晩夏の旋律

 005

「本当に素敵だったわ〜。何度聞いても良いわねえ」
演奏会が終わって旅館に戻ると、食事処に夕食が用意されていた。
夕食にしては随分と遅い時間だ。
それを考慮してか、料理は豆腐や湯葉などの優しい食材が使われている。
だが、父に関しては彼が手配していた通り、好みの地酒と肴が添えられていた。
「そうそう、それで三曲目だったかしら。友雅さんが笛に持ち替えての演奏、あれも素敵だったわー」
「ああ、普段琵琶しか聞いたことなかったが、笛の方も見事な腕前だなあ」
「ホント、何でもお上手なのねえ〜」
個室を手配してくれたおかげで、時間も人目も気にせず気楽に食事出来ることもあり、更に父は酒が入っているため話が弾む弾む。
常日頃から友雅贔屓が激しい母も、余韻も覚めぬテンションで一層饒舌だ。

「そういえばおまえが蘭ちゃんのところに行ってるとき、式で写真撮ってくれたカメラマンさんが来たんだぞ」
父はぐい飲みの冷酒を傾けながら、なあと母に相づちを求める。
「娘さんは?って聞かれたのよね。でもあんたいないしー」
「へえ、そうなんだ…。でも、よく覚えてたね私たちのこと」
旅館の女将もあかねを見て、結婚式のことを話していたし。
神社での挙式も多いから、社務所には花嫁花婿の写真がたくさん飾ってある。
自分たちなんてその中の一組でしかないから、目に止まらないと思っていたけど。
「ってか、アンタはともかくねえ。あんな素敵な花婿さん滅多にいないじゃないのよー。ひと目見れば忘れるわけないわー」
アンタはともかく、って…。
相変わらず母は花婿贔屓だけど、確かに…ね。目立つよね。
花嫁花婿の年が離れているのもあるが、彼はそこにいるだけで空気を変えてしまう人だから。
舞台でも、人ごみの中でも、どこにいても。
だからすぐに、見つけられる。
彼の光が、導いてくれる。

「ねえ、友雅さんはいつ頃帰ってくるのかしら」
打ち上げを兼ねた反省会みたいなものと言っていたから、少々遅くなるのではないかと思う。
さすがに午前様はないだろうが、遅ければ11時くらいになってしまうかも。
「じゃあ、ご飯終わったら一緒にお風呂行きましょーよ」
部屋に露天風呂は付いているけれど、広々とした大浴場の心地良さは別格。
朝風呂は部屋で楽しみ、一日の疲れを癒すには広い湯船が気持ち良さそうだ。
「俺は酒飲んじゃったからな。明日ゆっくり入るから二人で行って来い」
友雅が戻るまで、一人で部屋にいるのも手持ち無沙汰だし。かと言って、他にすることもないし。
大浴場なんてそう経験出来ないから、母子でたまにのんびりするのも良いだろう。



ゆっくり長風呂を楽しんで…と言いたいところだが、やはり母と一緒ではそう静かな雰囲気は無理だった。
裸同士の付き合いという解放感と、周りに男性の目もなく先客もおらず貸し切り状態だったおかげで、根掘り葉掘り遠慮なく聞くわ聞くわ…。
答えられる質問から、余計なお世話的な質問まで。
その割合はと言うと、明らかに余計なお世話な内容が大半だ。

あかねにとって母であるが、一人の女性としては"妻"という職業の大先輩である。
そして"妻"としてありつつ、"母"という役も兼業してきた女性であって、それについてもいつかあかねにとって大先輩となるだろう。
だから、参考になる話もたくさんある。
取り敢えず順調に夫婦生活を続けている上での、心構えや注意点などもそりゃあ耳を傾ける価値がある。
が、それが余計なお世話的な話題になると…どう反応していいか困るのだ。
…だってお母さんの話は、興味津々なのが丸わかりなんだもんな〜。
娘夫婦の新婚生活に加えて、友雅がどんな生活習慣を持っているのかとか。
「そーいうプライベートなことは、いくら親でも言えませんて!」
湯に浸かってほこほこした身体を浴衣に包み、団扇をあおぎながら部屋へと戻る。

