Happy Happy New Year

 002

小さめではあるが、ちゃんと数段重ねになっている黒い重箱。
蓋を静かに開けてみると、伊達巻やらきんとんやら、色鮮やかなものがぱっと目に入ってきた。
「そういえば、この間郵便受けに正月料理のチラシが入っていたけれど、全然見劣りしないね」
「そんなこと言ったら、うちの母が飛び上がって喜んじゃいますよ」
ええ、もうそれは冗談ではなく本気で。
彼に賛美などもらったら、あの母のことだからその場で舞い踊るくらいやりかねない…多分。
「でもね、黒豆はホントに上手く出来たんです!ちょっと自慢したいくらい」
買って済ませられるおせち料理だけど、ひとつくらいはきちんと作れるようにならなければ。
古典芸能の世界は、古いしきたりをきちんと守るものだから、伝統的なこともそれなりにこなせるように。
プレッシャーとしか思えない茶々を、横から挟む母とともに作った一品。
来年はもっと他のものも、上手く作れるようになりたいと思ってはいる。

「あとでちゃんと、全部盛り付けてごちそうしますね」
取り敢えず茶請けのつもりで、小鉢に少し黒豆を取り分ける。
「この下の重にも、料理が入っているんだろう?」
「そうですよ、ちょっとだけ見せちゃいますね」
ひとつずつ重をバラしていくと、海老やら煮物やらかまぼこやら…。小さい重箱には、ぎっしり詰まった料理の数々。
「あれ?」
「どうした?何かおかしなところでもあるのかい?」
疑問系の声がして、友雅はあかねの顔を覗き込んだ。
別におかしいというわけじゃないのだけれど…不思議なことに気がついた。
中身はすべて品が揃っている。
例年、家で作るおせちよりも、今回は完璧なほどに詰め方も品揃えも、手抜きがないほど豪華だ。
しかし…ひとつだけ妙なのだ。
何故か数の子と里芋の煮物だけが、他のものよりもやたら量が多い。
「なんでこの二品だけ、お母さんめいっぱい詰めたんだろ…」
錦玉子やなますなど、それぞれ均等に量が揃えてあるというのに、これだけは重箱の半分位を占めているのだ。
数の子なんて、早々たくさん食べるものでもなかろうに。
友雅は酒を嗜むから、つまみにでもしろということだろうか。
「まあ、私は構わないよ。母上殿のご好意だろうし、さぞかし美味しいものなのだろうしね」
「…はあ、まあ別に構わないんですけどね」
とは言っても、どうにも解せない。
明日、電話で母に真相でも尋ねてみようか…。

「おや、こんなものが重箱の隅に、一緒に入っていたよ」
風呂敷に隠れて見つけられなかったものを、友雅が取り上げてあかけに手渡した。
それは、紺色と赤の模様が入った、漆塗りの夫婦箸。
「仲良く一緒に使うように、という母上殿のお気持ちだね」
まったくこういうことに関しては、手回しが良いというか何と言うか。
「ホントにもう、気が早いんだから…」
「それだけ期待されていると思うと、私も気を引き締めねばならないな」
いいえ、もう彼はそのままで十分。
そこにいてくれるだけで、両親は終始上機嫌なはずだ。
「それに、あかねに満足してもらえるような夫になれるよう、頑張らなきゃいけないし…ね」
「満足って…そんな。別に今でも不満なんて…ないですよ?」
と少しうつむこうと首を倒した瞬間に、くいっと友雅の指先が顎を持ち上げた。
「いいや、まだまだ。これまで以上に満足させてあげるから、心構えだけはしておきなさい」
呼吸を塞がれる一歩手前。
艶やかな微笑みが近付くのを感じて、すぐに視界と唇が覆われた。

背中から、腰へと移動する彼の手。
テーブルから離れて、彼の背中に回す手。
寄せ合う身体が、唇と同じようにぴたりとくっついて離れなくなる。
外はあんなに寒かったのに、こうして抱き合っていると、とても暖かい。
離れがたいぬくもり…この温度に、ずっと包まれて生きて行くのだ。
残すところ、あと一年と少し。
その間も、それからもずっとこうして…。
そうして結ばれて、二人で新しい家庭を---------------。

