Valentine Panic!

 002

良いムードになりそうな時に、邪魔というものは入って来るのがつきもの。
キスで気持ちが高まりかけていたのに、容赦なく二人の間を引き裂く携帯の着信音。
「こんな時間に、誰だろー…」
友雅の腕からすり抜けて、バッグに入れっぱなしの携帯を取りに行く。
この着信メロディは、友達からのはずだけれど。
「はい、もしもし。………あ、ああ!うん、そう!そうなの…」
あかねは携帯で話しながら、こちらを見て拝むように手を翳し、そのまま玄関の方へ消えてゆく。
個人的な電話か。一体、誰からだろう?
まさか、例の男友達じゃないだろうな…。
あの、ちょっとあかねに目をつけていたという噂の、クラスメートの男子生徒。
いくら友達とは言っても、相手がそういう気持ちなら黙って居られない。
必要以上に、あかねとの距離が狭まらないようにしなくては。

……なんてね。
そういうことばっかり考えてしまうのも、男としてはちょっとみっともないと思うけど。
これだけは油断出来ないしね…。
誰にも譲れない。私がここに存在する意味のすべてが、彼女なのだし。
好きだと自覚するごとに、独占欲が強まって来てしまうよ。

「すいませんでしたー。蘭からの電話でした。」
「天真の妹君?遊びに出掛ける約束でも、していたいのかい?」
「ううん、違うんです。ちょっとお願いしたことがあって、その返事です。」
ピンクの携帯をパタンと閉じて、セーターのポケットに放り込む。
あかねは友雅の隣へ戻って来ると、彼の腕に絡んで身を乗り出した。
「あのですね、私、アルバイトしても良いですか?」
「アルバイト?何か欲しいものがあったのなら、買ってあげたのに。」
この部屋で一緒に過ごす日は、朝昼晩と食事を用意してくれるし、他にも掃除や洗濯などもやってくれる。
欲しいものがあるならば、御礼にそれくらいプレゼントしても良いのに…と、常々友雅は思っているのだが。

しかし、あかねとしては今回ばかりは、彼にお強請りするわけにいかない。
「友雅さんへのバレンタインのプレゼント、予算が厳しかったんですけど、バイトやれば大丈夫そうなんです。」
「何だ…。私へのプレゼントのために、わざわざアルバイトなんかするの?」
「うん、だって、すごく綺麗で素敵なものだったんですよ。実は予算の関係で、諦めかけていたんですけど…」
でも、妥協したくないじゃないか。
義理で贈るチョコならまだしも、本命の人への贈り物なのだし。
彼の誕生日、クリスマス、そしてバレンタインデー。
年に3回の、気合いを入れて贈り物を考えるイベント。
「ね、アルバイトしても良いでしょう?」
今回のお強請りは、アルバイトの許可をもらうこと。
別に保護者じゃないのだから、彼の許しを得る必要はないのだけれど…なんとなく。

「バイト先って、どこなんだい」
「駅地下のお菓子屋さんです。バイトは女の子ばっかりで、夕方からは蘭も一緒なんです。」
バレンタインのためのアルバイトなので、来客も99%くらいは女性だろう。
時間は一応午後1時から午後8時まで。
でも、蘭の話だと閉店後も雑用があるらしいので、9時か10時近くになることもありそう。
「遅くなったときは、天真くんが車で迎えに来てくれる約束なんです。」
天真も年明け早々に合宿免許試験を受けて、晴れて二輪から普通車を運転出来る身分になった。
ただし、しばらくは父の車を借りているだけだが。
「…良いよ。天真が迎えに来てくれるなら安心だし、妹君と一緒ならね。」
「ホントですかー?良かったー。」
よほど嬉しかったのが、ウサギのようにあかねはソファの上で飛び跳ねて、友雅の胸に抱きついた。
これで、あのプレゼントが手に入る。
お給料は14日のバイトが終わったら支払いだけど、何とか両親に訳を話して前借りして、買いに行ってしまおう。

