Cinnamon Kiss

 004

「ごめんなさい…。インターホン何度も鳴らしたから、起こしちゃったんじゃないですか?」
「いや、そんなことないよ。起きかけていたところだったんだ。」
友雅の部屋に戻って、あかねはソファに腰を下ろした。
開けたカーテンからは、朝日がリビングにまで長く差し込んできて、眩しいくらいに室内が明るい。
テーブルの上に置かれた、あかね専用のカフェオレボウル。
たっぷりのミルクティーが注がれている。

「それで、こんな朝早くにどうしたんだい?今日、学校は?」
「…えっと、その…」
さすがに面と向かって、サボってしまったとは言い辛い。
仮病なんか通用しないし、元から友雅に隠し事なんてしても、あっさり見抜かれる確率の方が高い。
口ごもっている間に、友雅があかねの頭に手を伸ばしてきた。
「サボったのかい?いけないねぇ。花嫁修業を疎かにしたりして。」
窘めるような言葉を掛けつつ、撫でる手は優しいし、覗き込んでくる顔も笑顔。


「あの、友雅さん…昨日の舞台のことなんですけど」
「ん?ああ…。」
切り出された友雅は、あかねの髪から手を離すと、自分のカップを手に取った。
ミルクもシュガーもない、ストレートの少し濃いめの紅茶。
晴れた天気のせいで朝から暖かい陽気だが、彼はいつも朝はホットの紅茶orコーヒーを飲む。
「急な代役だったから、連絡出来なかったんだよ。ごめんね。」
「でも、母は知ってましたよ…。一昨日に、友雅さんから聞いたって。」
そのとたん、さっそく都合の良い知人たちを募り、ホールに駆け付けたのだと嬉しそうに話していた。

「そうか。じゃあ、お母さんから話は全部聞いてる?」
こくり、と黙ってあかねがうなづいた。
仕方ない。彼女の為にと思ったことなのだと、ちゃんと説明してやろう。
「あの時、知らんぷりしてすまなかったね。悪気はなかったんだよ。」
訳の分からない自分の態度に、きっと彼女は戸惑ったに違いない。
決して、そういうつもりではなかったのだが。
「でも…おかげで友達に、からかわれたりはしなかっただろう?」
にっこりと満面に、友雅は微笑んであかねを見る。
彼のカップは、空っぽになっていた。

「同級生に紹介する相手としては、ちょっと年上過ぎて気恥ずかしいものね」
「そ、そんなことないですよっ…!」
あかねはすとん、とソファから滑り降り、ラグの上で足を崩している友雅の元へ寄り添う。
「だけどあかねの友達は、みんな同い年くらいの彼氏が多いんだろう。」
「そうだけど…」
「だったら余計に、気まずいだろう。こんなに年の差がある相手じゃ。」
「そんなの関係ないじゃないですかっ…!」
必死にあかねは食いつくが、友雅は全く動じていない。
当然のことだ、と確信するかのように、自分の選択に満足している。

「私は全然気にしてはいないよ。でも、あかねがからかわれるのは、可哀想だと思ったしね。」
平気な顔をして、そんな風に言って。
真っ先にこっちの立場ばかり、優先して答えを出して。
自分のことなんか、ほったらかしで…。
「可哀想じゃないですよ、私…」
両手を伸ばしたあかねの身体が、倒れるように友雅の胸に転げ落ちてきた。
背中に手を回して、しっかりとしがみついて。
抱きしめて欲しい…と言うかのように、すがりつく。

「すごく幸せ者だと思ってるんですよ、いつも…。」
二人でどこかに出掛けるときも、両親と一緒に過ごすときも。
もちろん今みたいに二人きりで過ごすときも、そばに彼がいるのを確かめると、幸せになる。
お互いに逢えるはずのない世界で生まれ育って、不思議な偶然で沸き上がったトラブルの結果、めぐり逢った。
それだけでもスゴイのに、恋をして、そして想われて。
気付くとこうして一緒にいる。
永遠に一緒にいようと、未来の約束を交わして。

「友雅さんと一緒にいるだけで、幸せなんです…。だから、どんなことがあったって、可哀想なんかじゃないです…」
「からかわれても?"あんなオジサンが恋人?"とか、笑われるかもしれないよ。」
「そんなこと…ない…」
泣き出しそうな震える瞼に、友雅の指が触れる。
まるでホウセンカが弾けるように、とたんにつうっと滴が頬を伝った。

「自慢するものっ!みんなに…友雅さんのこと、自慢するっ!」
「そうは言っても、残念ながら自慢出来るようなものは、何もないと思うんだけどねえ…」
何もないどころか…たくさんありすぎて。
ぱっと目に入る容姿も、優しくて甘い声も、長くて綺麗な指先も。
奏でる琵琶の音の美しさ、眼差しの艶やかさ。
いくらでも思い付くけれど、一番自慢したいのは……胸が詰まるほどの優しさ。
包み込んでくれる、彼の暖かさ。
それらを独り占め出来る自分----------こんな幸せ者、他にはいない。

「明日、学校に行ったら…みんなに言っちゃうんだから…。」
「そんなに慌ててバラさなくても、良いじゃないか。一緒になるのは、卒業したあとなんだし。」
「嫌!今すぐでもみんなに言うっ!絶対羨ましがらせるものっ!」
みんながあの時、"素敵だ"って言ってた彼は、私の恋人でフィアンセなの。
卒業したら一緒になろうって、約束したのよ。
いつだって、私を優しく抱きしめてくれる人なのよ。羨ましいでしょう?
「そう、みんなに言うんだもんっ…!」
駄々をこねる子どもみたいに、腕の中でじたばたするあかねを、友雅は強く抱き締めた。

「まったくもう…。そんな風に言われたら、照れてしまうだろう?」
「だって…」
親指の腹で滴をはらい、あかねの顔を手のひらで固定する。
そうして、柔らかく甘い彼女の唇に、そのまま自分の唇を重ねた。
「友雅さ…ん…もうあんな風に思わないで…」
からかう人もいるかもしれない。
けど、そんなのはきっと、ほんの一握りくらい。
それでも、そんな人たちの前でも、胸を張って大声で自慢げに紹介してやる。

「自慢したいくらい、私にとって友雅さんは…っ…」
と、慌てて友雅の手のひらが、あかねの口を塞いだ。
「ストップ。それ以上言われたら、さすがに恥ずかしくて赤面しそうだ。」
笑っているけれど、ちょっとだけ苦笑いかも。
本当に照れているのか、ごまかしただけなのか分からないけど…それでも、この気持ちは本気。

「大好き…友雅さ…ん…。好き…大好っ……」
何回好きと言っても、尽きない想い。
伝え切れないほど好きで、好きで、本当に大好きで……。
「こらこら。この唇は少しおしゃべり過ぎるね。仕方ないから、ここは実力行使で、閉じてしまおうか。」
細い身体を包むように抱きしめて、友雅はあかねの唇と言葉をキスで塞いだ。



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Megumi,Ka

suga