Rainbow in the Rain

 003

「はあー。いろいろお参りするところがあるんですねー」
それほど広い境内ではないのに、小さなお社がいくつも存在する。
他にも縁結びに関するものが、あちこちに。
銅鑼を鳴らしたり、地蔵に水を掛けたり、ひとつだけ願いの叶うお社に手を合わせたり。
「友雅さんも何かお願いごとしました?」
「ふふっ…一応ね。叶うと良いんだけど。」
良縁・えんむすび・恋愛成就-----------恋にまつわるエトセトラ。
この恋がずっと続きますように。
そんな、柄にもないピュアな願い事をしてみる。
真剣に手を合わせて祈る、彼女の横顔を眺めながら。

「あ、これこれ!これやりたかったんです!」
本殿前にある小さな岩のまわりに、何人かの女性たちが集まっている。
あかねもすぐに、そこへと走っていった。
しめ縄が結ばれたふたつの岩。"恋占いの石”と書かれている。
「目をつぶって、反対側の石に辿り着けたら、恋が叶うんだそうです」
「うん?それじゃあかねの恋は、まだ叶っていたかったのかい?」
「もー。だからそれとは別ですって。ちょっとやってみたいだけですよ」
丁度人が途切れたので、あかねは急いで石の前に立った。

「じゃあ、いきますねー」
そう言ってぱちっと瞼を閉じ、何度か深呼吸をして落ち着かせる。
慎重に第一歩。そしてもう一歩……。
目的地に向かおうと、真剣そのものであかねは歩く。
その後ろに、おみくじや御守りではしゃぐ女性たちがいた。
恋愛はいつの時代も、女性にとって大切なもの。
そんなもので生き生きとしている姿は、男から見ても愛らしいと感じる。
ここにいるあかねも…。

でも、男だってね、やっぱりそういうことは気になるんだよ。
本気で愛した人が出来たら…いろいろ考えてしまう。
どうやって彼女を愛したら、微笑んでくれるか。
いつまでも一緒にいられるには、どうすればいいのか…なんて、些細なことから将来のことまで。

-------だけど、神頼みばかりじゃいけないよね、男としては。
友雅の手が、石に向かって歩くあかねの方に伸びた。
「ひゃ、きゃあっ!」
思わず閉じていた目を、ぱっと開けてしまった。
いきなりぐいっと腕を引っ張られ、石に辿り着く前にあかねの身体は、友雅の胸の中に転がり込む。
「きゃんっ!何でぇっ!もう少しだったのにーっ」
目的地まで、あと2メートル弱。
順調に進んでいたのに、目前で強奪されるように友雅に阻止されてしまった。
「で、辿り着けない場合はどうなるんだい?」
「辿り着けない回数が増えるたび、成就が遅れちゃうんですよっ」
誰かに誘導してもらいながら辿り着いたら、人の助けを受けて成就するとか…いろいろ諸説ある。
となると、この場合はどう解釈すれば良いか?
途中で、恋人に邪魔をされたとしたら?

「恋人の方から奪いに来る…っていう感じじゃないかな」
「そんなのってアリですかぁ〜っ!?」
……少なくとも私は、今そういう気持ちでいるんだよ。
耳朶に唇が触れて、流れ込む甘美な囁く声。
思わず腰が抜けそうになるのを、友雅に抱かれて何とか踏み止まる。
「も、もうこんなとこで、そんな台詞言わないでください〜っ」
「でもねえ、口説きたくて仕方ないんだよねえ」
そんなはっきりと言われても、どうしたら良いか。
他にも観光客のいる公衆の面前じゃ…彼の想いに応えられない。


ポツ。
熱を帯びた頬に、ひやりとする滴が落ちてきた。
ポツ、ポツ、とそれらは少しずつ増えて行き、空からさあっと冷たいシャワーが降り注ぐ。
「きゃーっ!友雅さーんっ、雨降ってきたあーっ!!」
気付かなかったが、あんなに青かった晴天の空はいつしか姿を変え、大きな雲が広がっていた。
その中から、この雨は一気に降り出している。
雨宿りのため、あかねを本殿の方へ連れていった。
カラカラに乾いていた地上の色が、雨を吸ってどんどん色濃く変わる。

「…車を呼んで、取り敢えずホテルに帰ろうか。この雨じゃ、他を回るのは厳しいしね。」
本当ならあと数カ所、観てまわりたいところもあったのだが…天候にはどうやったって逆らえない。
仕方なくこれ以降の観光は諦めて、二人はホテルへと戻った。




にわか雨かと思ったのに、意外と雨足は簡単に去ってくれなかった。
部屋でひと休みしている間も、窓から見えるのは雨雲に包まれた京の夕暮れ。
「せっかくの旅行なのに、雨なんてついてない〜」
「でも、明日は晴れるみたいだよ。雨は今夜いっぱいみたいだ。」
テレビに映る気象情報は、今夜と明日の天気が映し出されている。
予報では、この雨は明け方までに止んで、綺麗な朝日が望めるだろう…と言っているが、果たして?
「この部屋からだったら、きっと見事な朝日が見られるだろうね」
「うーん…予報が当たれば、ですけどねぇ」
現状の景色を見ているうちは、やはり予報を100%信じる気にはなれない。
心の中では、そうあって欲しいと思っているけれど。

「まだ夕食には時間があるし、駅ビルとか見に行ってみる?」
雨さえ降らなければ、ホテルで手配してもらった祇園の料亭へ行くつもりだった。
しかしこの雨では、車で出掛けるのも億劫になってしまう。
すぐにホテル内のレストランに、急遽ディナー予約を入れてもらったが、それまで時間がありすぎる。
「駅ビルならホテルからそのまま行けるし、いろいろお土産とか売ってるところもあるよ。」
「…そうだ!お土産買って帰らなくちゃ!!」
はっとして、あかねは椅子から立ち上がった。
自宅へのお土産はもちろん、天真や蘭や詩紋や…その他もろもろ。
買い忘れたりしたら、あとで散々言われることは間違いない。

「お土産!お土産買いに行きましょう!今のうちに買っておかなきゃ!」
慌ただしくあかねはクローゼットに向かい、中に掛けていたカーディガンとバッグを取り出した。
スリッパを靴に履き替えて、ミラーで髪の毛を整えて…と、出掛ける用意をてきぱきと済ませて行く。
「こういう支度の時は、あかねは素早いね」
「だって、時間が勿体無いですもん。それに、早く行かないと限定スイーツとか、なくなっちゃうかもーっ!!」
一体いつのまに調べたのか。
彼女の頭の中には、既にデパ地下のご当地グルメの情報が、しっかり詰まっているようだった。



-----

Megumi,Ka

suga