友雅は予定通りに、11時頃に家まで迎えに来てくれた。
連れて行かれた日本料理店は、あかねも連れて来られたことがなく、想像以上に本格的な雰囲気の店構えだった。
入口で出迎えてくれたスタッフに、個室へと案内してもらう。
中庭には竹林が配置されており、小さな滝も設けられている。
四方を囲む個室からは、雪見障子を通して景色が望む。
「素敵ですわねぇー。何だか高級料亭に来たような気持ちになりますわねー」
「雰囲気は良い店ですよ。予算的には料亭に敵いませんが、味と品揃えはなかなかのものだと思いますが。」
母は辺りをキョロキョロしながら、上機嫌。
そして父の方は、目の前にあるお品書きを開いて、すぐさま酒のラインナップに目を止める。
「お、酒もまた良いのが随分と揃ってますなあ」
「気になる銘柄がお有りでしたら、味見をなさってみては如何ですか?」
酒の品揃えも自慢なこの店は、全品ひとくちだけ味見が出来る。その上で気に入ったものを、オーダーすることが可能なのが良い。
「良いサービスだなあー。では、いくつか選ばせてもらおうかな」
「どうぞご遠慮なく、お好きなものを楽しまれて下さい。」
両親と向かい合って、あかねは友雅の隣に座り光景を眺める。
…お酒飲む前から、絶対お父さんたち出来上がってるよ、コレ…。
呆れながらお品書きを開いていると、座敷の襖が静かに開いた。
「失礼致します。」
和服姿の女性2人が、黒塗りの盆に品物を乗せてやって来た。
イクラや貝を、酢のクラッシュゼリーで和えた小鉢は、薄暗い照明に反射してきらきらと輝く。
「まあ、綺麗だことー!」
更に続いて、母の前にハーフボトルとグラスが置かれた。
そしてあかねの前には、カクテルのように鮮やかな色のソフトドリンク。
「お義父様申し訳ありません。本日は女性が主賓ですので、お義母様とあかねさんは特別メニューとさせて下さい。」
「んまーっ!そ、そうでしたのー!?」
母のはしゃぎっぷりは、まさに今にも飛び上がりそうなテンション。
隣にいる父も、その様子には少し苦笑いをするほどだ。
しかし、そんな母を一層盛り上げるサプライズは続く。
友雅が取り出した、パールホワイトの小箱。
彼はそれを、母の前にそっと差し出す。
「つまらないものですが、先日のバレンタインのお返しとして、受け取ってください。」
「まあああっ!まあっ!あらまあーっ!!!」
「お母さんの誕生石のオパールが良いかなって、こないだ出掛けた時に一緒に選んだの。」
飴色のアンティーク台に、虹を取り込んだ乳白色のオパールがあしらわれた、シックなブローチ。
「頂いたものには、とても及びませんが…お気に召して頂ければと思いまして。」
「そんなっ!まあっ、まあっ!」
貰った品物と、友雅からの贈り物という意味と。
どちらが母を盛り上げているか…と言われたら、おそらく後者に間違いない。
普通の会食だったはずなのに、気付いたらちょっとした宴会のノリになっていた。
父は勧められた酒を、ちびちびと楽しんで機嫌良くなっているし、母は……例の如くだ。
「車なんか代行に頼んで、橘さんも少し一緒に楽しんだらどうです〜?」
「いえ、今日は控えさせて頂きます。招いた立場が酔いつぶれては。困りますからね。」
「そうか〜?残念だな〜。じゃ、今度はうちに来て下さいよ。一緒に飲みましょう!」
わはははは…と賑やかに笑いながら、父はどんどん酒が進む。
楽しい酒は、飲んでいる方も酌をする方も気分が良くなる。
そんな中、あかねがこっそりと友雅の肘を突いた。
「あの…友雅さん?お酒そこそこに止めておかないと、あとが困っちゃいそうです…」
もしもこのまま父が酔いつぶれて、眠ってしまったら…せっかく覚悟してきた言葉も聞いてもらえないかも。
確かに、それじゃ困るな。
この一週間、あかねへの本気の想いをどう伝えるか、散々悩んで今日に至ったのだ。
「お義父さん、そちらのお酒がお気に召したようでしたら、家でゆっくり楽しめるよう、一本持ち帰りでご用意しましょうか?」
「んんっ?そういうことも出来るんですか」
「ええ、是非ご用意させて下さい。」
再び女性スタッフがやってきて、次の品を運んで来た。
湯気が立つ程の、暖かい丼もの。冷めてしまっては、せっかくの味も薄れてしまう。
「お酒はまた家に戻られてからということで、どうぞ次を召し上がって下さい。」
「おお、そうですね!美味そうだなー!」
父はあっさりと酒から離れて、目の前の蒸し寿司に箸を付けた。
「…これでお義父さん、大丈夫かな?」
「多分…」
こそこそと耳うちで話す二人を気に止めず、料理の話で湧いている両親。
この先、まだデザートタイムが残されているが、そのあとに起こることには気付いていないだろう。
最初から最後まで、一分も手抜きないもてなしの数々。
あかねに両親それぞれの好みを聞き、飲み物から最後のデザートに至るまで、すべて一人一人のためのフルオーダー。
「ホント、美味しかったわー。ねえお父さん!」
「いや、まったく。さすが橘さん、良い店を知っているなあー。」
「お二人の喜ぶ顔が見られて、こちらこそ安心致しました。」
食後のコーヒーと、デザートのグラニテを味わいながら、ほっと一息和やかなひととき。
あれこれ並べられた食事の楽しさも、今はのんびりと思い出しながら会話が出来る。
「ところで橘さん、これからうちに来ませんか。せっかくだし、さっきの酒、少し味わって帰って下さいよ。」
酒のおかげでその気になったのか、母に負けず劣らず父も友雅を引き止めようとし始めた。
「あかね、おまえだって橘さんと少しでも、一緒にいられた方がいいだろ!」
「えっ…!?」
急に話が、こちらに飛んで来て、思わずあかねは慌てた。
自分が友雅さんと一緒に飲みたいくせに、わざと娘をダシに使うんだからーっ!
そしてもちろん、隣の母も割り込んで相づちを打つ。
「そうよそうよ。ねえいらっしゃって!こんな美味しいものご馳走して頂いたし、夕飯くらいはご用意したいわ!」
ちらっとあかねの表情を伺うと、今にも溜息をこぼしそうなほどに、呆れ果てている。
そんな彼女と、彼女の両親の対比がおかしくて、友雅は自然と笑いが込み上げて来た。
「友雅さん?」
彼のリアクションに、不思議そうに横から覗き込むあかね。
失礼、と両親に詫びながら、笑顔に掛かる前髪を軽く掻き上げた。
「すみません、何だか…こんなに楽しい雰囲気は久し振りだったもので、つい…」
あかねと二人で過ごしている時とは、また違った暖かな空気。
それはまるで、小春日和の昼下がりのようで。
いつまでもくるまれていたい柔らかさと、ぬくもりを感じさせる。
同じものだね、君のぬくもりと同じ暖かさだ。
確かに君はこのぬくもりの中で、生まれ育った。間違いなく。
「ご自宅にお邪魔する前に、もうしばらく食休みにお付き合い頂けますか。」
「え?ええ、もちろん!」
もう一杯、食後のコーヒーをおかわりして。
あと少しだけ、話に付き合って欲しい。
もっとも大切なことを、彼らに伝えなくてはいけないから。