「14日は私がバイト先に迎えに行くよ。あかねの仕事が終わる頃に合わせて、打ち上げを抜けて来るから。」
2月14日バレンタインデー当日は、生憎と友雅は仕事がある。
今年二度目の演奏会は、まさに演目テーマが『恋』。
以前彼が発表したオリジナル曲『恋の宴』が評判良かったらしく、是非一曲お願いしたいと招かれたのだそうだ。
「でも、そうなるとあかねは演奏会には来てくれないんだね」
「……あっ…」
しまった!と、それまで喜んでいた顔が、急に青ざめた。
バレンタインに恋の歌だなんて、絶対に見に行こうと決めていたのに…バイトがあったら、無理だ。
「どうしよう…14日って忙しいのかな…」
14日に渡すのだから、その前日までが一番忙しいんじゃないだろうか。
だとしたら、当日は少しくらい客足が緩くなるかも…。
「でも、その日は丁度日曜日だ。出来立ての新鮮なものを二人で買って帰って…ていう人も多いんじゃないかな?」
少なくとも、私ならそうするかもしれない、と友雅は自分の意見も入れて答える。
「そっか…やっぱり忙しいかあ…」
さっきはあんなにはしゃいでいたのに、今度はがっくり肩を落とす。
もう少し、予定を考えてからにすれば良かった…と、あかねは自己嫌悪気味のようだ。

「そんなに気にしなくても良いよ。仕事が終われば、夜は一緒にいられるんだから。」
包むように暖かな腕が、あかねを胸の中へ引き寄せた。
「お互い仕事を終えたら、あとは二人の時間の約束だろう?」
いつものように、この部屋で。
朝が来るまで…いや、朝が来ても、一緒に。
「それを楽しみに、あかねを思い描きながら弦をつま弾いて来るよ。」
まだまだ私は未熟だから、恋の歌を弾く時にはあかねの事を考えないと、良い音が出せないんだ---と、いつも友雅は言う。
本当なのかな?と半信半疑だが、彼の上司にそう言われたらしいから、もしかしたら本当なのかも。
だとしたら、嬉しい。
あんなに綺麗な恋の歌に、自分の姿が織り込まれているなんて。

「帰ったらあかねのために、もう一度弾いてあげるよ」
「うん。じゃあ…プレゼント用意してますから、楽しみにしてて下さいね?」
季節をそれぞれに閉じ込めた、四つの扇。
一度だけ覗きに行ったことのある稽古場は、純日本家屋で床の間もあって。
あの棚に扇を飾ったら…さぞかし様になって綺麗だろうな、と何度も思い描いた。
…あとで蘭や天真くんにも、御礼しなくちゃね。
天真くんには…そうだ、ちょっと良いチョコを買ってプレゼントしてあげよう。
何せ蘭からのは、売れ残りらしいし…。

「何?思い出し笑いなんかして、何を想像していたんだい?」
「ううん、何でもないですよ。」
他の男の子にプレゼントとか言うと、友雅さん機嫌損ねちゃうけど…天真くんはね、別だから大丈夫。
「天真くんにも色々お世話になったから、チョコをあげようと思って」
「ああ、そうだね。でも、値段はどうでも良いけれど、私とは差をつけてもらわないと困るよ?」
顔を近付けてそんな事を言うから、思わずあかねは笑ってしまった。
「友雅さんのやきもちやきー」
「そう。あかねのこと独り占めしたいから、君の周りにいる男なら誰でも構わず、私は嫉妬するよ。」
鼻の先を悪戯っぽく擦り合わせ、くすくす笑うあかねの唇を、もう一度塞いで。
きゃっ!と声を上げると、あかねは友雅に抱きかかえられる。

「さ、今夜は寒いから、湯船に浸かって暖まってから眠ろう。」
「はあーい」
無邪気に返事をしたあと、ぎゅっと彼にしがみついたら、そのままバスルームへ。
ほんのり立ちこめていた湯気は、清々しい森の香りがした。

2010.01.10

Megumi,Ka

suga