もうそろそろ、友雅さん帰ってくるかな〜。
そう思いながら部屋のドアを開けると、入口に男物の草履が揃えられていた。

「おかえり。母上殿と湯あみに行っていたんだってね」
窓際のソファから立ち上がった友雅が、あかねの元に歩いて来た。
「部屋の電話で父上殿から聞いたよ。疲れは癒せたかい?」
「うん、とても気持ちよかったです。…あ、おかえりなさい、お疲れさまでした」
ただいま、のあとにキス。
彼の唇から、ほのかに甘いアルコールの味がする。
「打ち上げは続いているんだけどね、家族で来ていると言ったら帰してくれたよ」
宮司や地域の関係者も随分集まっていて、中には挙式を覚えている人が多かった。おかげで、早く戻るように冷やかされつつ急かされたほど。
「やっぱり目立ってたんですかねー、私たちって」
「そりゃあ、あれほど可愛らしい花嫁は、どこを探してもいないからねえ」
「違いますよ、友雅さんの方です」
結婚式は花嫁が主役だけど、彼の方が視線を集めたのは間違いない。
複雑な気持ちもあるが、反論する余地もない。

網戸から夜風が入る。
柔らかい奥庭の灯籠の明かりが、まるで蛍のように闇に浮かぶ。
「友雅さん、お風呂入ります?疲れたからゆっくりしたいでしょ」
テラスの端に、檜造りの露天がある。
もう時間は遅いが、部屋の風呂なら気にせず入れるのが良い。
畳んである男物の浴衣取り出し、タオルを重ねて手渡すと、彼は一旦受け取ってからそれらをテーブルの上に置いた。
「風呂上がりでは、一緒に誘えないのが残念だね」
だから、と友雅はあかねの手を引き、自分の隣に座らせた。
「もう少しここで話をしたいな。今日は、一緒の時間が少な過ぎたしね」
二人部屋なのに、一人で過ごした時間がなんと多かったことか。
友雅を待つ間、あかねが部屋に戻ってくる間。
ずっと互いのことを考えていたからこそ、わずかな時間が長く思える。

「今日の演奏は、どうだった?」
「そりゃもちろん素敵でした!母も父も大満足してましたよ」
普段あまり聞いた事のない笛も、新鮮で良かったと言っていたし。
終わったあとに届いていた蘭のメールには、邦楽初体験の彼氏の反応も良かったとのこと。
「ふふ、恋仲の二人だから、最後の曲が身に染み入ったのかな?」
特別な時にしか演奏することのない、彼のオリジナル『恋の宴』。
恋する心、至福感、愛しい人への愛しさだけを込めて綴った……彼女のための曲。
「あの曲を演奏するには、姫君がそこにいてくれないとね。だから、あかねがいないところでは出来ない」
思うだけで済む恋じゃない。
会って、見つめて、触れて、抱きしめて…現実がそこになければ。

「さて。そろそろ汗を流して…続きは床に入ってからにしようか」
彼女が用意してくれた浴衣を、再び手に抱えて友雅はテラスへ向かおうとした。
その袖を、くいっと後ろからあかねが引く。
振り向くと彼女の両腕が、首の後ろに回された。
「…言うの忘れちゃった。一人で……寂しかったですよ」
耳元で小さく、ちょっと照れくさそうに彼女の声が。
"寂しいって言って欲しい"と、昼間彼がそう言ったから…もう正直に気持ちを口にしちゃおう。

「やっぱり、あかねもおいで」
「えっ!?でもお風呂入ったばかりで…」
ふわりと抱き上げて、テラスの風呂に向かって友雅は歩き出す。
話し相手になってくれれば良いよ、と彼は笑った。
湯浴みせず、今みたいに会話をするだけで良いから、と。
「あかねの姿が目に映らないと、私も寂しくてたまらないからね」
「も、もう…またそういうこと言う…」
彼のひと言ひと言の囁きが、頬に熱をこもらせる。
胸も熱くなって、心臓がどきどきして-----------

ああ、この鼓動の旋律……彼の曲にとてもよく似ている。






-----THE END-----




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2013.08.30

Megumi,Ka

suga