Summer Precious

 004

華やかな商店街などはないが、車で移動していると、センスの良さそうな店が点々と存在している。
絵本に出てきそうな、可愛い洋館のレストランやカフェ。
それだけではなく、夏山の景色を眺めながら、地酒や特産料理を楽しめる、やや渋めの店などもある。
友雅の提案で、昼食はそこで摂ることになった。

「ご両親には、こういう店が良いかな。」
少し早い時間だったので、一番景色の良い奥座敷に通してもらった。
大きな窓が一面に広がる。清々しいパノラマが隅々まで見える。
「夜のコースもいろいろあるね。お酒も割と種類が多いから、これならお義父さんも喜びそうだ。」
テーブルの上にあるメニューを開き、友雅はそう言った。
「この辺りは紅葉が早いので、秋になると素晴らしい眺めになるんですよ」
お茶と手拭きを持ってきた店員が、二人に簡単な説明をして去っていった。

「その時は、ちゃんと良い旅館を予約しようね。」
「でも、本当に良いんですか?うちの両親に、そんなことしてもらっちゃって…」
誰もが知っている人気の避暑地ではなく、こんな場所にやって来たのには意味があった。
秋にでも、あかねの両親も含めて旅行に行こう、という話をしていたからだ。
今となっては、友雅にとって彼女の両親は、(ほぼ)自分の両親でもある。
心から自分たちを祝福し、他人である自分を快く迎え入れてくれた。
感謝しきれないほど、感謝している。
そんな彼らにものんびりしてもらいたい、ということで、家族旅行を企てたのは友雅だった。
本当ならば今回も、あかねの両親を交えて…と最初は思っていた。

けれど、あかねは唇を尖らせて言う。
"友雅さんと二人っきりの方が良い"と。
そう言われたら……反論出来るわけもなく。
では家族旅行は日を改めて。
その前に、二人きりで旅行しよう、ということになった。
だから、ここを選んだのは下調べの意味もある。
秋に来るときは、彼女の両親も一緒に。
彼らに気に入ってもらえるような店や、宿などを観光がてら探して歩いている。

「店の受付にガイドがあったよ。これを見ると、旅館はもうちょっと山の近くにいくつかあるみたいだね。」
観光地とは言い難いここの辺りも、それなりに宿がある。
川沿いの景色や山の景色、山菜や川魚料理に酒など…。味わい深いものは、それなりに揃っている。
おまけにこの辺りは温泉郷が近く、宿に露天や温泉が付属しているところも多い。
「お義父さんは温泉が好きだと聞いているし、温泉があって料理が美味しいところなら、お義母さんも喜ばれるかな?」
「っていうかー、友雅さんが用意してくれるなら、うちの母はもう、何でも喜びますよ…」
その姿を想像すると、きゃあきゃあ目がハートになっている姿が、いとも簡単に思い浮かぶ。

また秋になったら、ここを訪れる。
今度は両親と一緒なのだけれど…今から考えただけで頭が痛い。
彼が自分の両親を敬ってくれるのは、本当に嬉しいことなのだが。
敬ってくれればくれるほど、有頂天になって大喜びする父と母を見る娘としては、呆れるというか何というか。
「でも、今回は二人きりだからね」
まるでこっちの考えを読んだように、友雅が声を添えた。
「私はそうは思わないけど、あかねにとってのお邪魔なものはないからね。ずーっと、二人だよ。」
あかねが望んだとおりに、ずっと二人きりだよ、と彼はもう一度繰り返す。
そうして、彼女の手のひらを握る。
絡みあう互いの指先には、約束の指輪がキラリと。

「あ、あ、友雅さんっ、あれっ!」
必要以上に意識してしまいそうで、慌てながらあかねは、店の奥に張ってあるポスターを指差した。
実は部屋に通された時から、ずっと気になっていたのだ。
「"観月の夕べ"…?へえ、そういうのがあるんだね」
期日は来週の土日。山に月が浮かぶ景色を見ながら、琴や笛や琵琶などの演奏を楽しむ、というイベントらしい。
「一週ずらしたら良かったかなあ。そうしたら、友雅さんも見られましたよね。」
「別に良いよ。そういうのは、毎日十分に触れているものだからね。」
好きとまでは言わないが、嫌いじゃないからこんな仕事をしている。
それなりに認められてきたので、生活するにもどんどん楽になっては来ているから、今の自分には必要不可欠な技巧だ。
でも、たまにはそういう日常のものから離れて、のんびりしたい時もある。
こんな風に、二人で旅をする時も。

「そういえば、友達が言ってましたよ。忙しいのにすいませんでした、って。」
「ああ、こないだの稽古のお願いのことかい?こちらこそ悪かったね。」
忙しくて時間が取れないのは、本当のことだ。
あのポスターに書いてあるように、夏から秋はイベントが多く入っている。
普段通りの教室の稽古に加え、それらに携わる打ち合わせなどもあるので、多忙を極める。
だけど、それでも取り消せないのは、二人だけで出掛ける旅のこと。
スケジュールの調整をして、出来る限り予定をまとめて。
多忙な中での、二人きりで楽しむ時間。
これだけは譲れない。

「またいつか、機会があったらね。」
「うん、その時はお願いします。」
"おまたせしました"と、店員が料理を運んできた。
前菜から始まって、ひんやりした寒天のデザートまでのコースは、値段の割には洒落ていて、あかねくらいの年齢でも十分満足出来るものだった。


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帰りにマーケットへ立ち寄ったおかげで、車のトランクは荷物がぎっしりだ。
野菜、肉、魚に乳製品、そしてパンや米など。
その他に飲み物は、あかねはジュースや烏龍茶だが、友雅用に数本の酒の瓶も入っているので、かなりの量の買い物となった。
おかげで、朝は空っぽだった冷蔵庫はぎっしり。
貯蔵庫にもたっぷりと、買い置きの食材が納められた。
「二泊三日なのに、ちょっと買いすぎたかも〜」
苦笑しながら、あかねはキッチンに立つ。
マンションとは比べものにならないほど、広々としたダイニングにテーブルセットが置かれて。
二人で過ごすのは珍しくないが、やはり非日常なのだなと辺りを見て思う。

「今夜はお昼が和食だったから、洋風にしますねー」
スープは冷たいヴィシソワーズ。メインはチキンのフリカッセに、帆立のワイン蒸しを添えて。
大学で覚えたメニューだから、是非挑戦してみたい!とあかねはやる気満々だ。
「美味しそうだね。レストランのシェフも顔負けだね。」
「プロと比較しないでくださいよー。単に家庭料理のレベルなんですからー。」
下ごしらえをするあかねを、後ろから友雅は覗き込んだ。

そうは言うけれど、なかなかどうして。
彼女の手際はお世辞なしでも、十分立派なものだ。
包丁の使い方も慣れたものだし、肉や魚の扱いも迷いがない。
おそらく、母親から色々と教え込まれてきたのだろう。
母の手伝いを頻繁にやりながら、自然にそれらを覚えていって、磨かれて。
…本当は、花嫁修業なんて必要ないんだよね。
私には今のままのあかねでも、十分花嫁のレベルに到達しているんだから。

「あ、先にお風呂入ってください。出てくるまでに、用意してますんで。」
「ああ、じゃあそうしようかな。湯上がりを楽しみにしているよ。」
友雅は缶ビールは半分だけ飲んで、残りを冷蔵庫にしまってから廊下に向かった。



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Megumi,Ka

suga