ひみつの約束

 002

かれこれ1時間ほど経つだろうか。
あかねは母と買い物に出かけて、それっきり一度も戻ってこない。
周りにいる男性たちのところへは、連れと思われる女性が戻ってきては、荷物を彼らに持たせて席を立ち去っていく。
大概彼らは面倒臭そうにしているが、そんなに退屈なものだろうか?
好きな女性が買い物を楽しんで、満足して帰ってくる表情を見れば、こっちも嬉しくなったりしないか?

……そう思うのは、私があかねを想い過ぎているせいなのかな。
どんなことであろうと、彼女が嬉しそうに笑っているのを見るだけで、自分は幸せになれる。
何ものにも代え難い、ただ一人の大切な----------------

「友雅さんっ、待たせちゃってすいませんでしたっ!」
「ああ、そんなに慌てるとつまずくよ。ほら、荷物を貸してごらん」
彼女の姿が見えると、即座に友雅は立ち上がって手を伸ばした。
ピンクやチェック柄の、女の子らしいショッピングバッグには、ぎっしり衣類のようなものが詰まっている。
しばらくして、下降してきたエレベーターの中に母の姿が見えると、友雅は出迎えるようにして歩み寄った。
「あらあら、どうもすいませんねえー」
「いいえ。こんなにたくさんお持ちでは、買い物も大変だったでしょう。どうぞ、お持ちしますよ。」
「まあ〜、ありがとうございますー!ホント橘さんは、頼りになる素敵な方だわねー」
……また有頂天になっている…。
娘の呆れた視線を気にせず、母は友雅に手を貸してもらいながら上機嫌だった。


+++++


あかねの家の前で車を停めて、トランクケースから荷物を取り出す。
洋服だけじゃなく、日用品やら雑貨、そして食料まで。
あらゆる荷物を家の中に運び入れ、ようやく一段落してソファに腰を下ろした。

「今日はお買い物に付き合って頂いて、本当にすみませんでしたねぇ」
「いいえ、構いませんよ。私こそ、新年のご挨拶も電話で済ませてしまい、失礼致しました。」
「まー、それこそ全然構いませんわよー、ほほほほっ」
母は陽気に笑いながら、クッキーとコーヒーを友雅に差し出した。

年末年始、出掛けたのは近所の神社への初詣のみ。
外は凍えるほど寒かったし、せっかく二人きりで過ごしているのだから……と、そのひとときが勿体なくて、出掛けられなくて。
それでも、大切な彼女の両親に新年の挨拶だけはしなくては…と、不謹慎覚悟で電話をしたのだが、さほど悪い印象を与えなかったようで、一安心だ。
「遅くなりましたが、改めて…今年もよろしくお願い致します。」
友雅は軽く立ち上がって、母に向かって丁寧に頭を下げる。
「いいえいいえ!こちらこそっ!ふつつかな娘ですけど、どうぞよろしくお願いしますねーっ!」
妙なテンションの母を、友雅の隣でココアを啜りながらあかねは眺める。
お母さんってば…ふつつかな娘だなんて失礼なっ。
これじゃまるで、"お嬢さんを僕に下さい"って感じの展開じゃない。

お嬢さんを僕に……下さい……か。
いつか、ホントにそう言うために来てくれるのかな…。
この小指に約束した、その日が来たら…。


「ん?どうしたんだい」
あかねが腕にそっと手を絡めたのに気付き、友雅はコーヒーカップをテーブルに戻した。
何かあったのか?と母も首をかしげるが、あかねは何も言わなかった。
言えなかった…というのが正しいか。
ただ、クリスマスに約束した未来の自分たちの姿が、現実になることを思うと…胸が熱くて。



「あかね、そろそろ…帰ろうか。」
「えっ?」
友雅は立ち上がり、あかねの手を取って引き上げた。
"帰ろう"と言っても、ここはあかねの自宅だし。
出掛けた時は、彼の部屋からだったけれど…戻るべき本来の場所は、ここだ。
けれども友雅は、母の前にも関わらず彼女の肩を引き寄せ、きちんと真正面から向かい合って言った。

