君に逢いたかった

 004

指輪の交換が終わると、少しだけ緊張感が和らいで来た。
時間が経ったせいだろうか(実際にはそれほどの時間じゃないが)。
それとも、三三九度や指輪交換という、結婚式でメインの儀式が滞りなく終わったからだろうか。

ああ、でももうひとつ残っていた。
リハーサルで教えてもらったとおり、最後に誓いの言葉を交わすんだった。
ええと…友雅さんが読んでくれて、最後に名前だけ私が言えば良いんだよね?
最後の最後でドジったら、それこそ情けないから気を引き締めないと…。
そんなあかねの隣で、友雅は折り畳まれて用意された誓詞を開き、その片方をこちらへと差し出した。
「はい、姫君の手を添えておくれ」
「は、はい…」
友雅は普段通りの口調で言ってくれたが、やっぱり緊張してしまう。
さっき、緊張が和らいだ…なんて前言撤回。
まだまだプレッシャーからは解放されそうにない。

「誓詞」
彼の声が、社殿に響いた。
「平成二十四年十一月二十五日を吉日と定め、神の大御前に於いて私共婚姻の式を行い、夫婦の契りを結び固むるは尊き神慮に依る事と悦び奉り---------------」
落ち着いた低めのトーンだが、しっかりと一言一言はっきりとした言葉遣いで、記された誓いの言葉を読み上げる。
「何かさ…難しい言葉じゃね?」
「うん…。でも、さすがに友雅さんだよね。読み方が慣れてる感じするもん」
聞いていても、かなり古風な仮名遣いだなと思った。
もっと現代的で分かりやすい文でも良いのだろうが、こんな小難しげな文体を読んでいても、友雅は戸惑う様子もなくすらすらと読む。
多分、京ではこんな文を何度も読んでいたからだ。
琵琶にしても今回にしても、彼が持っている以前からの才や経験が、不思議と功を奏して良い結果に繋がる。
こういうのも、縁ってものなのかな。
もしくは、結ばれる運命があったからこそ、何もかもが好転するように出来ているとか。
天真たちがあれこれ考えている間も、友雅の声は誓詞を読み続ける。

「今より後千代に八千代に相睦び相親しみ、苟且にも夫婦の道に違う事なく、互に扶けあいて家政を整え、子孫の繁栄を計るべき事を誓い奉る」
堂々とした読み方に、あかねの親族も感心している表情が伺えた。
そして…最後のひとこと。
「新郎、橘友雅」
それに続き、彼女に嫁せられた唯一の言葉。
「新婦、あかね」

ほう…と、安堵感のようなため息と、満足そうなため息が聞こえて来た。
ひとつひとつの儀式が終わるたび、母がほっと胸を撫で下ろす。
自分の娘のことだから、肝心なところでドジったりしないか不安で不安で。
でも、やはり友雅がさりげなくエスコートしてくれているので、問題なく式が流れて一安心だ。
今回初対面の親戚たちも、新郎の友雅の様子に感心しきり。
随分と年が離れているんじゃないか、とか四方から心配されてきたけれど、こうして直に彼と対面したらみんな顔つきが変わった。
…ふっふっふ。どうです?素敵な旦那様でしょう?
若いイケメン君なんて、橘さんの足下にも及びませんわよ。
彼が、今日から私の息子になるんですのよ。
羨ましいでしょう、そうでしょう、そうですわよね、ふふふふふ…。
なんて、そんなことを母が考えてにやついているけれど、さすがのあかねもそこまで神経が回っていなかった。

玉串を神前に捧げ、拝礼を済ませると親族に盃が振る舞われる。
緊張しつつも、天真たちはそれらを彼の親族代わりに頂き、結盃の儀はすんなりと終わった。
ようやくこれで、本当に終わり間近。
最後に斎主である宮司が、二人の前に立った。
「本日、橘友雅様、あかね様の婚儀を執り行わせて頂きました。兼ねてより、橘様には雅楽の件で大変親身にご指導頂いており、このたびの演奏も全て橘様のご指導の賜物でございます。私共の心からの感謝を含めまして、お二人とご両家の末永いご多幸と繁栄を神前にてお祈り申し上げます」
彼が指導の日は、度々一緒に連れて来てもらった。
仕事中は境内を散策したり、社殿の中を見せてもらったり、宮司や巫女には挙式の話や流れのアドバイスもしてもらい、あかねも随分と親しくなった。
そうやって、今日やっと婚儀本番を迎えられた。


「それでは…退出となります」
再び巫女に誘導されて、二人は社殿を出る。
荘厳な神前から離れると、庭園の空気が頬に触れてひんやりと気持ち良い。
それほどに気が張っていたんだろう。風を受けて、やっとホッとした。
「あかね」
隣を歩く友雅の手が、そっとあかねの身体を引き寄せた。
「さ、これから君の手を取るのは…私の役目だよね?」
母に手を取られて入って来たけれど、すべてを終えて席を立ったら彼に手を握ってもらう。
私を守ってくれるのは、あなた。
生涯を誓ったあなたに…すべてを預けて私は生きて行く。
指輪のある手と手を握りしめ、顔を上げればいつものように微笑んでいる。
ずっとこれからも、その笑顔の瞳に私を映してくれる。

ああ……結婚、したんだ。
見つめ合って、改めてじわりと現実味が帯びて来た。
私、友雅さんの奥さんになったんだ、ホントに。
友雅さんは…私の旦那さまになったんだ…。

「ちょっとあかねぇー!ほらほら!お写真!記念写真早くっ!」
色気のない母の大きな声が、庭の方から聞こえて来た。
気付くと母たちはさっさと庭園に降りていて、カメラマンと写真スタッフのところであかねを呼んでいる。
「お母さん…はしゃぎ過ぎだと思うんですけど」
「可愛い娘の晴れ姿が、嬉しくて仕方ないんだろう。さあ、一緒に行こうか。綺麗な姿を納めておかねば勿体ない」
友雅に手を添えられながら、社殿の階段をゆっくりと降りる。
左手を背中に回し、右手であかねの手を取って、抱えるように彼は歩幅を揃えてくれる。
「やっぱり抱きかかえる方が、手っ取り早いのだけどね」
「またそういうこと言う…」
くすっと同時に笑い声が出て、いつもの二人に戻った感じ。
緊張したけれど、彼のそばにいると落ち着いて来た。



「えー、ホントにマジでぇ?」
記念写真を撮る時になって、また天真が困ったような声を上げた。
新郎新婦の隣に両親が着席するのだが、友雅にはいないので…彼の隣に天真たちが座れということになって。
「何かさあ、俺と蘭が並んで座ってたら、夫婦みたいに見えるじゃんよ。やだわオレそんな変な趣味ないし」
「はあ?バッカじゃないのお兄ちゃん」
常日頃から口喧嘩が絶えない二人だが、ここでもまたある意味仲の良さが露呈している。
「まあまあ、ただの記念写真のつもりで頼むよ」
「うん。お願い」
そんな風に新郎新婦から頭を下げられたら、逃げるわけにも行かないし。
逃げたら逃げたで、友雅の隣を空席にしてしまうから、それもやっぱりまずいし。
あかねの両親と同じ立ち位置で、記念写真に他人が映り込むのは微妙な気もするけれど………。

「はい、それではお写真、三枚撮らせていただきますよー」
カメラマンと撮影スタッフが合図をすると、三回フラッシュがパッと光った。



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Megumi,Ka

suga