詩紋が到着してから10分ほど過ぎた頃、天真と蘭が揃ってやって来た。
「早く来いって言ってんのに、こいつスマホ持ってうろついててさー!」
「だって、花見客の居ない満開の桜なんて、滅多にないんだもの!」
立ち止まってはシャッター、少し歩いてはまたシャッター。
駐車場から棟までそれほど離れていないのに、どんだけ時間が掛かったことか。
「まあまあ、良いじゃない。私たちだって写真撮りたくなるもん、こんな景色」
住人以外も自由に立ち入り可能だったら、きっと多くの花見客が押し寄せてしまうだろう。
それほどに敷地内は、今まさに桜色に包み込まれている。
「しかし、すげーなホント。この下の部屋だと、窓から見える景色が桜一色になってんだろうな」
「それも素晴らしいだろうね。でも、ここにはここなりの、桜の楽しみ方があるんだよ」
友雅はそう言って、天真に立ち上がるようにとさりげなく促した。
天井まで吹き抜けになった、大きな窓から見える遊歩道の桜。
しかし、こうして立ったまま目を凝らしてみれば、近隣にある公園の桜まで視線が届くのだ。
「遠くと近くの桜を一度に見られるというのも、なかなかだと思わないかい?」
「はー…この季節にゃ、サイコーのロケーションだな」
この時期の風物詩は、やはり桜を愛でつつの花見。
だが、そういう場所はどこに行っても先客が待機していて、入り込むスペースなど見つからない。
そんな桜真っ盛りの時期に、あかねたちから送られて来た花見お誘いメール。
"日曜日、うちでお花見パーティーしませんか?部屋から見える桜が、今丁度見頃ですよ"
他の花見客を気にすることもなく、室内にいながら満開の桜を眺められる。
食べ物や飲み物は持ち寄って、好きなもの好きなだけつまみつつ…なんて、ホントにサイコーだ。
「夜になれば、外灯が丁度ライトアップになって美しいよ」
「お、いいじゃんいいじゃん。夜桜ってのも良いよなー」
室内だから夜風も寒くないし、今日はいい天気だから月も一緒に拝めそう。
桜と月を眺めながら一杯…なんて贅沢も良いのだが、今日はアルコール無しなのが残念だ。
「ちょっとお兄ちゃん、料理運ぶの手伝ってよー!」
キッチンで料理の手伝いをしていた蘭が、のんびりと桜を眺めている天真を呼ぶ。
面倒くさそうに振り返ると、隣にいたはずの友雅の姿がない。
すると、いつのまにか彼はキッチンに移動していて、あかねから料理皿を受け取っている。
「どんだけ…」
今まで自分と会話していたのに、あかねが皿を運ぼうとしていたのを、どうやって気付いたのか。
彼女が動く前に、手を差し伸べる素早さは異常。
八葉だから、神子の行動が直感で分かるとか?
って、八葉だったら天真だって詩紋だってそうだが、全然そんなのピンと来てないし。
…八葉だから、ってんじゃないんだろーな。
この二人だから、直感が通じるというか、そういうもんなんだろうな、と天真は思った。
+++++
前日から母と一緒に張り切って作ったという、森村家の重箱には具沢山の太巻き寿司がぎっしり。
おせち料理のように出汁巻き玉子や、魚の照り焼きなども詰められていて、まさに花見弁当らしい。
ハーブチキンは焼き上がったばかりで、熱々。バゲットは軽くトーストして、カポナータを添えてスナック風に。
「アルコールはダメだから、これで我慢してね」
「ま、ないよりはマシかー」
物足りなく感じては申し訳ないので、あかねはビールの代わりにアルコールフリー飲料を用意した。
本物とは違うのだろうが、雰囲気くらいは何とかなるのではとの苦肉の策で。
酔いは全然回らないけれど、会話はどんどん弾む。
天真のバイト先の話とか、家での二人のやりとりとか。
詩紋は、通っている製菓学校で作ったものとか、もちろんスクールライフについても。
みんなそれぞれ、違う環境で違う生活をしている。
学生時代のように頻繁に会うことはなくなったが、それでも何かあると声を掛けて集まる機会を作ってしまう。
こんな風に、春の桜の時期は花見とか。
夏になればなったで、花火を見に行こうとか。
そうそう、秋になれば紅葉だ。
ここの桜もその頃には良い色に染まって、それを眺めながら今日みたいに近況を話し合ったり。
季節が移り変わるたび、集まるきっかけが出来る。
こちらから声を掛けるだけでなく、彼らから声を掛けてくれることも。
不思議とそういうことが、当たり前になっている。
途切れることを知らない強い糸で、繋がり合っているような。
恋人同士の赤い糸とは違うけれども、もしかしたら本質では同じなのではないだろうか。
ただの友だちではない、運命で結ばれた何かで皆は繋がっている。
なんとなく、そんな気がする。
昼頃に集まって、おひらきになったのは…なんと午後8時過ぎだ。
せっかくだから夜桜も見ようぜ、と天真がその気になったので、かれこれとんでもない長時間の宴となった。
しかし、楽しい時間はあっという間で。誰一人、長時間という感覚がなかったのも凄いと思う。
「じゃあね、今日は色々ごちそうさまでした!」
「ううん、こちらこそ。詩紋くんの桜ムース美味しかった!あとで作ってみるね」
桜の花を添えた淡いピンクのムースは、白餡を加えているとかで、ほんのり和菓子的な味わいだった。
レシピも教えてもらったので、しばらくしたら挑戦してみようかと思う。
「んじゃな。GW、都合付けて何とか行けるようにするわ」
「デートの相手がいるなら、そちらを優先しても結構だよ?」
「ばっ…そんなヤツいるか!」
どうにもまだ天真にはそれらしき雰囲気はないようだが、隣の蘭には…順調に進展中の相手がいる。
兄にはないしょなので、こっそりあかねとアイコンタクトで合図。
「じゃーねー!おやすみー気をつけてー!」
駐車場まで見送りに行って、彼らを乗せた車のヘッドライトが見えなくなるまで、ずっとその場で手を降り続けた。
ぼんやりと闇を照らす外灯。
光に反射する、桜色。そして、足下に伸びる二人の影。
「久しぶりに今日は、賑やかな一日だったね」
「うん。でも…数日後にはもっと凄そうですよ…」
今日は友だち限定のお花見パーティー。明後日の夜には、両親を招いての夕飯。
人数の多い今日よりも、母がいる明後日の方が絶対に騒がしいと思う。
「まあ、そういう賑やかさも良いさ。これほどの景色、独り占めしてしまうのは惜しくなる」
見上げる視線の先に、桜。右も、左も、前も、後ろも。
そして足下にも、はらはらと舞い落ちている幾多の花びらが。
「なんだか、桜に包まれてるみたい」
「包まれるのも良いけれど、包み込むのも良いものだよ」
と、背後にまわられた彼の両腕が、あかねの身体を包み込む。
「このあとは、二人だけで夜桜鑑賞は如何かな、木花咲耶姫?」
「ふふ、じゃあ…帰ったらちょっとだけお酒、用意しますね」
「それはそれは。少し物足りないな、と思っていたところだったよ」
月明かりと桜を眺めながら、傍らに桜姫を抱き。
ほろ酔い気分で過ごす、ふたりきりの----------春の宵。
-----THE END-----
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