桜日和

 001

カレンダーが4月になったとたん、一気に春が押し寄せて来た。
さんさんと降り注ぐ日差しは、時に汗ばむほどの暖かさ。
清々しい香りのする風に乗せて、春色の花が咲き誇る季節が今年もやって来た。

「おかえりーお兄ちゃん。ねえ、メール来た?」
帰宅すると、携帯を片手に蘭が出迎える。
「おう、来てた来てた」
ダイニングから漂うスパイシーな香りに気を取られつつ、天真はパーカーのポケットから携帯を取り出した。
メール着信、午後0時15分。
丁度昼食を取っていた最中に、あかねからのメールが届いた。
「お兄ちゃん行ける?予定平気?」
「んー、まあ日曜だしな。まだ今月休みの予定出してないし、大丈夫だろ」
「そっか。良かった。じゃあ車出してねー」
「あぁ?足の予定聞きかよ★」
軽く後ろからコツンと妹の頭を小突き、洗面所で手洗いとうがいを済ませる。
子どもの頃に両親から叩き込まれた習慣は、無意識という形で身に付いている。
もちろん、蘭もだ。

再びダイニングに戻ると、天真の席にはカレーとサラダが用意されていた。
既に母と蘭は食事を終えて、父は飲み会で帰りが遅い。
「ねー、やっぱり手ぶらで行くのは申し訳ないよねー?」
「だな。おまえ、何か作ってけよ」
「じゃあ、お兄ちゃん手伝ってよね」
「俺、バイトだしー」
「あっそ。それじゃ材料費をお兄ちゃんが出すってことで」
「オイ!勝手に決めんな!」
カウンターの向こうで苦笑する母。
二人ともすっかり年頃だと言うのに、こういうところは全然変わっていない。
どちらかがちょっかいを出し、それにツッコミを入れてはツッコミで返し…とエンドレス。
今は毎日のように顔を会わせているけれど、いつかどちらかがこの家を出て行ったら、二人にも少しは変化があるだろうか。
果たして、天真が先か、蘭が先か。
でも、そんな日がやって来るのは、もうさほど遠くないのだろう。


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週末のショッピングセンターは、いつも以上に混雑している。
郊外にある店舗は大概駐車場が広大なので、遠方から車で買い出しに来る者が多いこともある。
商業スペースやテナントも多数あるし、そこに行けば殆どが揃うという。
言わば巨大なコンビニエンスストアみたいなものかもしれない。
「黒胡椒というのだったかな」
「そうです。あ、パウダーじゃなくて粒のやつですよー」
少し高いところにあるブラックペッパーのボトルを、彼から受け取りカートの中に入れる。
バジルとシナモンと、トマトソース。
オリーブオイルは少し奮発したメーカーを選んで、あとは……とメモを開いてリストを確認。
「パンのコーナーは向こうにあったが」
「うん。でもバゲットはベーカリーの方が美味しいんですよ。だから、そっちで買います」
「なるほど。どうせなら、美味いものを味わってもらいたいからね」
今日の買い出しは、普段と違う。
自分たちの食事のためではなくて、おもてなしが中心の買い物。

今のマンションに住まいを移してから、早くも一年が過ぎようとしている。
以前よりずっと広くなって部屋数も増えたおかげで、遠慮なく客を招くことが出来るようになった。
ただし、招くのは二人共通の知人&あかねの両親限定と決めているので、来客と言っても気兼ねすることは皆無である。
今回お招きメールを送ったのは、天真と蘭、そして詩紋。いつもの面々。
みんな何かを持ち寄ってくるようだが、招いたこちらもそれなりに用意をしておかないと。

「ホントなら純和風な感じに、用意したいんだけどなあ」
「かしこまった雰囲気より、気楽なもてなしの方が彼らには似合うよ」
マナーとか作法とか、そんなもの取っ払って無礼講で。
好きなこと言い合って、笑いあって、食べて飲んで--------。
「気心を知れた相手だからこそ、そういうのは出来るものだろう?」
「ん、そうですね。友だち同士ですもんね」
一切隠し事をしなくて良い、友だちの中でも一等大切な友だち。
たくさんの記憶を共有出来る、限られた数人。
二人にとって、彼らは大切な存在だ。
だから、こんな季節は一緒に楽しい時を。
とっておきの場所で、とっておきの景色でおもてなし。

「早く買い物終わらせて、明日の仕込みしなきゃ!」
春真っ盛りの日曜日。
久しぶりの顔が集まる明日が、今から楽しみ。


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当たり前だが、今朝は普段以上に早起きをした。
掃除もテーブルセッティングも夕べ終えたけれど、当日でなくては出来ないこともある。
「グラスも用意したし、ジュースと烏龍茶は冷えてるし」
今日は天真が車で来るというので、アルコールのもてなしはナシ。
たくさんの野菜を煮込んだカポナータに、スライスバゲットとチーズ…etc。
みんなが集まる時間に焼き上がるよう、オーブンにセットしたハーブチキンの匂いがリビングに漂い始める。

ピンポン、と軽やかな来客を知らせる音。
キッチンに立つあかねの代わりに、友雅が玄関まで出迎えに行った。
「こんにちはー!」
「ようこそ。待っていたよ詩紋」
ふわふわの金糸の髪に、花びらを纏わせて詩紋がドアの前に立っていた。
「すっごいですよねえ!ホントにどこもかしこも満開で!」
「ふふ、ここまで来るまでの道のりも、なかなか良かっただろう」
「はい!遊歩道がずっと桜のトンネルみたいで、すごい綺麗でした」
マンションの敷地内は緑の植栽で覆われているが、とにかく目を惹くのが遊歩道にずらりと並んでいる桜の木々だ。
入居募集のパンフレットでも、この景色を前面にアピールしていただけある。
友雅たちが入居したのは、既に桜が終わったあと。
実際に桜を見ることが出来たのは、一年後の今年だった。
「毎日、窓の外を眺めるのが楽しみだよ」
「そうですよねー!すごいなあ、いいなあ!」
内廊下の窓から桜並木を見下ろし、詩紋は子どものようにテンションが上がった。

「いらっしゃい詩紋くん!早く入って入って!」
「あ、あかねちゃん。お招きありがとうー!」
詩紋は持っていた紙袋を、中から出て来たあかねに手渡した。
中身はもちろん、詩紋お手製のデザート。
甘いものに関しては、セミプロの彼にすべておまかせするのが正解。
「今回は、ちょっと和風な感じだよ」
「ホント?先にデザート食べたくなっちゃう」
さすがにそれは我慢して。
そんなに先を急がなくても、今日は大丈夫。
時間はたっぷりあるから、映り行く景色を眺めながら楽しく過ごそう。




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Megumi,Ka

suga