「ごめんなさい…。インターホン何度も鳴らしたから、起こしちゃったんじゃないですか?」
「いや、そんなことないよ。起きかけていたところだったんだ。」
友雅の部屋に戻って、あかねはソファに腰を下ろした。
開けたカーテンからは、朝日がリビングにまで長く差し込んできて、眩しいくらいに室内が明るい。
テーブルの上に置かれた、あかね専用のカフェオレボウル。
たっぷりのミルクティーが注がれている。
「それで、こんな朝早くにどうしたんだい?今日、学校は?」
「…えっと、その…」
さすがに面と向かって、サボってしまったとは言い辛い。
仮病なんか通用しないし、元から友雅に隠し事なんてしても、あっさり見抜かれる確率の方が高い。
口ごもっている間に、友雅があかねの頭に手を伸ばしてきた。
「サボったのかい?いけないねぇ。花嫁修業を疎かにしたりして。」
窘めるような言葉を掛けつつ、撫でる手は優しいし、覗き込んでくる顔も笑顔。
「あの、友雅さん…昨日の舞台のことなんですけど」
「ん?ああ…。」
切り出された友雅は、あかねの髪から手を離すと、自分のカップを手に取った。
ミルクもシュガーもない、ストレートの少し濃いめの紅茶。
晴れた天気のせいで朝から暖かい陽気だが、彼はいつも朝はホットの紅茶orコーヒーを飲む。
「急な代役だったから、連絡出来なかったんだよ。ごめんね。」
「でも、母は知ってましたよ…。一昨日に、友雅さんから聞いたって。」
そのとたん、さっそく都合の良い知人たちを募り、ホールに駆け付けたのだと嬉しそうに話していた。
「そうか。じゃあ、お母さんから話は全部聞いてる?」
こくり、と黙ってあかねがうなづいた。
仕方ない。彼女の為にと思ったことなのだと、ちゃんと説明してやろう。
「あの時、知らんぷりしてすまなかったね。悪気はなかったんだよ。」
訳の分からない自分の態度に、きっと彼女は戸惑ったに違いない。
決して、そういうつもりではなかったのだが。
「でも…おかげで友達に、からかわれたりはしなかっただろう?」
にっこりと満面に、友雅は微笑んであかねを見る。
彼のカップは、空っぽになっていた。
「同級生に紹介する相手としては、ちょっと年上過ぎて気恥ずかしいものね」
「そ、そんなことないですよっ…!」
あかねはすとん、とソファから滑り降り、ラグの上で足を崩している友雅の元へ寄り添う。
「だけどあかねの友達は、みんな同い年くらいの彼氏が多いんだろう。」
「そうだけど…」
「だったら余計に、気まずいだろう。こんなに年の差がある相手じゃ。」
「そんなの関係ないじゃないですかっ…!」
必死にあかねは食いつくが、友雅は全く動じていない。
当然のことだ、と確信するかのように、自分の選択に満足している。
「私は全然気にしてはいないよ。でも、あかねがからかわれるのは、可哀想だと思ったしね。」
平気な顔をして、そんな風に言って。
真っ先にこっちの立場ばかり、優先して答えを出して。
自分のことなんか、ほったらかしで…。
「可哀想じゃないですよ、私…」
両手を伸ばしたあかねの身体が、倒れるように友雅の胸に転げ落ちてきた。
背中に手を回して、しっかりとしがみついて。
抱きしめて欲しい…と言うかのように、すがりつく。
「すごく幸せ者だと思ってるんですよ、いつも…。」
二人でどこかに出掛けるときも、両親と一緒に過ごすときも。
もちろん今みたいに二人きりで過ごすときも、そばに彼がいるのを確かめると、幸せになる。
お互いに逢えるはずのない世界で生まれ育って、不思議な偶然で沸き上がったトラブルの結果、めぐり逢った。
それだけでもスゴイのに、恋をして、そして想われて。
気付くとこうして一緒にいる。
永遠に一緒にいようと、未来の約束を交わして。
「友雅さんと一緒にいるだけで、幸せなんです…。だから、どんなことがあったって、可哀想なんかじゃないです…」
「からかわれても?"あんなオジサンが恋人?"とか、笑われるかもしれないよ。」
「そんなこと…ない…」
泣き出しそうな震える瞼に、友雅の指が触れる。
まるでホウセンカが弾けるように、とたんにつうっと滴が頬を伝った。
「自慢するものっ!みんなに…友雅さんのこと、自慢するっ!」
「そうは言っても、残念ながら自慢出来るようなものは、何もないと思うんだけどねえ…」
何もないどころか…たくさんありすぎて。
ぱっと目に入る容姿も、優しくて甘い声も、長くて綺麗な指先も。
奏でる琵琶の音の美しさ、眼差しの艶やかさ。
いくらでも思い付くけれど、一番自慢したいのは……胸が詰まるほどの優しさ。
包み込んでくれる、彼の暖かさ。
それらを独り占め出来る自分----------こんな幸せ者、他にはいない。
「明日、学校に行ったら…みんなに言っちゃうんだから…。」
「そんなに慌ててバラさなくても、良いじゃないか。一緒になるのは、卒業したあとなんだし。」
「嫌!今すぐでもみんなに言うっ!絶対羨ましがらせるものっ!」
みんながあの時、"素敵だ"って言ってた彼は、私の恋人でフィアンセなの。
卒業したら一緒になろうって、約束したのよ。
いつだって、私を優しく抱きしめてくれる人なのよ。羨ましいでしょう?
「そう、みんなに言うんだもんっ…!」
駄々をこねる子どもみたいに、腕の中でじたばたするあかねを、友雅は強く抱き締めた。
「まったくもう…。そんな風に言われたら、照れてしまうだろう?」
「だって…」
親指の腹で滴をはらい、あかねの顔を手のひらで固定する。
そうして、柔らかく甘い彼女の唇に、そのまま自分の唇を重ねた。
「友雅さ…ん…もうあんな風に思わないで…」
からかう人もいるかもしれない。
けど、そんなのはきっと、ほんの一握りくらい。
それでも、そんな人たちの前でも、胸を張って大声で自慢げに紹介してやる。
「自慢したいくらい、私にとって友雅さんは…っ…」
と、慌てて友雅の手のひらが、あかねの口を塞いだ。
「ストップ。それ以上言われたら、さすがに恥ずかしくて赤面しそうだ。」
笑っているけれど、ちょっとだけ苦笑いかも。
本当に照れているのか、ごまかしただけなのか分からないけど…それでも、この気持ちは本気。
「大好き…友雅さ…ん…。好き…大好っ……」
何回好きと言っても、尽きない想い。
伝え切れないほど好きで、好きで、本当に大好きで……。
「こらこら。この唇は少しおしゃべり過ぎるね。仕方ないから、ここは実力行使で、閉じてしまおうか。」
細い身体を包むように抱きしめて、友雅はあかねの唇と言葉をキスで塞いだ。