Winter Celebration

 003

それは、彼女が高校三年の冬のこと。
推薦で進路が決定した同級生たちと、クリスマスパーティーをすることになった。
卒業してしまえば、離ればなれになってしまうし、学生時代の最後の想い出作りなのだろう、と思った。
が、ひとつ問題があった。
集まったクラスメートの中に、あかねのことを好ましく見ている者がいる、と天真から忠告されたのだ。

「あの時、天真がこっそり教えてくれて良かったよ」
そりゃあ天真も、自分の身が大切。
知りながらも黙っていたら、後々友雅からどんな仕打ちをされるか…考えるだけでオソロシイ。
「あかねも、そういうところは鈍い子だからねえ…」
「まったくなー。周りで見てる俺らの方が、ハラハラするわ」
だが、あかねには何も伝えていない。
逆に気付かれたら、妙に相手を意識されたりしても困るし。
黙って何もなかったように、さりげなくこちら側に引き寄せて。
彼女を自分の腕に閉じこめて、外部からの視線をはね除ける包囲網を作る。

「またここで顔を合わせて、相手がその気になったら…と思うとね、私も気が気じゃないんだよ」
友雅はそう言うけれど、相手も彼のことは十分承知だ。
一時はそれでも隙を狙って…と、良からぬことを考えていたようだが、友雅を見てその場で撃沈したらしい。
…まあ、そりゃ諦めるわな、普通。
年は離れてるけど、このツラ見たらなあ…勝てるとは思わねえよなあ。
あかねの振袖に合わせて、今日の友雅は和装だ。
仕事柄普段からこんな格好らしいが、紺の着物に黒の羽織という飾りっけのない装いのくせに、妙に貫禄のある華やかさがある。
こちらに来て数年経つのに、全く老け込む気配もないし。
元々、年の割にはやたらに若く見えるし。
でもって、同性から見たって出来過ぎなルックスだよな、と思ってしまうのが、はっきり言って悔しい。
そんな彼が、"フィアンセです"と挨拶してきたら…即そこで土下座しそうだ。
「ん?どうしたんだい?オーダーするんじゃなかったのかい」
メニューを広げたまま、ぼーっと考えていた天真に友雅が声を掛けた。
丁度店員が、後ろの客に注文を取りに来ているところ。
後でこちらにも来てもらおう…と思った矢先、携帯がカタカタと震え出した。
「あ、注文良いや。式典、終わったってさ」
蘭からのメールが、天真のところに届いた。
「それじゃ、姫君達をお迎えに参ろうか」
徐々に増えて行く新成人の客とは逆に、友雅たちは店を出る。
早く迎えに行ってやらねば、この寒空の下では振袖さえも凍えそうだ。


会場に再び戻ると、さっきよりも随分賑やかな空気が広がっていた。
式典を終えて、晴れて成人となった彼らたちも緊張が解けたのか、記念写真を撮ったり話し込んだりしている。
「お兄ちゃん!ここー!」
手を振りながら、蘭が居場所を教えている。
天真と一緒にその場に向かうと、同級生と思われる振袖の女性数人に、羽織袴やスーツの青年たちが集まっていた。
「あっ…えーと…」
クラスメートの天真はともかく、友雅が現れたとたんに緊張感が生まれる。
女性たちはきゃあきゃあしているが、男性群は…妙にかしこまって。

「あ、あのっ…元宮さんの旦那さんですよねっ!?」
遠慮なく女性たちが、友雅のところに駆け寄って来た。
思えば、初めて顔を合わせる子たちだ。
男性の方は…数人見たことがある子たちだが(特に一人は)。
「あかねから聞いたんです!今年、ご結婚するんですよねっ!」
「ああ。まだ日取りは決まっていないけれど、卒業したら…と前々から予約していたのでね」
「よ、予約って…もう…」
恥ずかしそうにうつむいて、友雅の袖をつんと突く。
そんなあかねの背中に手を伸ばし、彼はそっと抱き寄せる。
誰かに対して、暗黙のアピールをするように。