「もうしばらく、あかねさんを私のところへお借りしていても構いませんか?お義母さん」
「ひぇっ!?」
その言葉を聞いて、飛び上がりそうになったのは母だ。
何にそんな反応を示したかと言うと、もちろん…今彼が言った最後のフレーズ。
それこそ、あかねの母が常日頃から憧れていた、自分の呼び名であったからだ。
「演奏会が近いもので、なかなか落ち着けないのですが…彼女がいてくれると精神的に豊かになれるので、良い音が出せるんですよ」
「まあ〜っ!それならどうぞお構いなく!あかねだって良いわよねっ!?」
「え?あ…う…ん…まあ…」
上機嫌の母に圧倒されて、あかねの方は半ば放心状態に近い。
おそらく、さっきの友雅の"お義母さん"発言で、すっかり糸が切れた様子…。
…お父さんも"お義父さん"なんて言われたら、同じように舞い上がるのかなぁ…。
二人の将来に関しては、本人たち以上に両親の方が意気込み十分なようだ。




お歳暮の残りや、今日買ってきたばかりの食材を、もう一度トランクケースに詰め込んでドアを閉める。
"元宮"という表札のある門の前で見送る母を、車の助手席から覗いて軽く手をかざした。
ゆっくりと進む車は、どんどん自宅から離れてゆく。
これから行く先は…彼の部屋。

「今日は疲れたでしょう?連れ回しちゃってすいません。」
「いいや?楽しかったよ。お義母さんとも久し振りに一緒に過ごせたし。」
大通りに出ると、ヘッドライトの明かりが目立つ。
行き交う車はどれもこれも、ライト無しで走るものはいない。そんな時刻だ。
「それにしても…お義母さん、妙に今日は元気だったね。」
「友雅さんのせいですよ。うちの両親、友雅さんのことお気に入りだもの。」
「そう?それは光栄だな。義理の息子になりたい立場としては。」
ハンドルを握りながら、友雅はそう言って笑った。

公園の角を曲がって、まっすぐ。
ぽつんぽつんと街灯が並木を照らし、人通りの少ない道へと進めば、彼のマンションが見えてくる。
「ね、友雅さん…。いつか…ちゃんと挨拶に来てくれます…?」
ふと、あかねがつぶやくような声で言った。
もう一度、さっきみたいに。
"お借りする"じゃなくて、"欲しい"って…両親の前で、はっきりと言ってくれる?

「いつか、なんて言わないで、今すぐUターンして言ってしまおうか?」
「えっ!?それはいくら何でも急すぎですよ!!」
「そうかい?私の方はもう、その気でいるんだけどねぇ」
冗談なのか本気なのか。友雅は笑う。
でも、そのあとで声を整えて。

「ちゃんと言いに行くよ。"君を私に譲って下さい"って。」
クリスマスに、君に想いを告げた時から---------ずっと挨拶する準備は出来ている。
「そうじゃなかったら、こうして私の部屋に連れ戻したりなんかしないよ。」
前を向きながらも、彼はこちらに向けて心を告げてくれる。
穏やかで、何より甘いその声で。


「あれ?そこ…曲がるところじゃないですか?」
マンションの駐車場に向かう道を、曲がらずに逆の路地へ車が進み、人気のない場所でエンジンが止まった。
疑問符を浮かべるあかねの肩に、友雅の手が触れて。
そのまま静かに、影がひとつに重なる。
「さっき、無性にキスしたくなったんだけど、運転中で出来なかったから。」
そう言って繰り返し、唇は重なり合って…離れては、また重なる。
「マンション、すぐそこなのに…」
「うん。でも…ね、こういうことにはせっかちなんだよ、私は。」
----------だから、君を自由にしておけなかった。
囁く声と同時に、小指が絡まる。

二人だけの秘密の約束は、見えない糸で互いの小指を繋ぐ。
赤くて強い、解けない糸がしっかりと。
未来の二人へと繋がってゆく。





--------THE END




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2010.01.10

Megumi,Ka

suga