桜日和

 002

詩紋が到着してから10分ほど過ぎた頃、天真と蘭が揃ってやって来た。
「早く来いって言ってんのに、こいつスマホ持ってうろついててさー!」
「だって、花見客の居ない満開の桜なんて、滅多にないんだもの!」
立ち止まってはシャッター、少し歩いてはまたシャッター。
駐車場から棟までそれほど離れていないのに、どんだけ時間が掛かったことか。
「まあまあ、良いじゃない。私たちだって写真撮りたくなるもん、こんな景色」
住人以外も自由に立ち入り可能だったら、きっと多くの花見客が押し寄せてしまうだろう。
それほどに敷地内は、今まさに桜色に包み込まれている。

「しかし、すげーなホント。この下の部屋だと、窓から見える景色が桜一色になってんだろうな」
「それも素晴らしいだろうね。でも、ここにはここなりの、桜の楽しみ方があるんだよ」
友雅はそう言って、天真に立ち上がるようにとさりげなく促した。
天井まで吹き抜けになった、大きな窓から見える遊歩道の桜。
しかし、こうして立ったまま目を凝らしてみれば、近隣にある公園の桜まで視線が届くのだ。
「遠くと近くの桜を一度に見られるというのも、なかなかだと思わないかい?」
「はー…この季節にゃ、サイコーのロケーションだな」
この時期の風物詩は、やはり桜を愛でつつの花見。
だが、そういう場所はどこに行っても先客が待機していて、入り込むスペースなど見つからない。
そんな桜真っ盛りの時期に、あかねたちから送られて来た花見お誘いメール。

"日曜日、うちでお花見パーティーしませんか?部屋から見える桜が、今丁度見頃ですよ"

他の花見客を気にすることもなく、室内にいながら満開の桜を眺められる。
食べ物や飲み物は持ち寄って、好きなもの好きなだけつまみつつ…なんて、ホントにサイコーだ。
「夜になれば、外灯が丁度ライトアップになって美しいよ」
「お、いいじゃんいいじゃん。夜桜ってのも良いよなー」
室内だから夜風も寒くないし、今日はいい天気だから月も一緒に拝めそう。
桜と月を眺めながら一杯…なんて贅沢も良いのだが、今日はアルコール無しなのが残念だ。
「ちょっとお兄ちゃん、料理運ぶの手伝ってよー!」
キッチンで料理の手伝いをしていた蘭が、のんびりと桜を眺めている天真を呼ぶ。
面倒くさそうに振り返ると、隣にいたはずの友雅の姿がない。
すると、いつのまにか彼はキッチンに移動していて、あかねから料理皿を受け取っている。
「どんだけ…」
今まで自分と会話していたのに、あかねが皿を運ぼうとしていたのを、どうやって気付いたのか。
彼女が動く前に、手を差し伸べる素早さは異常。
八葉だから、神子の行動が直感で分かるとか?
って、八葉だったら天真だって詩紋だってそうだが、全然そんなのピンと来てないし。

…八葉だから、ってんじゃないんだろーな。
この二人だから、直感が通じるというか、そういうもんなんだろうな、と天真は思った。


+++++


前日から母と一緒に張り切って作ったという、森村家の重箱には具沢山の太巻き寿司がぎっしり。
おせち料理のように出汁巻き玉子や、魚の照り焼きなども詰められていて、まさに花見弁当らしい。
ハーブチキンは焼き上がったばかりで、熱々。バゲットは軽くトーストして、カポナータを添えてスナック風に。
「アルコールはダメだから、これで我慢してね」
「ま、ないよりはマシかー」
物足りなく感じては申し訳ないので、あかねはビールの代わりにアルコールフリー飲料を用意した。
本物とは違うのだろうが、雰囲気くらいは何とかなるのではとの苦肉の策で。

酔いは全然回らないけれど、会話はどんどん弾む。
天真のバイト先の話とか、家での二人のやりとりとか。
詩紋は、通っている製菓学校で作ったものとか、もちろんスクールライフについても。
みんなそれぞれ、違う環境で違う生活をしている。
学生時代のように頻繁に会うことはなくなったが、それでも何かあると声を掛けて集まる機会を作ってしまう。
こんな風に、春の桜の時期は花見とか。
夏になればなったで、花火を見に行こうとか。
そうそう、秋になれば紅葉だ。
ここの桜もその頃には良い色に染まって、それを眺めながら今日みたいに近況を話し合ったり。
季節が移り変わるたび、集まるきっかけが出来る。
こちらから声を掛けるだけでなく、彼らから声を掛けてくれることも。

不思議とそういうことが、当たり前になっている。
途切れることを知らない強い糸で、繋がり合っているような。
恋人同士の赤い糸とは違うけれども、もしかしたら本質では同じなのではないだろうか。
ただの友だちではない、運命で結ばれた何かで皆は繋がっている。
なんとなく、そんな気がする。



昼頃に集まって、おひらきになったのは…なんと午後8時過ぎだ。
せっかくだから夜桜も見ようぜ、と天真がその気になったので、かれこれとんでもない長時間の宴となった。
しかし、楽しい時間はあっという間で。誰一人、長時間という感覚がなかったのも凄いと思う。
「じゃあね、今日は色々ごちそうさまでした!」
「ううん、こちらこそ。詩紋くんの桜ムース美味しかった!あとで作ってみるね」
桜の花を添えた淡いピンクのムースは、白餡を加えているとかで、ほんのり和菓子的な味わいだった。
レシピも教えてもらったので、しばらくしたら挑戦してみようかと思う。
「んじゃな。GW、都合付けて何とか行けるようにするわ」
「デートの相手がいるなら、そちらを優先しても結構だよ?」
「ばっ…そんなヤツいるか!」
どうにもまだ天真にはそれらしき雰囲気はないようだが、隣の蘭には…順調に進展中の相手がいる。
兄にはないしょなので、こっそりあかねとアイコンタクトで合図。
「じゃーねー!おやすみー気をつけてー!」
駐車場まで見送りに行って、彼らを乗せた車のヘッドライトが見えなくなるまで、ずっとその場で手を降り続けた。

ぼんやりと闇を照らす外灯。
光に反射する、桜色。そして、足下に伸びる二人の影。
「久しぶりに今日は、賑やかな一日だったね」
「うん。でも…数日後にはもっと凄そうですよ…」
今日は友だち限定のお花見パーティー。明後日の夜には、両親を招いての夕飯。
人数の多い今日よりも、母がいる明後日の方が絶対に騒がしいと思う。
「まあ、そういう賑やかさも良いさ。これほどの景色、独り占めしてしまうのは惜しくなる」
見上げる視線の先に、桜。右も、左も、前も、後ろも。
そして足下にも、はらはらと舞い落ちている幾多の花びらが。
「なんだか、桜に包まれてるみたい」
「包まれるのも良いけれど、包み込むのも良いものだよ」
と、背後にまわられた彼の両腕が、あかねの身体を包み込む。

「このあとは、二人だけで夜桜鑑賞は如何かな、木花咲耶姫?」
「ふふ、じゃあ…帰ったらちょっとだけお酒、用意しますね」
「それはそれは。少し物足りないな、と思っていたところだったよ」

月明かりと桜を眺めながら、傍らに桜姫を抱き。
ほろ酔い気分で過ごす、ふたりきりの----------春の宵。




-----THE END-----




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2014.04.15

Megumi,Ka

suga