「じゃ、そろそろ私たち帰るねー」
「うん。またあとで連絡して、みんなで集まろう」
いつの間にか、そういう話になったらしい。
その時は天真も参加してもらって、お目付を頼むしかないか。
…やれやれ。天真には、お礼を考えておかないといけないね。
そんなことを考えながら、冬空の下に咲き誇った花たちは、少しずつバラバラになってゆく。
華やかな彼女たちの晴れ姿を、ひとめ見たいと待っている人たちがいるんだろう。
「取り敢えず、あかねんちに行けば良い?」
「ああ、そうしておくれ。ご両親が、今日はお祝いを用意しているそうで、私も招かれているんだ」
さぞかしあかねの両親も、今日は上機嫌だろう。
一人娘が成人した記念すべき日であるし、気合いの入った振袖の正装。
ついでに未来の息子も同席してくれて、ハイテンションで盛り上がる両親の光景が目に見える。



あかねの家の少し手前で、天真の車から二人は下りた。
空は透き通った青空。
寒い気温も太陽がさんさんと輝くせいで、時間が経つにつれ暖かくなってきた。
公園の通りを歩いていると、時折犬の散歩中のご近所さんに出会う。
そのたび振袖姿を見て、成人のお祝いの声を掛けられた。
「良いわねえ。素敵な旦那さんでー」
ひやかしなのか、これもお祝いなのか。
照れくさいけれど肩を寄せて、しずしずと家に続く道を歩く。
「旦那さん、ね。ご近所では既に、私もあかねの家の一員になっているんだね」
「う、うん…。母がおしゃべりだから…」
どんなことを言いふらしているか知らないが、きっと友雅のことを自慢しているんだろう。
いつも携帯には山ほど写真が入ってるし、それを見せびらかしたりなんかして。

「でも、あかねだって友達に、教えたんだろう?」
会ったこともないクラスメートに、あんなこと言われて。
結婚することは知られていても、今年式を挙げることは今言わなきゃ知ってるはずがない。
「色々と聞かれて…指輪してたから」
薬指に輝く銀色のリングは、出来立てのもの。
大人になる大切な日なのだから、はめて行きなさいと彼に言われて。
「だから、しゃべっちゃった」
この指輪は、その時のために作ったものなんだ、と。

「あかね、一カ所付き合ってもらいたいんだけれど、時間あるかい?」
突然、友雅が言い出した。
これから帰ったら、お隣近所にご挨拶に行って。そのあとは父のゴルフ仲間の知人の家に行って……と、数カ所回る予定。
「一番最後で良いよ。事務所に付き合って欲しいんだ」
事務所というのは、友雅が仕事をしている琵琶教室の、総合的な経営を担っている…つまり本社みたいなところ。
今日は祝日だが、日祭日しか休めない生徒の為に、講座はいくつか開講している。
だから、きっと従業員たちも出社しているだろう。
「私もね、あかねを妻として皆に紹介したくなったんだ」
「えっ……」
結婚のことは伝えてあるし、彼女のこともみんな知っている。
けれど、こんなに艶やかに成人した姿を、自分の妻として見せびらかしたいじゃないか。

「緊張しちゃいますよ…そんな」
「大丈夫。私がずっと一緒にいるから」
ぎゅっと手を握る。わざと、左手で左手を。
二人にしか許されない、その指輪が輝く手をしっかりと握りしめる。

「妻としてなら、堂々と胸を張って紹介出来るからね」
「え?何て?」
覗き込むあかねに、彼は静かに微笑んだまま。

…私のものだからね。
手を出しても無理だよ……ってね。
困ってしまうこの独占欲。
でも、君を愛している事実があるから、不思議と心地良い。





-----THE END-----




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2012.01.17

Megumi,Ka

suga