My Precious

 003

いちごにバナナ、キウィにパイナップルとリンゴ…。
レストランのデザートと見まごうばかりに、たくさんのフルーツを添えて。
更にご所望のアイスクリームとチョコレートソースもプラス。
「ありがとうございますー。朝から元気が出そう〜。」
見ているだけでも空腹が満たされそうだが、たかだかパンケーキひとつくらいで、こうも嬉しそうな顔をされるとは。
あかねが以前よく言っていた言葉。
"その人が美味しいって嬉しそうに言ってくれると、料理のしがいがあるんです!"
そんな気持ちが、改めて分かったような気がした。

たまには、料理の代役をしてあげても良いかな…。
そう思い浮かべていたとき、あかねが顔を上げて彼を見て言った。
「でも、こういうパンケーキとかなら大丈夫ですけど、包丁とか使う時はくれぐれも気をつけて下さいね?」
「うん?まあ、それは分かっているけど」
「ホントですよ?気をつけて下さい?指を怪我したら、琵琶も弾き難くなっちゃうんですから。」
真剣な顔で、あかねは言う。
「分かってるよ。ほら、アイスクリームがスプーンからこぼれるよ」
友雅に言われて、はっと我に返ったあかねは、すぐさまアイスを口の中に頬張った。


「そういえば…次の日曜日の話だけど、御両親の予定は大丈夫かい?」
「あ、はい。何も予定ないから平気だって言ってました。」
「良かった。じゃあ店の方に、コースメニューも頼んでおくからね。」
仕事関係で馴染みになった、郊外にある日本料理店。
周りが緑と渓谷に囲まれ、風情があって料理も酒も美味い店である。
「当日は私が運転するから、父上殿も遠慮せずお酒を楽しんで下さい、と伝えておいておくれ。」
「はーい」
「それと、母上殿にも美味しいワインを、ちゃんと選んでもらうからね。」
「わかりましたー」

……こんな風に友雅さんが考えてくれてるって知ったら、もうそこでお母さんてば舞い上がるよね…。
更にホワイトデーのお返しにって、パールのブローチまで用意してるんだもん。
ああ、終わる前にお母さん卒倒したら、どうしよう?------なんて、あながち冗談でもなさそうな事を考える。
食事が終わって…それから。
最後にもうひとつ、大きな問題が残っているのに。

「あのぉ…ホントにあの事、言っちゃうんですよね。」
「今になって、やっぱり白紙に戻したくなった?」
「そ、そういう訳じゃないですよ!」
短大で花嫁修業を終えたら……約束を形にしよう、と二人で指切りをした。
だから両親には、もう少しあとで話そうと思っていたのだけれど、突然の予定変更。
思いっきりスケジュール前倒し。
「母上殿が一番喜んで下さるのは、こういうことなんだろう?。」
「う、うん…まあ…はい…」
「だったら、早いうちに打ち明けるよ。君のことが欲しいって。」

-----君のことが欲しい…か。
彼の瞳で見つめられながら、彼の声でそんな台詞。
バニラアイスにチョコソースなんか、比べものにならないほど、甘くて溶けそう…。

「何かちょっと、私の方がドキドキして来ました…。」
「こらこら、ドキドキしているのは私の方だよ?」
自分がどれほど、彼女を必要としているのか。
飾らずに気取らずに、素直に想いを言葉にすれば良いのだ…と、詩紋は言っていた。
彼女と出会って感じたすべてが、今の自分を造り上げていること。
そんな今の自分が、幸せであることを彼女の両親に知ってもらいたい。
その上で、彼女に教えてもらった幸せを、今度は自分が……感じさせてやりたい。
「ちゃんとご両親に伝わるかねぇ…。いろいろと言葉選びに悩んでばかりだよ。」
こんなに緊張したのは、生まれて初めてのことかもしれない。
最初の参内や帝と謁見した時よりも、今が一番気持ちが揺らぐ。

でも、それでも想いは本物だから。
自分がこの世界に存在することを、現実として世界は認めてくれているのだから……。
「すべて気持ちが伝わるように、私なりの言葉で挨拶をするよ。」
彼の左手が伸びて、あかねの手を取った。
同じ指輪が寄り添うように、つなぎあう手と手の間で重なる。

「他の誰にも、渡したくないからね」
艶やかな桜色の爪に、そっと彼は口付けを落とした。


+++++


日曜日の朝は、普通ならばゆっくりのんびりしているはずなのに、今日はやけに慌ただしかった。
早くから両親が起き出しているので、あかねも寝坊しているわけにもいかない。
一階へ下りると、父は新聞を広げながら朝食の最中。
母はすでに、出掛ける用意をしている。

「あかねー、お母さん美容室で着付けしてもらって来るから、お父さんの朝ご飯の用意お願いね!」
「は?着付けって…着物なんか着てくの!?」
「やあねえ、久々のお食事会なんだもの。ちゃんと綺麗にしなきゃ、招待してくれた橘さんに悪いじゃないの!」
…綺麗にしなきゃって、単なる外食じゃないか。
しかも、友雅と食事なんて初めてでもないのに、この盛り上がりは何なんだ。
「お父さん、羽織はちゃんと座敷に出してありますからね。しわ作らないように着てちょうだいね。」
「あー、分かった分かった。早く行ってこい。」
父に急かされながら、母はバッグを抱えて急ぎ足のまま出掛けていった。

「何なの…。お父さんもお母さんも、今日は着物なの?」
「だって橘さん、日本料理の店に連れてってくれるんだろ?それならきちんと正装した方がいいだろ」
「そりゃそうだけどもー…」
正装って、かしこまった席ではないのだから、普通に小綺麗なお出掛け着で良いのに。
ホント、限度考えずにはしゃぎすぎるんだもんなー、お母さんたちってば。

さて、思いっきり気合いの入った両親。
一緒に出掛ける娘の自分は、普通の格好で良いんだろうか…。
取り敢えず、新しいワンピースとスプリングコートを、昨日用意しておいたのだけど。
まさか振袖とか着物なんて、着るわけにも行かないしねえ。
それじゃまるで、お見合いの席か結納の席だ。

……ちらり、とあかねは父の様子を伺う。
特に緊張している様子もない。
機嫌が良さそうなのは、単に家族+αでの外食が楽しみなだけのようだ。
結納…。いつか本当に、そういう席をセッティングすることにも、なるんだよね…。
その時はもっと緊張して、慌ただしくなるんだろうな。

まずは、その前の第一歩。
その瞬間が近付いているのを、両親はまだ何も知らない。

2010.01.10

Megumi,Ka

suga