悪戯Tactics

 002

天真は未だに少し混乱しながらも、帰ったら、蘭に何て言おうかと考えていた。
黙っておくべきか…。
そうだろう。その方が良い、絶対に良い。
しかし、明日蘭が帰宅してから、『今日は何だか、あかねちゃん寝不足だったみたい』とか言われたら、どう返答しようか…。
トラブルに巻き込まれ、友雅のマンションに逃げ隠れたと連絡はしてしまったし。まさかあかねが友雅の部屋に泊まっていたんじゃ!?と問い詰められたら、どうするべきか。

……まあ、しらばっくれていれば良いことなのだが、何せ頭の中が落ち着いていない天真には、自分が考えていることさえまとまらない状況だった。

あかねはバスルームに逃げ込んでから、それっきり出てこない。
そして友雅は、リビングのチェストの中を引っかき回して、パスケースを取り出して中身を探っている。

……まったく。
あかねとどうにか成就してしまった今、友雅の行動はエスカレートしっぱなしだ。
これまで蘭と遊びに行くことも多かったあかねも、最近の週末はこんな調子で、常に彼が先約を独占し続けている。
相手が恋人じゃ仕方ない…と思いつつも、遊び仲間の友達を独占されるのは、蘭も面白くない様子で。
どうにかこうにか、日帰り旅行に出掛ける約束をしたのに、まさか前日に友雅が手を回していたとは思うまい…。

ったく!ちょっとは遠慮しろよっ。
などと、あれこれ一人で模索している天真の目の前に、ぴらっと五千円札が一枚差し出された。
一体何だ?と思っていると、次にはテーブルの上に置きっぱなしになっていた、天真の携帯が放り投げられた。
「さ。タクシー代を貸してあげるから、車を呼んで自宅に戻りなさい。」
「は、はあっ?」
急に何を言い出すかと思ったら…。
驚いている天真に友雅は、半ば強引に携帯を握らせた。
それでも、至って表情はにこやかで…。
この状況でその笑顔…何だか恐いような気が。

「明日、君の妹君と約束の時間までには、ちゃんとあかねを送って行くから。彼女にも、そう言っておいてくれるかい?」
友雅は笑顔のまま天真の腕を引き上げると、そのまま彼の背中を廊下へ押し出す。
「少しの時間でもかくまってあげたんだから、これくらいで感謝しなさい。」
「ちょ、ちょっと待て!おい!」
天真が何を言おうと、友雅はぐいぐいと彼を玄関まで連れていった。
まるで、追い出すかのように(多分、そのつもりなのだろうが)。


ドアロックを開けると、友雅はシューズボックスの上にある小物入れから、一枚の名刺を取り出して天真に渡した。
そこに書かれていたのは、最寄りのタクシー会社の連絡先とドライバーの名前。
「ここに電話して、タクシーを呼んでお帰り。」
「ちょっと待った!おい、せめてタクシーが来るまで……」
部屋の中で待たせてくれたって良いだろうが!
こんな木枯らしの吹く秋の夜に、外に放り出すなんて!と文句を言おうと思ったのだが、友雅はにっこりと微笑んで、天真の額を指先で小突いた。
「駄目。これ以上君に居すわられたら、浴室から出てこられないあかねが、風邪を引いてしまうからね。」
「っていうか、出てこられない状況にしたのは、おっ…おまえだろうが!」
さすがにそれくらいは言わせてもらわなくては。
だが、相手も言葉では負けていない。
「私だけなら、あんな格好でも気にせず出てこられるんだけどねえ。さすがに無関係の他人がいては…恥ずかしいんじゃないかな。」
何から何まで、ああ言えばこう言うで。
刺激的な意味合いの内容さえ、ためらわず言ってのけて。

それにしても、どうしてあかねがいることに気付かなかったのか…。
不思議に思っていた天真だったが、ふと足元に目を落としてみる。
そうだ、靴がないのだ。
あかねがいるなら、彼女の靴があるはずなのに、それがない。だから、先客がいるのが分からなかったのだ。
「…あかねの靴、何でないんだよ?」
天真が尋ねてみると、友雅はさらっと答えを返す。
「ちょっと隠しておいたんだよ。」
「何でそんなことするんだよ、おまえっ」
「そりゃ、彼女が帰れないようにするために。」
…何てヤツ!悪びれもせず、そんなことをしゃあしゃあと言ってのけて!

ついでに、更にもう一言。
天真の耳にこっそりと、耳打ちをするように告げる。
「浴室の着替えを隠したのも、同じ理由。」
「このっ…悪党策士がぁっ!!!」
思わず払い除けてやろうと手を掛けたが、逆にぽん、と肩を叩かれて、天真の足はふらっと後ろによろめき、玄関の外に出てしまった。

「明日のお休みは君の妹君にあかねを譲るから、それまでの時間は…私たちの邪魔をしないでくれるね?」
最後にもう一度にっこりと笑ったかと思うと、友雅はそのドアをパタンと閉めた。
そしてすぐに、ガチャン…と内側のロックが下ろされた音が聞こえた。



深夜に外へと閉め出された天真は、呆然とマンションの部屋の前で佇んでいた。
ひゅうっと冷たい夜風が頬をかすめると、遠くに聞こえてくる犬の遠吠え。
……空しさを醸し出すには、あまりに出来すぎるほどの演出だ。
「…最初から着払いで、タクシー呼んで帰りゃ良かった……★」
ぽつりと天真はつぶやくと、逃げるように非常階段を駆け下りながら、携帯でタクシー会社の番号を押した。

カサカサと足元に集まる色づいた枯葉は、建物の前にある桜の木のもの。
葉も少なくなってきた木々の姿は、見ているだけで寒さを感じさせる。
なかなかやってこないタクシーを待ちながら、ふと見上げた最上階の角部屋…。

「ちっ、色づきやがってこのぉ…」
電気の消えたその部屋を尻目に、天真は寒そうに腕を抱えた。




--------THE END




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2008.11.23

Megumi,Ka

suga