夏の結び目

 005

去年の夏に作った浴衣は、色合いや柄の割には落ち着いた仕立てだ。
今時の若い女性向けというより、レトロな雰囲気のものである。
「こんなもんでしょ。うん、なかなか綺麗よ。我が子ながら馬子にも衣装ねえ」
最後の一言は余計だ、とあかねはぼやくが、そんなことを気にする母ではない。
そういう母も、一張羅的な絞りの浴衣に着替えて、ちらちらと鏡で身だしなみを整えている。

「ねえお母さん、これどういうことなの?私、全然分かんないんだけど」
そろそろ、ちゃんとしたことを聞かせてもらわねばならない。
通された部屋は、離れにある十二畳の和室だった。
普段は宿坊として使用されているらしく、広い窓からは鮮やかな森の緑が望める。
ちなみに両親の部屋は別にあり、あかねだけがここに通された。

「失礼いたします。中に入っても宜しいですかね?」
はっとして、あかねはその声の方を振り向いた。
やたらに高潮した声で母が受け答えすると、静かに部屋の戸がするりと開いた。
「遠いところをご足労頂きまして、すみませんでした」
「いいえー!橘さんのご招待ですもの、こんな距離たいしたことありませんわよ、ほほほっ!」
…何で私だけそっちのけで、話が出来上がってるの、これ。
旅行に行っている間に、どういう会話がされたというのか。
「あかねも、帰って来てすぐに連れて来てしまって、悪かったね」
友雅の手が、頭を優しく撫でる。
こちらは浴衣に着替えているというのに、彼の格好は普段着だ。

「今夜はね、ここで演奏会があるんだ。それに招待したくてね」
「えっ?でも演奏会って、昨日終わったんじゃないですか?」
「ああ、毎年やっているのはね。でも、今夜のは特別。急遽決まったものだから」
急に決まった演奏会?
そんなに突発的に出来るものなのか?スケジュール調整だってあるだろうし、舞台のセッティングだって必要だろうに。
まあ、昨日の機材をそのまま流用すれば、それほど手間はかからないか。
それでも友雅以外の演者が、簡単に捕まえられるのか?
「夜の演奏会だし、終わったあとにちょっと色々あるからね。今夜はここでゆっくり過ごそう」
終わったあとにも何かあるのか?
どういう演奏会なんだろう。普通のものとは違う…ような。
「それでは…私は用意がありますので、簡単な挨拶で申し訳ありませんが、失礼致します」
「ええ、どうもありがとうございますー。頑張ってくださいねえ〜!」
丁寧に頭を下げると、彼は部屋を立ち去って行った。

…今夜の演奏会。
果たして、どんなことが繰り広げられるのだろうか。





あかねたちが呼ばれたのは、星が空に瞬き始めた頃だった。
通されたのは本堂。
静粛な雰囲気の広い板間の中に、いくつものロウソクが灯されている。
小さな明かりは蛍のようで、暖かな色なのに暑苦しさは感じない。
友雅は「演奏会」と言っていた。
だが、そこに集まっていたのは、宮司らしい人物と若い神主たち。
しかも彼らはと言えば、笛や琵琶などを皆抱えて正座している。
「それでは、橘さん…今宵は宜しくお願い致します」
宮司が声を掛けたそこには、友雅が琵琶を手に座っていた。
服装は昨日の演奏会で使ったものだろう。簡素化された装束を身に纏っている。

一旦宮司は彼らの近くから離れ、あかねたちと同じ場所で腰を下ろした。
そうして間もなく、友雅の静かな合図から始まったのは……あかねの耳に馴染んだ、あの曲。
……『恋の宴』だ。
友雅が独奏する音しか聞いた事がなかったが、この演奏は彼の音に沿って神主たちの琵琶と、そして笛の音が組み合わさって…何とも荘厳な雰囲気に聞こえる。

「昨年の演奏会で、橘さんの演奏を拝聴させて頂きまして。それですっかり気に入ってしまいましてね」
隣に座っていた宮司が、そっと口を開いた。
ああ、もしかしたらこの人が、友雅を参加させてくれと頼んできた張本人か。
そのおかげで旅行は白紙になったが、恨み言を言う気にはならない。
何だか、友雅の音を気に入ってくれているのが、心から伝わってくる気がして。
「我が社は、古くから音楽というものに所縁がありましてね。修行の一環として、琵琶や笛などを皆に学ばせているのですよ」
そう話す宮司も、昔は笛の腕前で少しは名が知れていたのだ、と昔話を話す。
「橘さんは、教室を開かれていると聞きまして。でしたら彼らの指導もお願いしたいとお話しましたら、快く引き受けて下さったんです」
「そうなんですか?すごい…」
本堂の隅々にまで、響き渡る琵琶と笛。
やがて外には月明かりが差して来て、深い森をわずかに明るく照らす。

「この曲は、貴女を想って書かれたそうですね」
はっとして顔を上げると、宮司は優しそうな微笑みでこちらを見た。
「いくつか曲を聴かせて頂いたが、この曲は格別ですね。他の既存の音とは全く違います」
彼はそう話すが、あかねには正直詳しいことは分からない。
ただ、彼が自分のためにと奏でてくれるこの曲は、胸の奥にじいんといつまでも共鳴し続けている。
「何と言う艶やかで…そして優しい音なのだろうと。貴女をどれほど想われているか、よく分かる曲だと思います」
「そ、そう…ですか」
赤の他人から言われると、やたら照れくさくなってしまう。
友雅から直接囁かれる甘い言葉も、まだ慣れなくてどきどきしてしまうのに。

「良い日を迎えられるよう、私たちも最善を尽くしてご協力しますよ」
「え?」
宮司はあかねに微笑みを返したあと、また友雅の方に視線を戻した。



「如何ですか、橘さん。皆の力量は」
演奏が終わると、宮司はまず友雅のところへやって来た。
「随分と、飲み込みが早い皆さんが揃っておられますね。上達も早いのではないですか?」
「それは有り難い。では、来年の演奏会は当社楽団として参加出来るよう、しっかりしごいてやってください」
「ええ。私の出来る限りで」
和やかな談笑を交わしながら、友雅は一旦琵琶をその場に置いた。
二人は立ち上がると、静かな足取りでこちらへと歩いてくる。
どこか神聖な雰囲気がして、距離が狭まると自然にあかねも両親も頭を下げた。

「そのかわり--------」
何故か急に友雅が向きを変えて、あかねの隣に腰を下ろした。
そうして深く頭を垂れたかと思うと、しっかりとした芯の強い声で宮司に告げる。
「彼女との挙式の際は、こちらでよろしくお願い致します」
「…友雅さんっ…!」
挙式!?挙式ってまさか…来年の、自分たちの結婚式のこと!?
思いがけない発言に、驚きと呆気にあかねの表情が乱れる。
「まだ日取りはお決まりになられていない、と伺いましたが。ですが、最優先で考慮致しますよ」
「感謝致します。こちらでしたら、きっと良い式になると思います」
その場に宮司も膝を折り、友雅と対になって礼を交わす。
唖然としていた背中を母に突かれて、慌ててあかねも深く礼をした。



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Megumi,Ka

suga