---------チン。
「あ、パン焼けたー」
トースターが音を立てて、焼き上がりの合図を送ってきた。
こんがりときつね色に焦げ目が付いた、厚めのイギリスパンを取り出すのは友雅の役目。
「バター、先に塗っておこうか?」
「はい、お願いしますー」
「シナモンシュガーとジャムと、どっちが良い?」
「うーん…じゃ、今日はシナモン!」
熱々にトーストされたパンに、溶け込んだバター。
その上に、甘いトッピングをするのがあかねのスタイル。
ほのかな塩気と甘さが混じって、絶妙な味なのだと言う。
そんな彼女はこちらに背中を向け、サラダ用の野菜を刻んでいる。
平日にしては、かなり少し遅めの朝食。
トーストに目玉焼きとサラダの、簡単なあり合わせのメニューだけれど、一緒に摂ることが最高の調味料。
「今日はおおめに見てあげるけど、明日はサボってはダメだよ」
「あ、当たり前ですよ!普通はサボったりしません!」
ミニトマトをかじりながら、あかねはきっぱりと答える。
そう、彼女が言うとおり、学校をサボるなんてあり得ない。
かえってこっちが引き止めにくいほどに、いつも本当に真面目な短大生なのだ。
でも、そんな彼女をサボらせてしまったのは、私の責任でもあるかな。
昨日のことを気に掛けて、訪ねてきたのが原因でもあるのだから。
あまりにも、神経質になっていたのかもしれない。
彼女との距離を自分だけで測って、その距離感の差さえ気付かずにいた。
距離なんて、もう私たちには関係ないんだよね。
そんなものより大きな壁を超えて、こうして今一緒にいるのだから。
これからずっと、同じ方向へ歩いていく。
すぐ隣で、手を繋いで、一緒に前に進んでゆく。
未来は二人とも、同じ場所へ続いている。
「ねえ、あかね。私もあかねのことを、近いうちに紹介したいんだけれど。」
トーストをかじろうと、大きくあーんと口を開けたとたん、友雅が突然そんな事を言い出した。
びっくりしているあかねの前に、彼は左の手のひらを広げて見せる。
「最近この指輪をしているからか、よくみんなから聞かれるんだよ。"結婚したんですか?"って。」
銀色に輝く細い指輪が、薬指に輝く。きらきらと朝日を反射して…。
「約束はしてるって答えてるんだけど、そうなると今度は"相手はどんな人なんですか?"という質問をされてね。」
生徒は女性ばかりだし、スタッフにも若い女性が多いからか、そういう噂には興味津々で。
時折、同じように教鞭を取る同僚たちからも、同じようなことを聞かれる。
だから近いうちに…と常々思ってはいたのだ。
「で、でも…それこそ今度は友雅さんが、笑われ者になっちゃいますよ!?」
「どうして?」
どうしてって……そりゃあ……。
琵琶はおろか、古典芸能なんて全然かじってないし、知識もないし。
和服だってまだまだ馴染まないし、落ち着きもないし、大人っぽくないし。
友雅の隣に立ったら、絶対にかすむ。
いや、引き立て役には丁度良いかも知れないけれど…。
すると、友雅の手がすっと伸びて、あかねの左手を包むように掴んだ。
「もうみんなには、どんな相手かは話してあるんだ。だから、ちゃんと紹介しなきゃならないんだよ。」
「ええっ?な、何て言ってるんですか!?」
「この世で一番可愛くて、この世で一番綺麗な人だよ、って答えてる。」
-------何でそんな、冗談みたいなことを!!
"可愛い"というのはお世辞としてスルーしてくれるかもしれないが、"綺麗"だけはフォロー出来ないじゃないか。
そんな言葉、自分に一番縁遠いものだと思っていたのに。
けれど、そんなあかねの戸惑いを知りつつ、友雅は自分の発言を取り下げたりはしない。
「私には、そう見えるんだよ」
そう言って、左手同士をテーブルの上で絡める。
仕草や言葉の選び方や、そして笑顔。瞳の美しさと聡明さ。
そんなあかねのきらきらした心は、どんなものよりも綺麗で、どんなものだってイミテーションに見えてしまうほど。
だからこんなにも、愛しさばかりが溢れてくる。
「世界中で一番綺麗な、私の恋人を紹介して自慢したいんだよ」
「だ、だから自慢なんて出来るようなものじゃっ…」
「でも、さっきあかねだって言ったじゃないか。私を、学校のみんなに自慢するんだって。」
繋ぐ手がじんわり熱を帯びる。
解けないくらい、強く握りしめられて。
「だからね、近いうちに私にも紹介させておくれ。」
ひやかされたって、そんなの逆に大歓迎だ。
こんなにも満ち足りた気分にしてくれる彼女と、どれだけ幸せな日々を送っているか、見せつけてやる。
「私も、羨ましがらせるつもりなんだ。こんな可愛い子を奥さんに出来るんだぞ、ってね」
「も、もうそんなことばっかっ…」
かあっと頬を染めて、うつむこうとするあかねの顎を捕らえる。
つまむように軽く持ち上げ、熱っぽい彼女の瞳をじっと見つめ続ける。
瞳の中に、吸い込まれる感覚が好きだ。
二人が一瞬、ひとつに溶け合うような気持ちになれるから。
「自慢させてもらうよ?」
複雑そうな顔のあかねに近づき、間近で艶やかに微笑んで。
重ねた唇からは、シナモンシュガーの甘い味がした。
-----THE END-----
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