Rainbow in the Rain

 004

日本らしいものに溢れた土地に来ているのに、夕食はイタリアンのコースを選んだ。
本格的な日本料理は、明日以降にどこかの料亭で楽しむとして…今日の〆はカジュアルなものを、ということで。
しかしこのイタリアンもなかなかで、綺麗なアンティパストやドルチェには、あかねもご満悦のようだった。

部屋に戻って、あかねにバスルームを使わせたあと、入れ替わりで友雅が入った。
男の入浴時間はそれほど長くないので、30分もすればすべて済む。
髪を乾かしながらドアを開けると…あかねはベッドの上でごろごろしている。
広いダブルベッドの上には、細やかなものが乱雑に置かれて。
散々今日も見ていたガイドブックを広げ、白い素足をリズミカルにばたばた。
「明日の予定を思案中?」
「そうです。お天気が良かったら、嵐山とか行きたいなあ〜と思うんですけど」
桂川に掛かる渡月橋から望む、広大な嵐山の景色や水の音。
まっすぐに伸びる青々とした竹林と、その辺りに並ぶお店も見逃せない。
「で、行きたい所は?」
「えっと、まずは渡月橋でしょ。あと天龍寺とかお庭綺麗みたいだし。」
あかねはガイドブックを、友雅の方へ広げてひとつずつ説明し始めた。
お寺や名所、もちろん甘味所や食事処、お土産もの屋も欠かさずに。

「あと、ここ、野宮神社も。」
指差したそこは、竹林を抜けた先にある神社。
古くから斎宮の潔斎の場所に使われたようで、源氏物語にも登場する神社だ。
「ここも縁結びと恋愛関係のご利益があるんですよ」
あかねの指差す記事の写真には、確かにピンクのハート模様が記されている。
「でも、源氏物語の話を照らし合わせると、ここは別れの場所じゃなかった?」

-------源氏物語第十帖『賢木』。
娘が斎宮として伊勢に下るため、彼女に着いて行く六条御息所。
そんな彼女と源氏が別れる、最後の場面。
「となると、恋愛成就とは逆なような気もするんだけどねえ」
「………」
友雅の話を聞いていて、あかねは黙ってしまった。
黙ったまま、また何かを考えている様子。

しばらくして、ぽつりとつぶやく。
「やっぱ、行くのやめようかな…」
「やめるの?」
「だって…友雅さんの話を聞いてたら、もっともらしいんだもの…」
恋愛成就とか書かれているけれど、あの話を思い出したら複雑な気分。
ホントにちゃんとご利益あるのかな?なんて疑問を抱いてしまう。

「ま、所詮は創作の世界だから。あんまり考えすぎなくて良いんじゃないかな」
あかねの隣に寝転がって、彼女の頬に手を伸ばす。
「逆に、そういう悲しい二人にならないよう、ちゃんと恋が成就出来るようにって、しっかり神様が祀られているのかもしれないよ」
「そうかなあ…」
「そういうことにしておきなさい。そもそも、今更あかねが恋愛成就なんて、望む必要ないんだから。」
頬に伸びていた手が背中にまわり、細い身体を抱き寄せる。
同じシャンプーの香りがする髪に唇を近付け、そのまま濡れた唇へ。
少し控えめなライトの明かりは、部屋の中をぼんやりと照らす。

「あ、あの…!」
がばっとあかねが起き上がり、枕元に転がっていた小さな紙袋を手に取った。
チャリン、と軽やかな音が響き、中から取り出したそれは、金と銀のハート型にすずが着いたキーホルダー二つ。
「はい、これ。友雅さんの分。」
金色のハートをあかねは握りしめ、銀色のハートは友雅に手渡した。
今日出掛けた神社で買った、えんむすびのお守り。
既に相手がいる人たちに、更に縁が深まるように…というお守りらしい。
ちなみに、これを買おうと言い出したのは彼だ。
「私、お財布に着けよ。友雅さんも、ちゃんと着けて下さいね!」
「うーん…でも、この形は少々気恥ずかしいかな」
銀色だけど、ハート型だし。
どちらかというと、この形は女の子のものだろうと思うのだが。

「でも、ちゃんと着けるよ。ご利益が得られないと困るものね」
友雅は椅子の上に置いたジャケットから、家の鍵を取り出した。
黒革のキーケースに、銀色のそれをしっかりと取り付けて揺らしてみると、涼しい音が響く。
対になった金と銀のハートは、お互いに相手を引き寄せる。
自然に距離は狭まって、いつしか離れ難くなって-----ひとつになれたら良い。

「そろそろ明日のために、早く休もうか」
「うん、そうですね」
さっそくあかねはブランケットを広げ、整えられたシーツをぽんぽんと叩く。
丁度良くシーツが柔らかくなると、片方の枕にごろりと横たわった。
「…ふう。この御守り、力が弱すぎるのかな」
「は?」
隣にやって来た友雅が、呆れた顔であかねを見下ろす。
見下ろされている本人は、ぽかんとして彼の言葉をまだ理解していなさそう。
そんな彼女の鼻の先を、友雅はつんと指で弾く。
「あのね、『早く休もう』って言われたら、『そうですね』なんて返事はしないものなんだよ。」
意味深に微笑んで、彼は身体を近付けてくる。

「少しは誘惑しなさい、私を。」
「……はい?」
びっくりして起き上がろうとしたあかねを、友雅の手がそのままベッドに倒す。
上に重なるように身を乗り上げて、そのままあかねの耳元に沈む。
「『そんなに早く眠らせちゃ、いや』とか言ってごらん」
「はあっ!?」
湯上がりから随分経ったのに、またじんわりと身体に熱が沸き上がる。
わたわたするあかねを堰き止め、唇も身体もすべて彼女の上に重ねて。
「昼間の神社でも分かっただろう?私はね、ご利益が叶うのを待ちきれない性格なんだ。」
背中に手を忍ばせて、強く抱きしめる。
逃がさないように。
「だから、欲しくなったらすぐに、遠慮なく奪う気満々なんだよ」

--------それを充分理解して…常に覚悟しておいてね。

最後に彼が言ったのは、そんな台詞。
指先と指先が、絡みあう。
抱きしめられて、伝わる彼のぬくもりが暖かい。
熱を帯びていたのは自分の方で、今も熱くて仕方がないのに、このぬくもりはとても心地良い。

しとしとと、夜の雨は降り続けている。
いつ止んでくれるんだろう……なんて、もうそんなことどうでも良くなって。
二人きりの古都の夜は、長く深く更けてゆく。



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Megumi,Ka

suga