というわけで、そういうすったもんだがあったわけだが、こうして無事に晴れの日を迎えることが出来た。
着付けもメイクも街の美容室などではなく、知人を紹介してくれたので混雑することもない。
こんな日にゆっくりと支度を出来たのは、とても有り難かった。
「それにしても、良いお振袖ですわねえ。大正のものとは思えないほど、しっかりしてお綺麗よ」
あかねが選んだ振袖は、明るさを抑えた濃いめ桜色に、白とえんじのぼかし染め。
一面に白い牡丹文様が描かれ、裾には大きな花車。
さりげなくその周りに橘文様が散らされているのが、友雅には何とも良い気分だ。
「未来の旦那様のお名前ですものねえ」
着付けとメイクをしてくれた女性は、ニコニコしながらそう話す。
もちろん、あかねと友雅の関係については、既に周知の事実である。
カタカタカタ。
ドレッサーの上に置いてあった、あかねの携帯が震えながら着信を伝えた。
友雅の手を一旦通して、それは彼女の手にやって来た。
「もしもし天真くん?もう来てるの?」
『あー、今着いたとこ。蘭も着付けにちょっと時間掛かっちまってさ』
あかねと蘭を式典会場まで送迎する役目は、本日は天真が仰せつかっている。
あくまでも"送迎役"であり、参加者ではない。既に彼は、昨年に成人式を終えているので。
とは言っても、あかねを始めとする高校時代の同級生たちは、今日が成人式だ。
懐かしい顔を見るためにも、天真が会場まで出向くことになっていた。
「では、そろそろ行こうか、姫君」
振袖と共に借りたストールを、あかねの背中に広げてやったあと、その手を取ってゆっくり立ち上がらせる。
まだまだ着慣れていない着物だが、出来るだけ丁寧に動作をしようと心がける。
「いってらっしゃい。お気をつけてね」
声をかけてくれた女性にお礼を言ったあと、二人は玄関へと向かった。
外には既に、天真の車が停まっている。
あかねの姿を見つけると、蘭が車の中から手を振った。
「わあ、それがアンティークの振袖なんだ!すごくカッコいいね!」
以前蘭には振袖の話をしていたので、どんなものなのか気になっていたようだ。
そんな彼女はといえば、やはり現代らしいバラを文様にした、華やかな紅色の振袖だった。
長い髪をふんわりと大きいリボンで盛り上げて、ふわふわの真っ白なファーを肩にまとって。
「蘭もカワイイよ!女の子らしくて素敵だもん」
「はいはい、姫君達、おしゃべりは車に乗ってからね。外にいては冷えてしまうからね」
女の子同士ではしゃぐあかねを、開けたドアから後部座席へ乗せる。
そうして彼は、助手席に乗り込んだ。
「男が助手席ってものなあ…味けねえなあ」
「おや、それはお互い様。しかし、綺麗に結んだ帯を潰すわけにはいかないしね。我々は我慢しよう」
潰れて崩れるような結び方はしていないが、型くずれしないように念のため。
姫君たちは、ゆっくり座れる後ろの席を特等席にしてあげよう。
式典会場は、まるで春のような光景だった。
気温は雪がちらつきそうなほど寒いのだが、目で見るだけなら満開の花畑のよう。
赤やピンク、若草色やクリーム色など、あらゆる色彩を集めた華やかな振袖の女性たちが、大勢集まって来ている。
男性もそれなりにいるが、彼らはスーツか紋付羽織袴のようなもので、色の多彩さには正直欠ける。
髪型もいつもと変わらないし、逆に女性は結い上げたり編み込んだりと、本当にバラエティ豊富である。
「やはりこういうイベントは、女性の為にあるものだな」
車の中で一人外を眺めていた友雅は、そんな風にひとりごとをつぶやく。
けれど、その中もやっぱりあかねだけは目を引く。
蘭をはじめとした同級生たちとは、一線を置く振袖と出で立ちのせいもあるかもしれないが、どんなに華やかな花たちに囲まれていても、あかねという名の花だけは際立っている。
一番艶やかで、一番愛らしい。
他の誰よりもずっと、彼女だけは輝いて見える。
しばらくすると、人々の姿がホールの中へ吸い込まれて行く。
一人一人と少なくなるにつれて、係員らしき男性が声を上げて案内をしていた。
「おまたっせー」
その中から逃げ出すかのように、足早に天真が一人戻って来た。
「は〜、みんな久々の顔ばっかだけど、全然変わってねーの。成人式って言ったって、中身は高校んときそのまんまだぜ」
笑いながら、天真の声に耳を傾ける。
たった数年じゃ、変化なんてさほどないだろう。
ほとんどがあかねのように大学や専門学校に進んでいるし、そうなれば学生気分は現在進行形だ。
「でも、中には仕事をしている子もいるんじゃないかい」
「まあな。高卒で就職したヤツもいるしなー。そういうヤツは、ちょっと大人びてたかもな」
大人になるという意味は、それぞれいろいろな意味を持つ。
成人式とは、年齢として大人を意味するものだが、社会人の彼らには就職した時が大人の仲間入りだろうし。
「そういう天真も、成人式を既に終えているとは思えないけどね」
「うっさいわ!老け込むよかマシだろ!」
いやいや、それが彼の良いところだ。
年なんか関係ない。感情にストレートで、飾りっけのない清々しさ。
それはそのまま、ずっと持ち続けて行ってもらいたいものだ。
友雅たちは式典が終わるまで、近くのカフェで時間をつぶすことにした。
その間、友雅は成人式についての話を聞かされた。
一年前に、自分はどんなことをやったのか。
式典ではどんなことをして、その日はどんなことをやるのが一般的なのか…等々。
「ま、俺は男だったからたいしたことないけどさ。女の場合はそりゃー大変!振袖もそうだけどさ、記念写真とかご挨拶周りとか、するんだぜ」
「ご挨拶周り?」
「そ。親戚とか近所とか、知り合いのところに連れて回んの」
無事に成人したことを、周りに伝えるために…というのは口実で、単に娘の晴れ姿を見せびらかしたいだけだ、と天真は断言した。
「娘がいると、そーいうもんよ。七五三とかも晴れ着に精魂尽くすしな。寂しいもんよ、男って」
「仕方ないんじゃないかい?ああも艶やかな姿なら、自慢したくもなるだろう」
その気持ちは、良く分かる。
でも……
「あかねの晴れ姿は、見せびらかしたくないかな。私だけが独り占めしたいよ」
「あっそーですかあ」
呆れながら、天真はアイスコーヒーを啜る。
恥ずかしげもなく、さらっと惚気る友雅の態度には慣れているが、たまにむずかゆくなるのは押さえられない。
まあ、順風満帆で結構ではあるけれど。
今朝は早くから叩き起こされたおかげで、まだ午前中だというのに少々空腹感が襲って来た。
昼前に少しだけ腹ごなしでもしようか…と、メニューを開いた天真の前で、友雅の指がとんとん、とテーブルを叩いた。
「ところで、例の話だけれど…彼らの姿もあったかい?」
空気がちょっとだけ、重くなる。
「ああ、来てたぜ。あいつらは県外進学組だけどさ、こういうのは地元に帰って来るもんだし」
「そうか…やっぱりね。で、妹君にはこの事は、しっかりお願いしてもらえたのだろうね?」
「ちゃんと言っといたって!安心しろっての」
そうは言われても、姿が見えないというのは不安が増幅する。
彼女が誰と話しているか、誰が近付いているかさえも確認出来ないのだから。