息粗く言っていたのを思い出した。
だから、結局何を着ても似合うんだよねぇ…。
ラフな格好でもフォーマルでも着こなしちゃうから、頭の中でコーディネート考えなくても良いっていうか。
エレベーター内のミラーに映る、友雅の姿を見ながら"羨ましいなあ"と、あかねは思った。

最後は食料品の買い出しをする。
1階フロアは多くの壁面がガラス張りで、壁に沿ってコーヒーショップやベーカリーショップがある。
中にはカフェを併設している店舗もあるため、今日みたいな天気の良い日はテラス席が人気だ。
買い出しの前にひと休みして行こうか、とカフェを覗いてみたが、どうやら満席のようで空席を待つ客が大勢いる。
他の店もこんな状態だろうし、待ち時間を覚悟でこの店に決め並ぶことにした。
「席が空きましたらお呼び致しますので、お名前をお書き下さい」
店員に言われて名前を名簿に記すと、先客が7人ほどいるようだ。
「しばらく待つようだけれど、他に見たいところはないのかい?」
「えーと、そうですねえ…」
出来るだけ店から離れていないエリアで、少し時間を潰せるようなお店はないものか、とあかねは周囲を見渡してみる。
すると、ガラス窓の向こうに鮮やかな緑が見えた。
植栽や街路樹などではなく、それらは観葉植物や鉢植えなどの緑だ。

「友雅さん、外に行ってみましょう!」
「外?いくら天気が良くても寒いだろう」
「違いますよ。外って言っても、そこのテラスの向こうです」
テラスの向こうはサンルームのように四方がガラスで覆われ、そこはガーデンコーナーになっている。
苗や種などのガーデニング用品だけでなく、生花を扱うフラワーショップもある。
特に買いたいものがなくても、色々な花や緑を見て歩くのはなかなか楽しい。
植物園を散策する気分で、リラックス効果もありそうなエリア。
ショッピングセンター内ほど人も多くないし、少しの時間なら十分費やせそうだ。



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Megumi,Ka

suga