Early Autumn Happiness

 003

「アンタはまあ良いとしても、橘さんの血を引いたら…きっと可愛い子が出来るわよねえ…」

-----------!?
ぽつりとこぼした母の言葉に、あかねは湯の中に滑り落ちそうになった。
な、な、何だって!?可愛い子…って!
友雅の血を引いたらって…、それはつまり…!
「素敵な息子が出来たあとは、孫の顔も気になるわよねえ〜」
「ちょっと、お母さん!?」
もしもし?まだ結婚式もやっていないし、入籍もしていないし、短大も卒業していないんですけど?
息子と言ったって、正式に手続きしたわけでもないんですが?
なのに今度は孫の話を始めるんですか!
いくらなんでも、あまりに気が早すぎませんか!!
と、大声で叫びたい衝動に駆られているあかねの肩を、母ががしっと掴んで真剣な面持ちで言った。

「あのね、もしも在学中に孫が出来ても、お母さんたちが面倒見てあげるから、全然心配いらないわよ!?」
「-------はあああ!?」
それは、真剣な顔で言うことか!?
「順番なんて、今の時代どうだって良いんだからね!出来たら出来たって、はっきり言うのよ!」
「………」
「分かった!?っていうか、橘さんに愛想尽かされないよう、アンタもいろいろ頑張るのよ!?」
ぱちん!と勢い良く母が背中を叩く。
思い切り後押ししたつもりだったのだろうが、はっきりいって……痛い。
じゃなくて!
うちの母はどうしてこうも、突拍子もないことを言い出すのか。

「一応ねえ、橘さんに喜んでもらえるようなこと、勉強するのよ?」
「あのさあ…お母さん、何の話をしてるわけ?」
「いろいろとまあ、そういう情報は照れくさいものだけどもね!夫婦生活も重要だから、気を抜いちゃだめよ!」
どこの世界に、まだ学生である娘の性生活を、応援する母がいるだろうか。
さっさと、出来ちゃった婚をしろというのか。
確かに、友雅の家に泊まるようになった時も、全く反対されたりしなかったし、"責任取ってくれれば別に…"と言い切ったくらい。
最初からそういうことも、フリーダムな親だったと言えば…まあそうだ。
今になってこんな話をされても、驚くことではないか。
って、そんな悠長に構えて"はい、わかりました。じゃあ子作りを頑張ります!"とか言えるわけもない。

「ちゃんとバストもマッサージするのよ!アンタはちょっと大きめだから、垂れて形が崩れないようにね!橘さんに幻滅されないように!」
母親だからと言って、遠慮もなく胸をぱんぱん触っては、そんなこと言うし。
はあ…まったく、うちのお母さんって…。
そろそろ風呂から上がろう。
このまま頭の中が混乱してきて、タコのように茹だってしまいそうだ。


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山菜、川魚、高原野菜に地鶏や和牛。
献立はトータルして和風に仕立ててあるが、食材は山海の上質なものが丁寧に調理されている。
懐石料理のように綺麗に盛り付けられたものは、女性たちの目と舌を楽しませ、豪快なすき焼きや刺身の盛り合わせなどは、酒を楽しむ男性たちにはもってこいだ。
「うん、この酒は美味いですな!」
「良かったです、お義父さんの好みに合ったようで…」
満足そうな顔で杯を傾ける父に、友雅はもう一杯酒を注いだ。
「あなた、あまり飲み過ぎちゃ駄目よ!」
「ええ、お身体に障らない程度に…ですよね」
母の方を見て、目配せをするように友雅は微笑む。
それを受け止めた母の方は、やたらとにやにや表情を崩している。

何か、まあ…みんな幸せそうだから良いかな…。そんな気もしてくる。
彼に酒を付き合ってもらって、父はかなり機嫌が良いし。
母は…彼がいればいつも機嫌良いし(笑)。
そして自分はといえば----------------------もちろん、幸せ。
隣に座っている彼は両親に気を使いながらも、自分を置き去りにはしない。
「あかね、寒天寄せとそっちの小鉢を交換してあげるよ。好物だろう?」
「あ…はい、ありがとうございます…」
「すいませんねえー、いつもお世話になっちゃって」
ニコニコしている母の顔は、もう湯から上がってしばらく経っているのに、まだまだ血行が良さそう。
こっちは、さっき風呂で母が言った言葉が頭に残っていて、困っているのに。


「明日はどうしますか?どこか気になるような場所がありましたか?」
部屋には町のガイドマップが置かれていて、名所や食事処、イベントなどが掲載されていた。
さほど大きな町ではないので、観光情報もそれくらいでほぼ賄える。
「そうねえ〜、まだよく見ていないのだけど…」
「構いませんよ、ゆっくりご覧になってみて下さい。少し距離があるところでも、車を出しますので」
明日のために、酒は控えめにしておこう。
それに、飲み過ぎると今夜のキスに差し支えがあると困るので……。
………と、これは秘密。




食事が終わり、テラスラウンジに出て酔いが醒めるまでの間、他愛もない話題を楽しんでいると、もう時計は午後10時近く。
もうそろそろ部屋に戻って、ゆっくりくつろぐ方が良いだろう。
「それではまた明日…」
「ええ!今夜はどうもありがとうございましたー。二人とも、ゆっくりね〜」
廊下の角で二手に分かれ、それぞれの部屋に向かう。
あかねたちは右手に、両親たちは左手に…逆の方角へ。

「ねえお父さん、ホントに橘さんて素敵よねえ〜…」
「あ?ああ、そうだな。ホントに良い人だ、うん」
いそいそと廊下を歩きながら、二人は満面の笑みを浮かべて会話を交わす。
「息子になってくれるのよねえ〜」
「本当になあ。うん、嬉しいもんだなあー」
娘たちが正式に結婚し、夫婦となるのはもうしばらく後だが、その約束は確実だ。
彼くらいの男なら、引く手数多だと思う。
それなのにいつだって彼は、あかねから目を離したりしない。
さっきの食事の席でも、自分たちと会話をしつつもあかねの行動には気を向けて、逆に先を読んで行動してくれるほどだ。

「ちょっとあの子が、羨ましいわあ」
「おまえなあ、そういうこと言ってると、またあかねに怒られるぞ」
父は笑いながら母を窘める。
あかねがいつも、ブツブツ愚痴っているのだ。
"お母さんは友雅さん相手に、ちょっとはしゃぎすぎ!"と。
でも、はしゃぎたい気持ちも理解は出来る、と父も思っていた。
口には出さないけれど、正式に彼が義理の息子となったあかつきには、同僚たちを家に招いて自慢してやりたい、なんて思っているのである。



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Megumi,Ka

suga