水の中ではしゃぐたびに、バシャバシャと飛沫が宙を跳ねる。
雲一つない青空と、汗ばむ気温。
朝食を後回しにして、ここぞとばかりにプールに飛び込んだ。
「部屋からすぐにプールに入れるって、良いねえ!」
きらりと水面が太陽できらめく中、起きたばかりの身体を水に浸す。
人目の気にならないプライベートプールで、女の子同士思いっきり水遊び。爽快な気分で、身体が目覚める。
「せっかくだから、チェックアウトぎりぎりまで泳ごうよ!」
「えー、まずは朝ご飯にしない?そろそろお腹すいてきちゃった」
夕べのディナーは、本格的なフランス料理フルコース。
モーニングはオーガニック野菜を使った、アメリカンブレックファスト。
決められた時間内に電話をすれば、できたてをルームサービスしてくれる。
クラシカルなインテリアの、ジュニアスイートルーム。
シャワーブースに、広々としたジャグジーバス。
そしてなにより…テラスから続くプライベートプール。
至れり尽くせりのサービスと雰囲気が詰まった、とびきりゴージャスなリゾートホテル。
友雅と旅行するために予約した宿だが、同行しているのは彼じゃない。
「ねえ、あかねちゃん!ジュースは何が良い?」
「あ、私はアップル!卵はベーコンエッグで、ドレッシングは和風ねー」
苦労して確保した宿なのだし、キャンセルするのは勿体ないだろうということで、友達を誘って出掛けなさい、と友雅に勧められた。
ただし、同行するのは女友達であることが条件だったので、あかねは蘭を誘うことにした。
丁度、秋になったらどこか遊びに行こう!と話したばかり。
料金は友雅持ちなので、二人にとっては棚からぼた餅。セレブなリゾートバカンスを思う存分味わって、満足な二泊三日を過ごした。
…ほんの少しだけ、物足りない気持ちもあったけれど。
電車で1時間半の避暑地から戻ると、駅前は人口密度のおかげで更に暑さが増していた。
二日間のホテルリゾートが嘘のように、熱気の波に溶かされてしまう。
「天真くんが迎えに来るんだっけ?」
「うん。お兄ちゃん、車買ったばっかなんだから、ちょっと怖いんだけどねー」
中古ではあるが、天真はようやく自分の車を手に入れた。
愛車のバイクもまだまだ現役だが、やはり今後自分が関わる仕事もあるし、ここらで車の運転にも慣れようと思い奮発したらしい。
「迎えに来るまで、どっかでお茶しよ」
そう決めて、二人は駅ビルに向かおうとした。
「あ、ちょっと待って…」
ポケットの携帯が震え出して、あかねは一旦足を止める。
携帯を開けてみると、着信は母から。
「もしもし?」
『ああ、あかね?今どこ?もうそろそろ、駅に着いてるでしょ?』
「うん…今着いたとこ。これから天真くんが迎えに来るから、それまでちょっと時間潰そうと……」
『ちょっと待ってて!お父さんと一緒に迎えに行くから!』
…は?父と一緒に迎えに来る?
確かに一昨日から父は夏休みを取っていて、のんびり自宅待機中である。
お土産とか荷物もあるし、迎えに来てくれるのは有り難いけれど、わざわざ母まで一緒に迎えに来なくても良いのでは(友雅が一緒じゃないんだし)。
『待ってなさいよ!蘭ちゃんにも、そう伝えてね!』
「え?ちょっとお母さんっ!?」
一方的に用件だけ伝えて、それっきり途絶えた母からの電話。
呆気にとられているあかねのところへ、蘭が首をかしげながら近付いてくる。
「どーしたの?おばさんから電話?」
「うん…何か、迎えに来てくれるらしいんだけどー…」
どうにもこうにも、さっぱり訳の分からない急な電話だったが、迎えに来るというのなら仕方ない。
カフェに移動したあかねたちは、お茶を飲みながらそれぞれの迎えを待った。
再び電話が鳴ったのは、10分ほど過ぎた頃だろうか。
意外に早い到着だったので、飲みかけのアイスオーレを手にしたまま店を出た。
指定された南口のロータリーへ向かうと、母が大手振りであかねを呼んでいる。
「どーしたの?二人揃って迎えに来るなんて」
「いいからいいから!早く乗りなさいよっ!」
あかねの荷物を土産ごと車に突っ込み、彼女まで後部座席へとぐいぐい押し込む。
そうして自分もさっさと助手席に戻ると、すぐに車は走り出した。
「ねえ、そんな急がなくても良いでしょー?何なのよぉー」
娘の声が聞こえているのかいないのか、両親は何か話しながらカーナビのモニタを見ている。
だが、しばらくしてあかねは車窓の景色に違和感を覚えた。
…あれ?家に戻るのって、普通は向こうの交差点に行くのに…反対側?
「ちょっと、お母さん?どこに行くの?」
「ふふふ、いいところよ♪アンタは疲れてるだろうから、少し寝てたら」
勝手なことを言うけれど、どこに連れて行かれるか分からないというのに、のんびり眠ってなんかいられるか。
いや、まずそんなんじゃ寝られないし。
「あかね、向こうで居眠りなんてしたら失礼だぞ。少しは寝ておけ」
「はあ?」
だから、居眠りしちゃいけない場所って、一体どこだというんだ…。
全く先が見えないまま、更に車は見覚えのない方向へと進んで行く。
インターを抜け、高速を吹っ飛ばしてやって来たところは、緑深い山里付近。
この辺りに近付いて、やっとあかねは土地勘が働いた。
…ここ、演奏会をやるって言ってた神社だ…!
地元でも由緒正しい有名な神社で、あかねも小学校の頃に遠足で来た事がある。
そう、ここで毎年行われる夏の演奏会に、友雅は参加していた。
今年は予定がなかったのに、突然参加要請が来て…二人の旅行はお流れになった。
もしかしてお父さんたち、演奏会におよばれしてもらったのかな?
いや、そんなはずはない。
演奏会は昨日終わったはずだし。だから、一緒に旅行が無理だったのだ。
だとしたら、何故わざわざここに来たんだろう?
「こんにちは。元宮さんでいらっしゃいますね」
車を下りると、すぐに若い神主がこちらにやって来た。
年はまだ20代半ばくらいだろう。穏やかな顔立ちをした眼鏡の青年である。
「橘さんからお伺いしております。殺風景なところではありますが、お部屋にご案内させて頂きますので」
お部屋にご案内って、ホテルのドアマンのような言い方。
すると、それに習ったように両親が車の後ろに回り、トランクケースをぱかっと開けた。
「え、ちょっとそれ…何なの!?」
父が取り出した、出張の時に使う小型の旅行バッグ。
母が取り出したのは、先日ご近所さんと出掛けた時に買った、新しめの旅行バッグと着物用のバッグ。
しかも、あかねの浴衣が入ったバッグまで持って来ている。
「さ、早く行きましょ!急いで着付けしなきゃ!」
「着付けって、どういうことなの〜!?」
持って帰って来たばかりのあかねのバッグも、父が抱えてすたすた歩いて行く。
森に包まれた、静かな境内の中。
日差しは少しずつ、午後らしい傾きを始めていた。