「お義父さん、お義母さん、よろしいでしょうか」
「ええ!ええ!もう、こちらこそよろしくお願い致します!ねえ、お父さんも良いわよねえっ!」
「ああ勿論です!縁起の良いこちらで挙式なんて、こりゃもう理想的だ。有り難いことですよ!」
友雅に尋ねられて、両親はすっかり出来上がって興奮気味。
確かに浮かれてしまうのも当然で、この神社は縁結びや子宝など、恋愛および結婚に関するご利益で名高いため、神式での挙式も常に予約がいっぱい。
かなり前からでなければ、受け付けてもらえないと人気がある。
そこで挙式を出来ること、しかも宮司自ら優遇してくれるなど、願ってもないセッティング。
どんなに有名なウェディングプラン会社でも、そう簡単には出来ないだろうに。
…夢みたい。
思わず、そんな本音がこぼれそうになるのを飲み込んだ。
「お二人が幸せに結ばれますよう、良きその日を楽しみにお待ちしております」
当日には是非、この曲を皆で演奏出来るようにしましょう。
お二人の恋が愛情に変わるその時を、この曲をとともに祝福出来るよう-----------。
宮司は微笑んで、二人の肩をそっと叩いた。
奥にある別間に案内されると、そこには料理が整えられていた。
寺院と同じく、メニューは精進料理。
しかし質素というわけでもなく、懐石料理のように美しく盛り付けがされている。
「そうそう!こちらでお式をされると、こういうお料理で簡単な披露宴が出来るって、聞いた事があるわー」
肉や魚はないけれど、野菜や豆腐などを使った優しい味わいの料理たち。
こんな披露宴メニューも良いかもしれない、と思ってしまう。
それにしても……突然のことばかりで、未だにあかねは頭が整理出来ていない。
急に母たちに連れて来られたと思ったら、演奏会が始まって。
「演奏会、というものではないけれどね。彼らの腕を確かめる為に、いくつか曲を合わせてみただけのことだし」
とはいえ昨日の今日で、ちゃんと演奏が形になるのだ。
友雅が言っていた"飲み込みが早い"とは、決してお世辞などではないと分かる。
「これから月に一度くらい、ここに出向いて指導をすることになりそうだよ」
「まあ、そうなんですか!ますますお忙しくなりそうですわねえ」
「ええ。ですがその都度、式について宮司殿とお話も出来ますし、良いのではないかと思います」
トントン拍子に、目の前で進んで行く未来予想図。
夢に描いていたものが、一気に現実に近付いたような気が。
「その時は、あかねも一緒においで。こういうことは、花嫁の意見が一番大切なのだからね」
そう、友雅が言う。
笑顔で覗き込んで、瞳にあかねの姿を映して。
夜が更けても、蝉の音は止まない森の中。
ようやく暑さも落ち着いて、涼しい夜風が漂い始めた。
「ああ、布団…用意していてくれたのだね」
宮司とこれからの事について話をしたあと、風呂で汗を流し部屋に戻って来ると、二人分の布団が用意されていた。
旅館ではないから、誰かがやってくれるわけではない。
先に部屋に戻ったあかねが、押し入れの寝具をきちんと整えたのだ。
「あの、おつかれさまでした…。昨日から、色々大変だったんでしょう?」
「まあね。でも、割と問題なく事は済んだよ」
窓際に移動した座椅子に腰掛け、薄いほうじ茶を口にする。
せっかく汗を流してきたのだが、冷えたものばかりでは身体によくない。
窓を開けて網戸にすれば、風が時折入って来る。
森の香りを含んだ夜風の匂いは、心身を浄化させるようだ。
「あかねも急なことで、戸惑っただろう。驚かせて悪かったね」
「う、うん…。ちょっといろいろとびっくりしちゃって…」
何もかもが、予定外のことばかりで。次々と読めない展開が待っていて。
「今まで興味がなかったから、知らなかったんだけれど。話を聞いたらそういう有名な神社なのだと知ってね」
あかねの父が、夏休みで自宅にいるのは知っていた。
ちょっとした旅行を兼ねて、神社の演奏会に招待してみようか。そこで、挙式の話をしてみたらどうだろう。
いや、それなら…あかねが旅行から帰って来るのを待って、一緒に来てもらうのが良いかもしれない。
「演奏会自体は無理だったけど、敢えて別の日の方が細かい話はしやすいかと思ってね。帰って来たところを、お願いして連れて来てもらったんだ」
「そんなことなら、早く言ってくれたら良かったのにー。だったらもっと早く、チェックアウトして戻って来てましたよ、私」
「友達と楽しく過ごしている時間を、短縮するなんて勿体ないだろう」
一緒に行けなかったのは悔やまれるけど、その代わりに甘いひとときではなく、思い切り友達と楽しめる時間を。
それに水をさすなんて、無粋極まりないこと。
「それに、こちらでも宮司殿に聞きたい内容があったから、これくらいの時間で丁度良かったんだよ」
笑いながら彼は言うけれど、何となく分かる。
きっとあかねの様子を伺いながら、予定を読んでいたんだろう。
「恋愛成就とか縁結びとか、いまさら私たちには必要ないかもしれない。でも、どうせなら縁起の良いところで挙式が良いだろう?」
「それはそうです…けど」
でも、こんなに有名なところで挙式が出来るなんて、今でも信じられない。
「交換条件、なんてね。神様の祀られている場所でそんな事言ったら、図々しいと咎められそうだけど」
友雅は笑いながら、そう言う。
神主たちの和楽器の指導を受け持つ代わりに、自分たちの挙式を融通してくれないだろうか。
そう持ちかけたところ、快く宮司は受け入れてくれた。
「ここは白無垢でもドレスでも、構わないらしい。それはあかねが決めると良い」
「え、ホントに?どっちでも良いんですか?」
「ああ、大丈夫。姫君のお好きなように。美しい花嫁の手を取れることだけが、私の至福だからね」
手をそっと握りしめられる。
まだ湯の温度が抜けていないのか、じんわりと暖かさが伝わって来る。
「少しずつ、時は近付いている。季節がゆっくり流れて行っても、私たちのその時は…必ずやって来るんだよ」
来年になったら、二人はひとつになる。
永遠の愛を誓う日が、間違いなく近付いている。
時に立ち止まって、不意打ちを食らってがっかりすることや、しょんぼりすることもあるけれど。
そのあとには、必ず倍返しの幸せが待ち構えていてくれる。
……でも、それをエスコートしてくれるのは、いつだって…あなた。
座椅子から立ち上がったあかねが、友雅の後ろにまわって、細い両腕でぎゅっとしがみつく。
「おやおや。抱きついてくれるのなら、前からにして欲しいねえ。背後にいては、何も出来ないだろう」
「ん…何も出来なくても、友雅さんがいてくれるから、それで良いです」
離れたくない人が、離さないでいてくれる。
ここで、見つめてくれているだけで幸せを感じる。
いつもどんなときでも、あなたはそんな人だから。
「きゃんっ…」
腕を引っ張られて、即座に体勢は逆転。
いつものように抱きすくめられて、甘い唇が重なり合う。
「唇を重ねられない姿勢は、やっぱりいただけないよ」
「んっ…こ、ここ神社ですよ…?そんなことしたら…っ、神様に怒られちゃうんじゃ…っ…」
「大丈夫。縁結びの神様なのだから、羽目を外さない程度なら歓迎してくれるさ」
抱き合って、口づけて。
それだけで心を通わせられる…ふたつの存在。
握りしめる手と手は、静かにその時を待ちながら……恋を続ける。
-----THE END-----
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