「私の方こそ、友雅さんがマリッジブルーになるんじゃないかって、ちょっと心配ですよ」
重ねていた唇を離し、もう一度あかねは身体を寄せてそんなことを切り出した。
「女性だけじゃなくて、大変なのは男性もでしょ?天真くん、言ってましたもん」
よく考えると、独身の天真が言うのも変なのだけど、男の立場からとして…と断りをしてから彼は言った。
結婚ともなれば、男にだって覚悟みたいなものがあるだろう。
何せ、これまで自分個人で生きていた生活が、自分だけじゃなく相手を養い、そして守って行くという責任を課せられるのだ。
一人だけの生活じゃなく、二人の生活。
そしていずれは家族が増えれば、責任は更に倍になっていく。
「一国の主になるようなものだから、そう思ったら男性のプレッシャーは半端じゃないよって」
「ふうん…。まあ、確かにそうかもしれないね」
「それに、友雅さんはここの人間じゃなかったんだから、普通の男性より色々大変なこと抱えてるんじゃないかって」
顔には全然見せないけれど、本当は戸惑いや不便に感じていることがあるんじゃないだろうか。
常識というものが明らかに違う京と現代。
どんなに馴染んで来たとしても、これからまた生活環境が変わればきっと、そのたびに立ち止まることが増えて。
そういうもどかしさに、彼もまた苛立ちを抱いたりするのでは。
「天真くんも天真くんなりに、心配してくれてるみたいです」
「ふふ、彼がねえ…」
見かけによらず、他人の様子に敏感なのはよく知っている。
こんな自分に対しても、そこまで気にかけてくれていたとは。
「でもね、大丈夫だよ。私は他の誰もが経験したことのない覚悟を超えて、ここにいるのだから」
人それぞれに背負う覚悟は、当人にとって重荷とも言えるプレッシャーを与える。
中には押しつぶされてしまう者もいるだろうし、悟ってそのまま乗り越える者もいるだろう。
だが、そんな人々の覚悟を比べてみても、友雅が抱いた覚悟に匹敵するものは、きっとないはず。
「私は生まれ育った世界を捨てて、何も分からないこの世界に来ることを選んだ。向こうに未練などなくても、異世界で生きて行くことには覚悟が必要だったよ」
服装も住む場所も、言葉もいささか違うような。
見覚えのない物があちこちにあって、それらをどう使えば良いのかも分からないことばかり。
あかねや天真たちが京に飛び込んできた時も、こんな気持ちだったのか…と、その時はじめて実感した。
「本当に生きて行けるか、気がかりではあったよ。でも、あかねがいてくれたから覚悟が出来た」
小さな手を握りしめて、友雅は彼女の頬に自分の頬を寄せる。
「君と一緒に生きて行けることが、覚悟の重さを全て取り払ってくれたんだよ」
そこに彼女がいてくれたから、前に進むことが出来た。
京にいた時も、そして今でも。
明日、明後日と、先にあるものを見ようとする気持ちにさせてくれたのは、足下を照らす眩しい光があったから。
「まあ、私もあかねに負けず劣らず楽天家のようだからね。一度大きな覚悟を経験したから、それと比べたら…と思えば他のプレッシャーなんて、結構気楽に考えられるよ」
「ちょっ、ちょっと待って!私に劣らずって何ですかそれっ」
せっかくムードある雰囲気だったのに、その一言ではっと我に返った。
「どさくさに紛れて、そういうこと言うっ!」
「おや、さっき自分で言ったんじゃなかったかい?」
「自分では良いんですっ!でもっ、他の人から言われるのはっ!」
特に友雅から言われるのは、からかわれているようで、ちょっと面白くない。
「そこが、私の好きなところなのに?」
ぐっと顔を近付けて来て、じっとまっすぐ瞳を凝視して、
今更、どきんとして。
何度もキスをしたあとなのに、見つめられるだけで鼓動が早まって。
「朗らかなところ、前を向くところ、明るく考えるところ、そうやって笑うところ…すべて、私が好きなあかねの魅力なのだけど」
もっと言ってあげようか?いくらでも思い付ける。
好きなところがありすぎて、愛しくてたまらないのを教えてあげようか?
「い、良いです。今のは聞かなかったことにしますっ」
「駄目。これはちゃんと聞いてもらわないと」
慌てて立ち上がろうとしたあかねの手を掴んで、胸の中から逃げないように強く抱きしめる。
式に備えて少し伸ばした髪をかきあげ、紅を差す耳朶にそっと唇を近付けて。
「何年かかっても、全部教えてあげるよ。私があかねの好きなところを…ひとつ残らずね」
「ひっ、ひゃ〜っ…」
吐息がくすぐったくて、身体がびくびく奮える。
それだけでもヤバいのに、そんなことを囁かれるように言われたら、身動きなんて取れなくなる。
ああ、もうこんな時間。
いい加減に夕飯の支度をしなきゃいけないだけど…これじゃとても。
離れたいような、離れたくないような。
どちらもウソじゃないから、これまた困る。
「夕飯の支度なら手伝おうか?」
………!
考えていたことを言い当てられて、びっくりしたあかねは振り返った。
「のんびりとは言ったけど、少々時間を食ってしまった。二人でやれば、少しくらい時間は短縮できるだろう?」
「は、はあ…」
友雅は先に立ち上がると、まだ座り込んでいるあかねの腰を抱え、すっとその身体を持ち上げた。
慣れたようで、まだまだ慣れないこの気持ち。
いつまで経ってもどきどきしたり、胸が熱くなったりする想い。
「今夜は寒いからね。早く夕飯を済ませて湯浴みして、あとは…布団にくるまってからゆっくりしよう」
「…んっ!?」
通りすがりに、風のようにかすめていった唇。
次の瞬間には彼は背を向け、キッチンの戸棚から食器を取り出している。
そんなアプローチをするから、いつまでたっても心の準備ができないんですよっ。
突然に、ふいに、あまりにも自然に。
いつもそうなのに、いつも鼓動が高鳴る。
あなたといると、軽やかに響き渡る胸の奥からの心音。
まるで----教会のウェディングベルみたい。
-----THE END-----
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