夢の世界から抜け切れていない身体を、軽く揺する手がある。
気付き始めた意識と共に、耳を澄ませてみると…自分の名を呼ぶ彼女の声。
「友雅さん…、ねえ、ちょっと起きてっ」
まるで朝日の中を元気に飛び回る、小鳥のさえずりみたいだ。
耳を傾けているだけで、穏やかな気分になってくる。
「んもうっ!お願いですからっ!ちょっとだけ起きてくださいよぉーっ!」
今度はさっきよりも強く、あかねは友雅の身体を揺り起こす。
さすがに目が覚めて瞼を開けると、まっさきにあかねの顔が視野に入る。
「…ん…おはよう。随分早いね…」
「挨拶は良いですから、すぐに起きてください!」
目覚めのキスをせがもうと思ったのに、すぐにあかねはベッドから飛び降りて、窓のそばへと駆けてゆく。
朝から何を急いでいるんだろう?
不思議に思いながらも、友雅は彼女の後を追い掛けるように、ベッドから降りた。
「どうしたんだい?朝からそんなに焦って」
あかねのそばに辿り着いて、後ろから抱きしめようとしたとき、彼女がばっとカーテンを開けた。
明けたばかりの京都の朝。空は青空。
その空に……ふんわりと掛かっている幾重もの色のアーチ。
「すごいでしょ!朝から虹ですよ、虹!」
「………」
思いも寄らなかった景色に、さすがの友雅も言葉が出ず、景色に目を奪われた。
虹なんて見たのは、何年ぶりだろう。
空を眺める機会さえ、最近になってやっと増えてきたというのに。
「綺麗でしょうー!?何か、今日はすごく良いことが起こりそうな気がしません?」
「…そうだね。こんなものが見られるなんて、滅多にあることじゃない。」
昨日は雨に降られるという予想外の一日だったのに、今朝は違う意味で予想外だ。
一緒に目覚めた朝、一緒に眺めている青空の虹。
あかねは言うように、今日の二日目は良いことがあるのでは…と、否応でも期待してしまうじゃないか。
彼女を後ろから抱きすくめて、そんな風に考える。
「ところで、今は何時くらいだろう?」
「今ですか?多分…6時ちょっと過ぎくらいだと思いますけど。」
少し視線を眼下に向けると、こんな朝早くから歩いている人が結構いる。
車も割と走っているし、平日だから世間は始動時間が早いのか。
「ちょっと時間が早いけど、どうかな。今から出掛けてみないかい?」
今から…って、まだ7時前なのに?
こんな朝早く観光出来るところなんて、どこにもないような……。
「お寺とか神社なら、開くのも早いよ。」
そうか。そういえばお寺とかは、朝からおつとめをしているから…朝早くて夜は早いのだ。
「でも、朝ご飯はどうするんですか?ホテルのモーニングは、だいたい7時くらいからですよ?」
今日も一日めいっぱい楽しむつもりだし、朝はしっかりと摂らなければ、歩き回る体力が持続出来そうにない。
軽めでも、ちゃんと朝は食事をすること!
あかねが友雅にいつも言っていることだけに、スルーするわけにはいかない。
「ぶらぶらしているうちに、店も開いてくるんじゃないかな。モーニングをやっているカフェも、結構多いみたいだし。」
と、窓際のテーブルに置いたままだった、あかねのガイドブックを友雅はぱらっとめくる。
夕べあかねが入浴中に、暇つぶしに目を通していたのだ。
京都は昔ながらの老舗カフェも有名で、早くからモーニングを目当てに訪れる客も多いとか。
「こんなに良い天気なんだし、散歩しながらそのまま観光に…っていうのも、良いと思うんだけどね。」
「そっか。そうですね!」
観光名所が開いていなくても、辺りを歩けばまた違った雰囲気を味わえる。
そういう楽しみも、決して悪くない。
「じゃ、出掛ける用意しましょう!」
薄くなってきた虹に背を向けて、早朝から外出の支度を始める。
「いやいや、まだダメ。お目覚めのキスがまだだし?」
「ええ〜っ?」
捕まれた腕はもちろん離してなんかくれない。
近付いてきたその唇に、触れなければずっとこのまま。
でも、それは決して嫌じゃないから--------------------
「あかね」
両頬を包んでいた手で、さらさらした髪を掻き上げて。
くりかえし、愛しさをキスに込めながら、時々彼女の名を呪文のように唱える。
「あかね…これからも、私のそばにいてくれるかい?」
「…ん?…うん」
友雅の腕の中で、ちょっと照れたようにあかねはうなずく。
その表情は、笑顔。彼の一番好きな、あかねの表情。
「ふふ…やっぱり、御利益あったかな」
神社のお参りが効いたのか。
二人でお揃いの御守りが効果あったのか。
それとも……朝から目を楽しませてくれた、あの虹のおかげ?
憂鬱な雨雲は、もう記憶の彼方。
七色の橋が、まるで二人の未来を照らしているよう。
「好きだよ。そんな言葉じゃ言い尽くせないけど。」
頬を染めながらも、嬉しそうな顔であかねはしがみついてくる。
空を彩っていた虹よりも、彼にとってはその存在が何よりも眩しい。
「これからは、愛してあげるからね」
恋愛成就のお祈りを捧げて、そのあとは我が身で勝負。
ほんの少しの不満さえも、口にする余裕なんか与えてやらない。
そんな彼に身を寄せて、思い切り背伸びしてあかねが耳打ち。
「私も…だ・い・す・き」
可愛い声が、胸をときめかせる。
「よし、決めたよ。今日の恋愛成就のお参りの時には、昨日とは違った願い事をすることにしよう。」
「え?何をお願いするんですか?」
「あかねから、"愛してる”って言ってもらえますように、って」
笑いながら、友雅はそんなことを言う。
「私も今日からは、真面目にお祈りしなきゃね」
なんてことを話しつつ、彼はクローゼットのドアを開けて、着替えを取り出す。
朝日はすっかり町を明るく照らしていて、部屋の中も照明がなくとも暗くない。
友雅に背を向けて着替えながら、あかねは思う。
…恥ずかしくって、そんなの口に出来ないけど…。
でも、ちゃんと思ってる。
私だって"大好き"の言葉じゃ、とても表現しきれないくらい…好き。
それこそ友雅さんが言う、"愛してる”に値する気持ちだと思う。
何のかんので、支度が済んだのは7時過ぎ。
ホテルのモーニングタイムは始まっているけれど、最初の予定を優先して、まずは外へ出よう。
「朝の空気を吸ってからの方が、ご飯もきっと美味しいですよね」
腕を組んで、部屋のドアを閉めて、さあ出発。
虹に祝福された今日一日は、二人に大切な想い出を与えてくれるだろう。
--------THE END
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