華やかな商店街などはないが、車で移動していると、センスの良さそうな店が点々と存在している。
絵本に出てきそうな、可愛い洋館のレストランやカフェ。
それだけではなく、夏山の景色を眺めながら、地酒や特産料理を楽しめる、やや渋めの店などもある。
友雅の提案で、昼食はそこで摂ることになった。
「ご両親には、こういう店が良いかな。」
少し早い時間だったので、一番景色の良い奥座敷に通してもらった。
大きな窓が一面に広がる。清々しいパノラマが隅々まで見える。
「夜のコースもいろいろあるね。お酒も割と種類が多いから、これならお義父さんも喜びそうだ。」
テーブルの上にあるメニューを開き、友雅はそう言った。
「この辺りは紅葉が早いので、秋になると素晴らしい眺めになるんですよ」
お茶と手拭きを持ってきた店員が、二人に簡単な説明をして去っていった。
「その時は、ちゃんと良い旅館を予約しようね。」
「でも、本当に良いんですか?うちの両親に、そんなことしてもらっちゃって…」
誰もが知っている人気の避暑地ではなく、こんな場所にやって来たのには意味があった。
秋にでも、あかねの両親も含めて旅行に行こう、という話をしていたからだ。
今となっては、友雅にとって彼女の両親は、(ほぼ)自分の両親でもある。
心から自分たちを祝福し、他人である自分を快く迎え入れてくれた。
感謝しきれないほど、感謝している。
そんな彼らにものんびりしてもらいたい、ということで、家族旅行を企てたのは友雅だった。
本当ならば今回も、あかねの両親を交えて…と最初は思っていた。
けれど、あかねは唇を尖らせて言う。
"友雅さんと二人っきりの方が良い"と。
そう言われたら……反論出来るわけもなく。
では家族旅行は日を改めて。
その前に、二人きりで旅行しよう、ということになった。
だから、ここを選んだのは下調べの意味もある。
秋に来るときは、彼女の両親も一緒に。
彼らに気に入ってもらえるような店や、宿などを観光がてら探して歩いている。
「店の受付にガイドがあったよ。これを見ると、旅館はもうちょっと山の近くにいくつかあるみたいだね。」
観光地とは言い難いここの辺りも、それなりに宿がある。
川沿いの景色や山の景色、山菜や川魚料理に酒など…。味わい深いものは、それなりに揃っている。
おまけにこの辺りは温泉郷が近く、宿に露天や温泉が付属しているところも多い。
「お義父さんは温泉が好きだと聞いているし、温泉があって料理が美味しいところなら、お義母さんも喜ばれるかな?」
「っていうかー、友雅さんが用意してくれるなら、うちの母はもう、何でも喜びますよ…」
その姿を想像すると、きゃあきゃあ目がハートになっている姿が、いとも簡単に思い浮かぶ。
また秋になったら、ここを訪れる。
今度は両親と一緒なのだけれど…今から考えただけで頭が痛い。
彼が自分の両親を敬ってくれるのは、本当に嬉しいことなのだが。
敬ってくれればくれるほど、有頂天になって大喜びする父と母を見る娘としては、呆れるというか何というか。
「でも、今回は二人きりだからね」
まるでこっちの考えを読んだように、友雅が声を添えた。
「私はそうは思わないけど、あかねにとってのお邪魔なものはないからね。ずーっと、二人だよ。」
あかねが望んだとおりに、ずっと二人きりだよ、と彼はもう一度繰り返す。
そうして、彼女の手のひらを握る。
絡みあう互いの指先には、約束の指輪がキラリと。
「あ、あ、友雅さんっ、あれっ!」
必要以上に意識してしまいそうで、慌てながらあかねは、店の奥に張ってあるポスターを指差した。
実は部屋に通された時から、ずっと気になっていたのだ。
「"観月の夕べ"…?へえ、そういうのがあるんだね」
期日は来週の土日。山に月が浮かぶ景色を見ながら、琴や笛や琵琶などの演奏を楽しむ、というイベントらしい。
「一週ずらしたら良かったかなあ。そうしたら、友雅さんも見られましたよね。」
「別に良いよ。そういうのは、毎日十分に触れているものだからね。」
好きとまでは言わないが、嫌いじゃないからこんな仕事をしている。
それなりに認められてきたので、生活するにもどんどん楽になっては来ているから、今の自分には必要不可欠な技巧だ。
でも、たまにはそういう日常のものから離れて、のんびりしたい時もある。
こんな風に、二人で旅をする時も。
「そういえば、友達が言ってましたよ。忙しいのにすいませんでした、って。」
「ああ、こないだの稽古のお願いのことかい?こちらこそ悪かったね。」
忙しくて時間が取れないのは、本当のことだ。
あのポスターに書いてあるように、夏から秋はイベントが多く入っている。
普段通りの教室の稽古に加え、それらに携わる打ち合わせなどもあるので、多忙を極める。
だけど、それでも取り消せないのは、二人だけで出掛ける旅のこと。
スケジュールの調整をして、出来る限り予定をまとめて。
多忙な中での、二人きりで楽しむ時間。
これだけは譲れない。
「またいつか、機会があったらね。」
「うん、その時はお願いします。」
"おまたせしました"と、店員が料理を運んできた。
前菜から始まって、ひんやりした寒天のデザートまでのコースは、値段の割には洒落ていて、あかねくらいの年齢でも十分満足出来るものだった。
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帰りにマーケットへ立ち寄ったおかげで、車のトランクは荷物がぎっしりだ。
野菜、肉、魚に乳製品、そしてパンや米など。
その他に飲み物は、あかねはジュースや烏龍茶だが、友雅用に数本の酒の瓶も入っているので、かなりの量の買い物となった。
おかげで、朝は空っぽだった冷蔵庫はぎっしり。
貯蔵庫にもたっぷりと、買い置きの食材が納められた。
「二泊三日なのに、ちょっと買いすぎたかも〜」
苦笑しながら、あかねはキッチンに立つ。
マンションとは比べものにならないほど、広々としたダイニングにテーブルセットが置かれて。
二人で過ごすのは珍しくないが、やはり非日常なのだなと辺りを見て思う。
「今夜はお昼が和食だったから、洋風にしますねー」
スープは冷たいヴィシソワーズ。メインはチキンのフリカッセに、帆立のワイン蒸しを添えて。
大学で覚えたメニューだから、是非挑戦してみたい!とあかねはやる気満々だ。
「美味しそうだね。レストランのシェフも顔負けだね。」
「プロと比較しないでくださいよー。単に家庭料理のレベルなんですからー。」
下ごしらえをするあかねを、後ろから友雅は覗き込んだ。
そうは言うけれど、なかなかどうして。
彼女の手際はお世辞なしでも、十分立派なものだ。
包丁の使い方も慣れたものだし、肉や魚の扱いも迷いがない。
おそらく、母親から色々と教え込まれてきたのだろう。
母の手伝いを頻繁にやりながら、自然にそれらを覚えていって、磨かれて。
…本当は、花嫁修業なんて必要ないんだよね。
私には今のままのあかねでも、十分花嫁のレベルに到達しているんだから。
「あ、先にお風呂入ってください。出てくるまでに、用意してますんで。」
「ああ、じゃあそうしようかな。湯上がりを楽しみにしているよ。」
友雅は缶ビールは半分だけ飲んで、残りを冷蔵庫にしまってから廊下に向かった。