Rainbow in the Rain

 005

夢の世界から抜け切れていない身体を、軽く揺する手がある。
気付き始めた意識と共に、耳を澄ませてみると…自分の名を呼ぶ彼女の声。
「友雅さん…、ねえ、ちょっと起きてっ」
まるで朝日の中を元気に飛び回る、小鳥のさえずりみたいだ。
耳を傾けているだけで、穏やかな気分になってくる。
「んもうっ!お願いですからっ!ちょっとだけ起きてくださいよぉーっ!」
今度はさっきよりも強く、あかねは友雅の身体を揺り起こす。
さすがに目が覚めて瞼を開けると、まっさきにあかねの顔が視野に入る。
「…ん…おはよう。随分早いね…」
「挨拶は良いですから、すぐに起きてください!」
目覚めのキスをせがもうと思ったのに、すぐにあかねはベッドから飛び降りて、窓のそばへと駆けてゆく。
朝から何を急いでいるんだろう?
不思議に思いながらも、友雅は彼女の後を追い掛けるように、ベッドから降りた。

「どうしたんだい?朝からそんなに焦って」
あかねのそばに辿り着いて、後ろから抱きしめようとしたとき、彼女がばっとカーテンを開けた。
明けたばかりの京都の朝。空は青空。
その空に……ふんわりと掛かっている幾重もの色のアーチ。
「すごいでしょ!朝から虹ですよ、虹!」
「………」
思いも寄らなかった景色に、さすがの友雅も言葉が出ず、景色に目を奪われた。
虹なんて見たのは、何年ぶりだろう。
空を眺める機会さえ、最近になってやっと増えてきたというのに。

「綺麗でしょうー!?何か、今日はすごく良いことが起こりそうな気がしません?」
「…そうだね。こんなものが見られるなんて、滅多にあることじゃない。」
昨日は雨に降られるという予想外の一日だったのに、今朝は違う意味で予想外だ。
一緒に目覚めた朝、一緒に眺めている青空の虹。
あかねは言うように、今日の二日目は良いことがあるのでは…と、否応でも期待してしまうじゃないか。 
彼女を後ろから抱きすくめて、そんな風に考える。


「ところで、今は何時くらいだろう?」
「今ですか?多分…6時ちょっと過ぎくらいだと思いますけど。」
少し視線を眼下に向けると、こんな朝早くから歩いている人が結構いる。
車も割と走っているし、平日だから世間は始動時間が早いのか。
「ちょっと時間が早いけど、どうかな。今から出掛けてみないかい?」
今から…って、まだ7時前なのに?
こんな朝早く観光出来るところなんて、どこにもないような……。
「お寺とか神社なら、開くのも早いよ。」
そうか。そういえばお寺とかは、朝からおつとめをしているから…朝早くて夜は早いのだ。

「でも、朝ご飯はどうするんですか?ホテルのモーニングは、だいたい7時くらいからですよ?」
今日も一日めいっぱい楽しむつもりだし、朝はしっかりと摂らなければ、歩き回る体力が持続出来そうにない。
軽めでも、ちゃんと朝は食事をすること!
あかねが友雅にいつも言っていることだけに、スルーするわけにはいかない。
「ぶらぶらしているうちに、店も開いてくるんじゃないかな。モーニングをやっているカフェも、結構多いみたいだし。」
と、窓際のテーブルに置いたままだった、あかねのガイドブックを友雅はぱらっとめくる。
夕べあかねが入浴中に、暇つぶしに目を通していたのだ。
京都は昔ながらの老舗カフェも有名で、早くからモーニングを目当てに訪れる客も多いとか。
「こんなに良い天気なんだし、散歩しながらそのまま観光に…っていうのも、良いと思うんだけどね。」
「そっか。そうですね!」
観光名所が開いていなくても、辺りを歩けばまた違った雰囲気を味わえる。
そういう楽しみも、決して悪くない。

「じゃ、出掛ける用意しましょう!」
薄くなってきた虹に背を向けて、早朝から外出の支度を始める。
「いやいや、まだダメ。お目覚めのキスがまだだし?」
「ええ〜っ?」
捕まれた腕はもちろん離してなんかくれない。
近付いてきたその唇に、触れなければずっとこのまま。
でも、それは決して嫌じゃないから--------------------

「あかね」
両頬を包んでいた手で、さらさらした髪を掻き上げて。
くりかえし、愛しさをキスに込めながら、時々彼女の名を呪文のように唱える。
「あかね…これからも、私のそばにいてくれるかい?」
「…ん?…うん」
友雅の腕の中で、ちょっと照れたようにあかねはうなずく。
その表情は、笑顔。彼の一番好きな、あかねの表情。
「ふふ…やっぱり、御利益あったかな」
神社のお参りが効いたのか。
二人でお揃いの御守りが効果あったのか。
それとも……朝から目を楽しませてくれた、あの虹のおかげ?
憂鬱な雨雲は、もう記憶の彼方。
七色の橋が、まるで二人の未来を照らしているよう。

「好きだよ。そんな言葉じゃ言い尽くせないけど。」
頬を染めながらも、嬉しそうな顔であかねはしがみついてくる。
空を彩っていた虹よりも、彼にとってはその存在が何よりも眩しい。
「これからは、愛してあげるからね」
恋愛成就のお祈りを捧げて、そのあとは我が身で勝負。
ほんの少しの不満さえも、口にする余裕なんか与えてやらない。

そんな彼に身を寄せて、思い切り背伸びしてあかねが耳打ち。
「私も…だ・い・す・き」
可愛い声が、胸をときめかせる。
「よし、決めたよ。今日の恋愛成就のお参りの時には、昨日とは違った願い事をすることにしよう。」
「え?何をお願いするんですか?」
「あかねから、"愛してる”って言ってもらえますように、って」
笑いながら、友雅はそんなことを言う。

「私も今日からは、真面目にお祈りしなきゃね」
なんてことを話しつつ、彼はクローゼットのドアを開けて、着替えを取り出す。
朝日はすっかり町を明るく照らしていて、部屋の中も照明がなくとも暗くない。
友雅に背を向けて着替えながら、あかねは思う。
…恥ずかしくって、そんなの口に出来ないけど…。
でも、ちゃんと思ってる。
私だって"大好き"の言葉じゃ、とても表現しきれないくらい…好き。
それこそ友雅さんが言う、"愛してる”に値する気持ちだと思う。

何のかんので、支度が済んだのは7時過ぎ。
ホテルのモーニングタイムは始まっているけれど、最初の予定を優先して、まずは外へ出よう。

「朝の空気を吸ってからの方が、ご飯もきっと美味しいですよね」
腕を組んで、部屋のドアを閉めて、さあ出発。
虹に祝福された今日一日は、二人に大切な想い出を与えてくれるだろう。




--------THE END




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2010.5.16 Special Thanks Request <Selen-sama>

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