胸の中のWedding Bell

 003

「それでですね、蘭がもう色々と突っ込んで聞いて来るから、どこまでバラして良いか分からなくなっちゃって」
マグカップの中の暖かいミルクティーは、もう2杯目になる。
友雅の肩に寄り掛かりながら、あかねのおしゃべりは尽きることがない。
「和装はどんなのか、披露宴はどんなドレスなのかって」
「女性だからね。やっぱり、そういうのが気になるんだよ」
花嫁より目立ちすぎないように、気を使いつつもやっぱり着飾りたい。
そして、いつか来る自分が主役になる時に備えて、あかねの姿をじっくり観察したいとか。
結婚式は新郎新婦だけじゃなく、参加する方もドキドキするものだ。
「そうかも。私も親戚のお姉さんの披露宴に出たとき、わくわくしてたな〜」
ウェディングドレスに、綺麗で豪華な料理。
大きなケーキにキャンドルサービス。
そして、ブーケをキャッチした女性の嬉しそうな顔。
「私もブーケ欲しくて参加しようと思ったんですけど、母に"行っちゃダメ"って止められちゃって」
「ふふ…そこは母上殿に感謝だね。そんなに早く相手を決められたら困る」
自分以外の男に、もしもあかねが奪われていたなら。
こうして彼女を抱きしめるのが、他の男だったとしたら。

-------------考えたくもないな。
何度か同じようなことを考えたことがあったけれど、その都度頭から想像を振り落とす。
ここに自分が生きているのは、彼女と結ばれる運命があるからだ。
そう言い聞かせて、幾度もあかねを抱きしめた。

「でも、今から楽しみ」
友雅の腕に包まれながら、甘えるように身体を寄せてあかねが言う。
「お式は進行にお任せだけど、披露宴はいろいろな用意が出来ましたしね。みんな、どんな顔しますかね?」
主役は新郎新婦の自分たちだが、祝ってくれる招待客への感謝の気持ちも重要。
だから気取らなくとも楽しい披露宴でありたいし、喜んでもらえる時間を過ごせたら良い。
引き出物も料理も演出も派手じゃないけれど、カジュアルでセンスの良いものをチョイス。
招待客の驚く顔を想像しながら、演出を考えるのが楽しくてたまらなくて、結局挙式よりも披露宴のことに随分時間を掛けてしまった。
「だけど、喜んでもらえるなら良いですよね」
彼の顔を見上げて、あかねは嬉しそうに言った。


「本当に楽しそうだけれど、大丈夫かい?」
「え?」
覗き込んだ友雅は、どことなく真剣な眼差しであかねを見る。
「何か気がかりなことや不安があるとか、そういうのはないのかい?」
「…いえ、別にないですけど。どうしたんですか、急に」
さっきまで普通に話を聞いてくれていたのに、突然"何か不安があるか"だなんて、どうしたんだろう。
それとも、彼の目にはそういう風に映ったのだろうか。
「そういうわけじゃないんだけれどね。ただ、この時期の花嫁は、心が不安定になると聞いたものだから」
原因や理由は個人個人様々らしく、一概にコレと決めつけることは難しい。
既婚者の生徒たちに、参考意見を聞かせてはもらったのだが。
「どうやら結婚相手の男性の態度が原因、という意見が多かったんだけれどね。あかねは…どうだろう?」
「どうって…友雅さんがですか?」
「私に何か、手落ちはないだろうかね?あかねが不満に思っていることとか」
友雅への不満?
「こうしてくれたら良いとか、もっとこうしたいとか、あるなら遠慮なく言ってくれて良いんだよ?」
彼女の考えを分かってやろうと思っても、すべて理解することは無理だ。
他人同士で、別々の人間である以上、どこかしら気持ちの違いはある。
ましてや男と女では感情も違うものだし、気付かぬうちに彼女にとって大切なことを見逃しているのではないか。

しかし、そんな風に尋ねる友雅に向けて、あかねはにっこりと微笑んだ。
「偶然ですね。それ、店長さんや天真くんたちにも聞かれました」
いくつか読んだ結婚情報雑誌にも、必ずマリッジブルーについての相談室が載っていたので読んだことがある。
でも、それらはすべて他人事。
"そういう悩みがあるんだな…"と思いながら目を通していた。
「私、マリッジブルーになったことなんて、一度もないですよ」
結婚式の準備を進めている間、不安というものを抱いたことがあっただろうか。
将来への不安。結婚して、新しい家庭を築いて行くことに対して、理想と期待ばかりではないことは分かっている。
シビアな現実に直面することもあるはず。綺麗事で済まないこともきっとある。
これからのことなんて、誰も予知出来ない。だからみんな不安になる。
それでも、あかねは一度だって不安を抱くことはなかった。
「そもそも、私が楽観的過ぎるのかもしれませんけど…」
笑いながら言うと、友雅の肩に彼女の手が回される。

寄せられた身体を抱きとめて、あかねの背中を引き寄せる。
ホットカーペットに浸る足下からの暖と、エアコンが効いて来た部屋の温度。
それよりも、こうして抱きしめる感触が一番暖かい。
「友雅さんはいつでも、いつも通りじゃないですか」
肩に顎を乗せたあかねの声が、耳元に響いて来た。
「いつも通りに、私のこと一番に考えてくれているでしょう?分かってます」
どんな些細な会話だって、彼は蔑ろにしない。
ちゃんとした答えを返してくれるし、上の空なんてこともない。
「そんな友雅さんに、不満なんてあるわけないじゃないですか」
本当に、一度もマリッジブルーの話で共感出来たことがないのだ。
自分の中でシンクロできるものが、何一つない。それらとまったく正反対のことが、普通に行われているのがあかねの日常で。
彼に見つめられて、彼と会話をして、話を聞いて、話を聞いてもらって。
彼のためにと頑張れば、それらの反動が戻って来る。
一方通行じゃない関係が続いている中で、不満なんてどこあるだろう?

幸せだから、その日が来るのが楽しみで仕方ない。
二人が決めて来たことが形になるその日が、本当に心から楽しみだ。
結婚して変わるものすべてが、幸せなことだと素直に思える。
変わることは、彼とひとつになれること。
ひとつになって、ずっと一緒に生きて行けることだから。
「友雅さんがいてくれる以上、マリッジブルーなんてないですよ」
彼にぎゅっと強くしがみついて、贅沢すぎるほど幸せな自分を実感する。
奇跡的な巡り会いで恋に落ちた二人だから、奇跡的な幸せがあったって良い-------なんてことを、指輪の輝く手を握って思ってみる。

「そう言ってくれて、安心したよ。花嫁の負担になるようじゃ花婿失格だ」
「失格どころか満点です。だから、安心してください」
くすっと笑ったあかねの頬に手が伸びて、引き寄せられる顎。
近付くのは唇。そして、重なる。
愛しさをこめて触れ合う唇と唇が、そこにいる特別な存在の相手を求めていた。
互いの背中を支えるようにして手が添えられ、しっかりと解けないように抱きしめ合う行為。
それは彼が教えてくれた、愛しい人への想いの伝え方。



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Megumi,Ka

suga