Winter Celebration

 001

「橘さーん、出来ましたよー」
朗らかな年配女性の声が、友雅の名を呼んだ。
開かれたドアから、部屋の中へ足を踏み入れる。
室内に甘い香りが漂っているのは、化粧品などが多いからだ。
口紅やファンデーション、白粉の他に整髪料。いかにも女性が好むような、カラフルな色のボトルがずらりと並ぶ。
ドレッサーの鏡は、姿見にもなるほど大きなもの。
その前に腰を下ろしているあかねは、美しい振袖に身を包んでいる。
「如何です?とっても可愛らしいでしょう?」
「ふふ…思わず目が眩んでしまったよ」
「またそーいう、五割増しなこと言うー」
友雅の褒め言葉をあしらいながらも、あかねはまんざらでもない様子。
お世辞だろうが贔屓目だろうが、綺麗だと言ってもらえるのは女性として嬉しい。
それが好きな人からの言葉ならば、尚更である。

「お着物がアンティークでしょう。ヘアスタイルも、あまり派手にしなかったのですけど」
「うん、大人っぽくて、良いと思うよ」
「ホントですか?大人っぽいですか?」
「ああ。可愛いけれど、大人の女性の艶やかさを感じるね」
鏡に映るあかねは、どことなく嬉しそうに表情を緩ませる。
昔よりは少し伸びたとは言え、それほど髪が長くない。
結い上げたり盛ったりするのには、ウイッグをつけるしかないだろう。
しかしそんな髪型では、せっかく借りた振袖のイメージが損なわてしまう。
こんな風に、軽く後ろで髪をまとめて、簪とコサージュでシンプルにアレンジする方が、かえって華やかに見える。
「最近の子は、めいっぱい着飾りますからねえ。でも、お嬢さんみたいな格好は、ひとつ格上に見えますよ〜?」
確かに華やかな振袖柄ではあるが、時代を積み重ねたおかげで色合いに落ち着きが出ている。
そこがまた、若々しさだけではない深みを思わせる。


今年、あかねは成人式だ。
京で生まれ育った友雅にとって、成人の儀とは男なら元服、女性は裳着と言う習わしが常識だった。
迎える年齢も現代よりずっと若く、友雅自身も十二歳位の頃に元服を行ったかと記憶している。
しかし、時や世界が変わっても、成人するということは大きな人生の転換期。
特にこちらの世界では、殆どの女性が振袖などの正装を新しく仕立て、着飾って成人の式典に集まってくるのだと言う。
娘を持つ親にとって、成人式は娘共々晴れの舞台。
親子揃って、この日のための振袖選びに気合いを入れるそうだ。

だが、振袖と言っても結構値が張るもの。
レンタルという方法もあるが、やはり娘のために取り揃えたいと思うものらしい。
そんな話を耳にしたのは、昨年の師走の入り。

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夕飯のあと、ちょっとしたひととき。
ゆっくり茶を飲みながら、他愛も無い話をする時間の中で出て来た振袖の話題。
「私は別に、レンタルで良いと思うんですけどねー」
実際、レンタルでも予算は掛かるものだが、買うよりはまだ安く済む。
頻繁に着るわけでもないのだし、借り物で良いじゃないかと、一度はそれで満場一致となった。
だが、成人式が近付くにつれ、父の決心が揺らぎ出した。
「何だか今になって、父がもごもご言うんです。一生に一度なのに、ちゃんと揃えないのはどうなんだろうって」
「あかねは大切な一人娘だから、きちんと祝いの品を揃えてあげたいと、父上も思っているのだよ」
「うん…それはまあ、分かってますけどねえ」
父の考えは、有り難いと思っている。
けれども、現実的なことを考えると、やはり予算が問題になるのだ。

「ああ…なるほどね。今年は物入りが多くなるから、か」
「そうです。だって…ね…?」
今年、あかねにはもうひとつ、重大な人生の転機がある。
成人式もそうだが、女性としてとても大切な儀式が用意されている。
それは--------この指輪の約束を、永遠の誓いにするための儀式。
「だから、あまり出費は控えたいんですよ。そう思って、レンタルで済ませようって最初は決めたのにー…」
こんなギリギリになって、発言を覆されちゃどうすりゃいいのか。
あかねも母も、頭を悩ませていた。

「だったら、私がプレゼントしようか」
「ええっ?振袖をですか!?今から!?」
この時、既に十二月に入った頃。
巷じゃ成人式の振袖発注なんて、とっくに終了している時期でもあった。
だが友雅は仕事柄、融通の聞く馴染みの呉服店がいくつかある。
以前にも頼んだこともあるし、多少無理を言えば間に合わせてくれるだろう。
「でもダメですよ。そんなことしてもらったら、父も恐縮しちゃいますし、私も申し訳ないし…」
ただでさえ彼には、数年前の正月に振袖を一式揃えてもらっているのだ。
わざわざ新しく仕立てるのであれば、あの時の振袖でも十分に成人式に通用すると思うのだが。
「それでは、父上が満足して頂けないだろう。新しい綺麗なものを、と考えておられるのだろうし」
それはそうなのだが…。
年頃の娘を持つ親は、懐具合を慎重に見極めて暮らさねばならない。
いずれは自分もそうなるかもしれない…と、あかねを見ながら友雅は思った。


それから丁度一週間後、友雅はあかねの家を訪れた。
「成人式の振袖なのですが、新しいものではありませんが、良いものを持っている方がおりまして」
両親の前で、友雅はそう切り出した。
竜笛奏者の知人に聞いたのだが、彼の祖母が古い着物の熱心なコレクターで、随分な品揃えを所蔵しているらしい。
中には博物館に展示出来るほどの、珍品や貴重品もあると聞く。
「あかねのことをお話しましたところ、喜んでお貸し頂けるとのことなのですが、如何でしょうか?」
「な、なんと…そんなことを!?」
友雅の話に、両親は顔を見合わせて驚いた(もちろんあかねも)。
何よりそれらを無料で貸してくれるというし、帯や小物はもちろん、着付けやヘアメイクなども賄ってくれるという。
彼女の子どもや孫は男ばかりで、せっかく集めた着物を着てくれる者がいない。
「ですから、こういう晴れの舞台ですし、是非とおっしゃっていましてね。どうでしょうか」
「ちょっとあなた!お願いしましょうよ!橘さんのご紹介ですもの、レンタルや安い着物よりずっと素敵に違いないわよ!」
母のこの盛り上がりは、間違いなく友雅の存在が影響していると思われる。
だが、母の言うことは納得だ。
彼が選ぶもの…特にあかねに関わるものであれば、妥協や手抜きをすることは絶対にない。

「一度あかねを連れて、振袖を見せて頂こうかと思っているのですが」
向こうが許可してくれたものから、好きなものを選べば良い。
主役は彼女なのだし、選ぶ権利はあかねにある。
「ええ!ええもう、お願いしますー!良いわよねえあなた!あかねも!」
友雅の言うことなら何でも良いんだろう…と、半ば呆れ気味に母を見る。
しかし、父の顔を見ると満足そう。
となれば、問題はこれでようやく解決しそうな感じだ。
「あかねの気に入ったものの中で、一番良いものを選ばせて頂きますよ。お義父さんにとって大切なお嬢さんであるのと同時に、私にとっては大切な姫君ですから」
そう言うと、友雅は上品に微笑んだ。
両親にとって、その笑顔が一番の決定打だった。



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Megumi,Ka

suga