Winter Celebration

 002

というわけで、そういうすったもんだがあったわけだが、こうして無事に晴れの日を迎えることが出来た。
着付けもメイクも街の美容室などではなく、知人を紹介してくれたので混雑することもない。
こんな日にゆっくりと支度を出来たのは、とても有り難かった。
「それにしても、良いお振袖ですわねえ。大正のものとは思えないほど、しっかりしてお綺麗よ」
あかねが選んだ振袖は、明るさを抑えた濃いめ桜色に、白とえんじのぼかし染め。
一面に白い牡丹文様が描かれ、裾には大きな花車。
さりげなくその周りに橘文様が散らされているのが、友雅には何とも良い気分だ。
「未来の旦那様のお名前ですものねえ」
着付けとメイクをしてくれた女性は、ニコニコしながらそう話す。
もちろん、あかねと友雅の関係については、既に周知の事実である。

カタカタカタ。
ドレッサーの上に置いてあった、あかねの携帯が震えながら着信を伝えた。
友雅の手を一旦通して、それは彼女の手にやって来た。
「もしもし天真くん?もう来てるの?」
『あー、今着いたとこ。蘭も着付けにちょっと時間掛かっちまってさ』
あかねと蘭を式典会場まで送迎する役目は、本日は天真が仰せつかっている。
あくまでも"送迎役"であり、参加者ではない。既に彼は、昨年に成人式を終えているので。
とは言っても、あかねを始めとする高校時代の同級生たちは、今日が成人式だ。
懐かしい顔を見るためにも、天真が会場まで出向くことになっていた。
「では、そろそろ行こうか、姫君」
振袖と共に借りたストールを、あかねの背中に広げてやったあと、その手を取ってゆっくり立ち上がらせる。
まだまだ着慣れていない着物だが、出来るだけ丁寧に動作をしようと心がける。
「いってらっしゃい。お気をつけてね」
声をかけてくれた女性にお礼を言ったあと、二人は玄関へと向かった。

外には既に、天真の車が停まっている。
あかねの姿を見つけると、蘭が車の中から手を振った。
「わあ、それがアンティークの振袖なんだ!すごくカッコいいね!」
以前蘭には振袖の話をしていたので、どんなものなのか気になっていたようだ。
そんな彼女はといえば、やはり現代らしいバラを文様にした、華やかな紅色の振袖だった。
長い髪をふんわりと大きいリボンで盛り上げて、ふわふわの真っ白なファーを肩にまとって。
「蘭もカワイイよ!女の子らしくて素敵だもん」
「はいはい、姫君達、おしゃべりは車に乗ってからね。外にいては冷えてしまうからね」
女の子同士ではしゃぐあかねを、開けたドアから後部座席へ乗せる。
そうして彼は、助手席に乗り込んだ。
「男が助手席ってものなあ…味けねえなあ」
「おや、それはお互い様。しかし、綺麗に結んだ帯を潰すわけにはいかないしね。我々は我慢しよう」
潰れて崩れるような結び方はしていないが、型くずれしないように念のため。
姫君たちは、ゆっくり座れる後ろの席を特等席にしてあげよう。



式典会場は、まるで春のような光景だった。
気温は雪がちらつきそうなほど寒いのだが、目で見るだけなら満開の花畑のよう。
赤やピンク、若草色やクリーム色など、あらゆる色彩を集めた華やかな振袖の女性たちが、大勢集まって来ている。
男性もそれなりにいるが、彼らはスーツか紋付羽織袴のようなもので、色の多彩さには正直欠ける。
髪型もいつもと変わらないし、逆に女性は結い上げたり編み込んだりと、本当にバラエティ豊富である。
「やはりこういうイベントは、女性の為にあるものだな」
車の中で一人外を眺めていた友雅は、そんな風にひとりごとをつぶやく。
けれど、その中もやっぱりあかねだけは目を引く。
蘭をはじめとした同級生たちとは、一線を置く振袖と出で立ちのせいもあるかもしれないが、どんなに華やかな花たちに囲まれていても、あかねという名の花だけは際立っている。
一番艶やかで、一番愛らしい。
他の誰よりもずっと、彼女だけは輝いて見える。

しばらくすると、人々の姿がホールの中へ吸い込まれて行く。
一人一人と少なくなるにつれて、係員らしき男性が声を上げて案内をしていた。
「おまたっせー」
その中から逃げ出すかのように、足早に天真が一人戻って来た。
「は〜、みんな久々の顔ばっかだけど、全然変わってねーの。成人式って言ったって、中身は高校んときそのまんまだぜ」
笑いながら、天真の声に耳を傾ける。
たった数年じゃ、変化なんてさほどないだろう。
ほとんどがあかねのように大学や専門学校に進んでいるし、そうなれば学生気分は現在進行形だ。
「でも、中には仕事をしている子もいるんじゃないかい」
「まあな。高卒で就職したヤツもいるしなー。そういうヤツは、ちょっと大人びてたかもな」
大人になるという意味は、それぞれいろいろな意味を持つ。
成人式とは、年齢として大人を意味するものだが、社会人の彼らには就職した時が大人の仲間入りだろうし。
「そういう天真も、成人式を既に終えているとは思えないけどね」
「うっさいわ!老け込むよかマシだろ!」
いやいや、それが彼の良いところだ。
年なんか関係ない。感情にストレートで、飾りっけのない清々しさ。
それはそのまま、ずっと持ち続けて行ってもらいたいものだ。


友雅たちは式典が終わるまで、近くのカフェで時間をつぶすことにした。
その間、友雅は成人式についての話を聞かされた。
一年前に、自分はどんなことをやったのか。
式典ではどんなことをして、その日はどんなことをやるのが一般的なのか…等々。
「ま、俺は男だったからたいしたことないけどさ。女の場合はそりゃー大変!振袖もそうだけどさ、記念写真とかご挨拶周りとか、するんだぜ」
「ご挨拶周り?」
「そ。親戚とか近所とか、知り合いのところに連れて回んの」
無事に成人したことを、周りに伝えるために…というのは口実で、単に娘の晴れ姿を見せびらかしたいだけだ、と天真は断言した。
「娘がいると、そーいうもんよ。七五三とかも晴れ着に精魂尽くすしな。寂しいもんよ、男って」
「仕方ないんじゃないかい?ああも艶やかな姿なら、自慢したくもなるだろう」
その気持ちは、良く分かる。
でも……
「あかねの晴れ姿は、見せびらかしたくないかな。私だけが独り占めしたいよ」
「あっそーですかあ」
呆れながら、天真はアイスコーヒーを啜る。
恥ずかしげもなく、さらっと惚気る友雅の態度には慣れているが、たまにむずかゆくなるのは押さえられない。
まあ、順風満帆で結構ではあるけれど。

今朝は早くから叩き起こされたおかげで、まだ午前中だというのに少々空腹感が襲って来た。
昼前に少しだけ腹ごなしでもしようか…と、メニューを開いた天真の前で、友雅の指がとんとん、とテーブルを叩いた。
「ところで、例の話だけれど…彼らの姿もあったかい?」
空気がちょっとだけ、重くなる。
「ああ、来てたぜ。あいつらは県外進学組だけどさ、こういうのは地元に帰って来るもんだし」
「そうか…やっぱりね。で、妹君にはこの事は、しっかりお願いしてもらえたのだろうね?」
「ちゃんと言っといたって!安心しろっての」
そうは言われても、姿が見えないというのは不安が増幅する。
彼女が誰と話しているか、誰が近付いているかさえも確認出来ないのだから。



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Megumi,Ka

suga