Spring Has Come!

 003

「自分で働いて、自由に使えるお金って…やっぱり少し欲しいんですよね」
現在の友雅の収入ならば、二人でもそこそこ不自由ない生活が出来るだろう。
もし、今より広めの部屋に引っ越したとしても、若干の余裕を持って暮らして行ける生活費は確立している。
だから、あかねがこのバイトを辞めても、日常生活を圧迫することはない。
しかし彼女が、自分のお金を欲しいと思う理由は、家計やそういうものとは少し違っている。
「だって、プレゼントとかを買う時に、友雅さんのお給料を利用したくないじゃないですか」
クリスマスやバレンタイン、そして6月の彼の誕生日。
そんな時、彼に贈るプレゼントを買うのに、彼の収入である生活費を使うなんて。
「そういうこともあるから、まだ今のバイトを続けたいんですよねえ」
好きな人への大切な贈り物は、自分自身のお金で購入したいのだ。

烏龍茶のコップの中身が、お互いに半分を切っていた。
クラッシュアイスは、もうあまり形を残していない。そのかわり、コップの表面がしっとりと汗をかいている。
「…あかねは、いつも一生懸命だねえ」
ひんやりしたコップに手を伸ばし、友雅はそれを軽く揺らしながらつぶやく。
「他人に頼ったり任せたり、昔からそういうことはあまりしないね」
「だってそれは…自分で出来ることはしたいですし」
彼女は当然のようにそう言うけれど、自分の周りにいた女性たちを思い返しても、そんな風に言う人は皆無だった。
名前のある家柄の姫君なら、女房や侍女が身の回りの世話をした。
着替えにしても、部屋の掃除にしても、ましてや自分で料理なんてあり得ない。
それは女性に限らず、男も同じ類いだった。
雑用と言われるものはすべて、役目を与えられた者が行う。それこそが当然だったのだが。
「でも、あかねは違うんだね」
自らその足で、前に進み出す。
時に立ち止まって悩みうつむく事があっても、顔を上げて歩き出せる力が備わっている。
自分で未来を作る方法を、考えながら答えを見つける。
だから、その輝きに惹かれてしまう。

「良いよ、あかねが続けたいのなら私は止めないよ」
「ホントですか!?」
「ああ。ただ、無理はしないようにね」
「大丈夫だと思います。時間が長くなる分、出勤日を減らしてくれるって」
今までは月〜金の午後のみだったが、これからは月、水、金の週3日で構わないと言っていた。
隔日なら体力的にも無理はなさそうだし、条件的には良いと思う。
「それは良かった。せっかくの週末に一緒に過ごせなかったら、寂しいものね」
「ん…店長さんが、それはちゃんと考えてくれてて…」
週末は学校も休みだから、学生のバイトさんをフルタイムにシフトさせてもらう。
だから、週末は夫婦で過ごす時間に使いなさい、と。
「粋な計らいをしてくれるねえ」
まだ式も挙げていないのに、周囲は二人を夫婦として扱ってくれる。
彼女の両親だけでなく、仕事場の同僚たちやあかねのバイト先の店長や、その他多くの人々が自分たちを認めてくれている。
それは、何と胸が暖かくなることだろう。


追加オーダーの料理が、いくつか運ばれて来た。
烏龍茶をもう一杯と、あかねはブルーベリーソーダを。
「で、バイト時間を変えるのは、いつから?」
「んーと、明日お返事するつもりなんで、早ければ来週からかもしれませんね」
バジルポテトをかじりながら、あかねは答えた。
お休みの火曜日と木曜日は、二日分の家事に専念しよう。
掃除したり洗濯もして、夕飯の仕込みにちょっと力を入れても良いかも。
「頑張るのは良いけれど、疲れたときは甘えなさい。朝食の支度くらいなら、私も出来るんだからね」
「ふふっ、分かりましたー」
あかねは少し笑いながら、友雅の肩にもたれ掛かった。
あの世界で神子と呼ばれていた頃、自分は特別な存在であったから、周囲の誰もが気遣ってくれていた。
当時から彼もそんな風に扱ってくれたけれど、今はもっと特別な意味を持って気遣ってくれている。
その優しさを、独り占め出来る幸せ。
自分だけに与えられる彼の想いを、受け止められる幸せに浸ることが、また幸せの感情を呼ぶ。

「でも、これから買い揃えるものって、何がありますかね?」
食器類などの日用品に関しては、既に二人分が揃っていて不自由はない。
収納スペースは彼にとっては有り余る空間だったので、そこにあかね用のスペースを取り入れても、さほど無茶はなさそうだ。
布団や寝具は、今のままで十分だし。
家電や家具にしたって、現状維持で事足りる。
「あはは…何もないですねえ。改めて買うものって」
「今のままで良いよ。不便のない生活が出来る品物が揃っていて、何よりあかねがそこにいてくれれば、ね」
大切なのは、一緒にいてくれる人。
共に歩き出す、愛すべき相手がそこにいること。

「余計なものを買ったりするより、いざという時のために蓄えに回しておいた方が良いだろう」
「いざと言う時ですか?」
「そう。たとえば…」
肩を抱き寄せてくれた彼が、上から覗き込むように見つめる。
「例えば…いつか子どもが出来た時のために、とかね?」
艶やかな笑みと同時に発せられた言葉に、あかねの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
ノンアルコールのソーダを飲んでいたはずなのに、とても度の強いワインを飲んでしまったような。
赤くなった顔は熱を吹き出し、心音がどくんどくんと早くなる。
そして、店長に同じようなことを言われたのを、思い出した。
"子どもが出来たらお金も色々掛かるんだから、早めに今のうちから貯金しておいた方が良いわよ”。
確かにそれはそうなのだけれど…まだそんな予定は…。

「それとも、あかねは早く母親になりたいかい?」
「ええっ!?」
真っ赤な顔のまま、寄り掛かっていた友雅の腕から起き上がる。
「あかねが希望するなら、喜んでお手伝いして差し上げるんだけれど?」
「そ、そ、そ、そんな…まだ、まだそれはっ!!!」
それはまだ"いつか"という状態であって、"すぐに"じゃなくて。
でもいずれは…きっとそういう日が来るだろうけど、まだもうちょっと現実味を感じさせないのが本音。
「おや、残念。ご両親も楽しみにしているように思ったんだけれどね」
いや、両親は完璧に先走りし過ぎだし!
あのペースに流されていたら、こっちの身が持たない。

「まあ、その気になったら言っておくれ。いつでも私はその気でいるから」
「……はっ!?」
いつでもその気でいる、って今言った?
つまりそれは、その……え?
顔全体に熱が回ったまま、ぼーっとしているあかねの顔に、友雅はそっと唇を近付ける。
そして吐息が掛かるほどの距離で、小さな声で囁いた。

----------あかねがその気になるのを、私はその気のままで待っているよ。

そう、いつでも私は本気だから。
君のことに関しては、どんなことでもね。





-----THE END-----




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2012.04.18

Megumi,Ka

suga