「…ん、どうしたの?」
急に唇を離したあかねを、不思議そうに友雅は見た。
そんな彼女はといえば、何かに気付いたようにはっとして…すぐに頬を赤らめた。
「な、何でも無いです!」
「そう…とは思えないけどねえ。このほんのり染まった頬の紅、無意味にしては艶かしすぎるよ?」
すうっとなぞるように、頬をくすぐる友雅の指先。
過剰なまでに反応してしまい、あかねは肩をびくっと震わせた。
「さあ、言ってごらん?」
「何でもないっ!何でもないんですっ、本当にっ!」
とても言えない…。
今、やっと気付いたおせち料理の中身。そして、その理由。
果たして彼がそれを知っているかどうかは…分からないけれど、とても自分から言うなんて。

…お母さんのバカーッ!
ただひたすらに心の中で、母の仕掛けた差し金に文句を言うのが、精一杯だった。




熱い緑茶と、あかねが腕を振るった黒豆を一粒ずつつまみながら、日の出までの長い夜を過ごす。
延々と流れていたクラシックの番組も、そろそろ終わりが見えてきた。
ふと隣に視線を向けると、あかねは時折うつらうつらしつつ、テレビからの音に反応して、はた!と意識を持ち直している。
「あかね、いいから少し眠っておいで。ちゃんと起こしてあげるから」
「え、だってそれじゃ友雅さん…全然寝られないじゃないですか」
「私は大丈夫。あかねの寝顔を見ていれば、眠気どころか気が高ぶってきて、全然眠くならないだろうからね」
年明けて間もないのに、容赦のない艶っぽい言葉の応酬。
今年も彼は相変わらず…か、更に色めきに拍車がかかりそうな気がするけれど、果たしてそれにこちらが対応しきれるかどうか。

「さ、こっちにおいで」
広げられた腕に、ゆっくりあかねは倒れ込む。
数回、音を立てて唇が触れたあと、瞼を下ろすと抱きしめるように閉じられた腕。
自分以外、誰も受け入れてくれない彼の胸の中。
そう、まるでここはプライベートルームみたいなもの。
心地良くて安心する空間。
そして時折…甘いひとときも味わわせてくれる場所。


『それでは、おせち料理についての基礎知識を、改めておさらいしてみましょう』
あかねが小さな寝息を立て始めた頃、テレビではクラシックコンサートが終わり、正月番組に変わっていた。
何気無しに友雅は、その番組に耳を傾けていると、正月料理についての説明をアナウンサーが語り始めた。

黒豆は"まめに働けるように"という意味で元気でいられるように。
昆布巻は"よろこぶ"という言葉にあやかって。
紅白なますは、お祝いの水引に似せて。
きんとんは"金団"と呼んで裕福になるように。
「なるほどねえ…。上手く作ったものだな」
ひとつひとつの料理に、縁起の良い意味が込められているとは。言葉遊びとしても面白いし、新年から口にするにも良い気分だ。
古い伝来だと言うが、友雅は聞いたことも無いものだった。
この新しい世界は、斬新でありつつ古が今も息づいていたりと、退屈させない。

『そして、里芋と数の子についてですが--------』
アナウンサーが説明を続ける。
それを耳にした友雅は、さっきのあかねの表情を思い出した。
ほんのり染まった紅色の頬。彼女の母が、何故だか極端に多い量を詰めていた、里芋の煮物と数の子の醤油漬け。
どうして、それだけが他よりも多かったのか。
それらにそっと添えられた、自分とあかね用の対の夫婦箸。
…彼は徐に、胸の中で寝息を立てる彼女を見下ろす。

いやいや、どうしたものだろうね…。
かなりの期待を掛けられているようだけれど、さあどうするべきか?
その気は十分あるのだけれど、日の出までの時間と同じくらいに、二人の時間はまだまだ余裕がありすぎる。

彼女の両親(主に母親)には申し訳ないけれど、あかねの意思も、ちゃんと尊重してあげなきゃね。
もう少しだけ…我慢、出来るだろうか?

"早まらないように。"

どうやらこれが、今年の抱負になりそうだな…と、友雅は苦笑いしつつ、彼女の寝顔を眺めた。




-----THE END-----




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2011.01.09

Megumi,Ka

suga