Rainbow in the Rain

 002

ホテルで教えてもらった名所をポイントに、ようやくあかねたちは京都の町へと繰り出した。
学生の時に来た事はあるのに、全く印象が新鮮なことに驚く。
やはり、自分から行きたいと思って訪れるのと、ただ連れて来られるものとでは、心に残るものが違うんだろう。
この清水寺だって、"来たことがある"という覚えしかない。
でも、今回は見るものすべてが面白くて、楽しくて。
そんな気持ちになるのは、腕を組んで歩く人が一緒にいるからだ。

清水坂の店で少し遅めの昼食を済ませ、ぶらりと坂に並ぶ店を見て歩く。
「うわー、扇屋さん?並んでる扇、すごく綺麗ですよ」
きらびやかな絵巻を描いた舞扇。平安王朝そのままの檜扇。
見ているだけでうっとりしてしまう、艶やかさ。
「帰りに見て行こうか。手軽なものなら、着物とかの時に使えるよ。」
「そうですね!ひとつあってもいいな〜」
……なんて話しながら、寺に向かって歩き続ける。

すると今度は、友雅の方が足を止めた。
何か目に止まったものがあるのかな?と着いて行くと、そこは焼きものを扱う店だった。
「なかなか良い酒器が揃っているね」
店の棚を見渡して、並ぶものをひとつずつじっくり眺める。
ころりとした形のものや、鮮やかな塗りのあるものなど、種多様の酒器が揃う。
「でも、買ったら荷物になってしまうかな?」
これからまたあちこち歩くし、割れものではかさばってしまうかもしれない。
残念だが次の機会にしておこうか、と思った矢先、あかねが店にある張り紙に気付いた。
「地方へ発送もやってます、って書いてありますよ。発送してもらっちゃえば、割れる心配もないんじゃないですか?」
確かにそれは良い考えかもしれない。
輸送することを前提とするなら、店側も普通より強固な梱包をしてくれるはず。
荷物を持って歩くより、ずっと安心だ。
「そうだね。じゃ、あかねのアドバイスに従おうか。」
友雅はそう言うと、棚に並んでいた酒器をひとつ手に取った。
口がきゅっと締まって、雫のように下がまるみを帯びた徳利と猪口2つ。
黒い素肌に白い椿の絵がひとつ、華やかさを添えている風流なもの。
猪口の底いも椿があしらわれ、美しい品物だった。

「ねえ友雅さん、それ…私がプレゼントします!」
突然あかねが、そんなことを言い出した。
「これを?結構高いよ?」
「それくらいなら全然大丈夫です。セーフティラインですから平気です!」
他に並んでいたン万円のものだったら、そんなこと言えなかったけれど…これくらいの価格なら。
「だって、ホテルだってさっきのお昼だって、全部友雅さん持ちでしょう?だから、そのかわりにお土産は私が引き受けます!」
真剣な顔をして、あかねは身を乗り出してくる。
そんな目をされたら、さすがにあしらうことも出来ないのが、惚れた弱み。
「では、ここはお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「どうぞどうぞ〜」
満足げに笑う彼女の顔が、またこちらまでも嬉しくさせてくれる。

「あ、どうせなら私も何か可愛いのを選ぼうかなー」
商品は本格的なものから、手軽に使えそうなものまでいろいろだ。
値段もそれに沿って、リーズナブルな路線も揃えている。
桜模様の箸置きや、うさぎ絵のマグカップ。
茶碗や湯呑みなども、あかねの年くらいの女の子が好みそうなものがある。
予算と相談しながら悩みつつ、あかねはいくつかの箸置きと、少しレトロな桜のマグカップを選んだ。
それらをそっと籠の中に入れて、レジに向かおうかと思ったとき、近くで別の棚を見ていた友雅が振り返った。

「あかね、この湯呑みなんだけど…どちらか良い?」
彼が手にしていたのは、ふたつの湯飲み。
ひとつは酒器と同じような黒い地肌に、紅葉と桜模様が施されたもの。
もう片方は素朴なベージュの地肌に、萩の絵が金をあしらって描かれたもの。
「どっちが良いって言われても…友雅さんは?」
「私はどっちでも良いんだけどね。でもこれは夫婦湯呑みだから、あかねの意見を聞こうかと。」
「め、夫婦…湯呑みですかっ!?」
友雅は微笑みながら、かあっと顔を赤くするあかねからの答えを待つ。
そういえば後ろの棚には、同じデザインのひとまわり大きい湯飲みが、ちゃんと並んでいる。

「私の部屋で一緒に使うなら、こんな感じの方が良いじゃないか。」
茶碗や湯飲み、カップに箸。
部屋の主である友雅のものは、きちんと一式揃っているが、あかねが訪れた時に使うものは、いつも来客用のものだ。
もう、そんなかしこまった関係じゃないのに。
もっと近い、誰よりも近い存在同士だというのに…味気なさ過ぎる。
「で、どっちが良い?」
「えっ…と……じゃ、こっち…」
あかねが指差したのは、萩の絵柄の方だった。
友雅は片方を棚に戻して、代わりに対になった萩の湯飲みを取った。
「それじゃ、そろそろ会計を済ませようか。」
「あ、はい」
酒器とカップや箸置はあかねが支払い、夫婦湯飲みだけは友雅が支払った。
でも、届け先はすべて同じところへ。
あかねはすらすらと慣れた手で、伝票に友雅の住所を書いた。




「それにしても、あかねはよく悩むよねえ」
ぐるりと清水寺を観てまわったあとで、歩きながら友雅が言う。
さっきも音羽の滝に行き、どの水を飲めばいいだろうか…と、並んでいる間ずっと悩んでいた。
「で、結局何を飲んだんだい?」
「何かいろいろ本によって、御利益が違うんですよ。だから迷っちゃったんですけど、こっちのガイドブックを信じて"美容"にしました!」
"恋愛”の御利益があると書いてあるものもあるが、ないという本もあるし。
美容についてもそうなのだが、ここは自分に良いもので解釈しておくことにする。
「欲張りだね。そんなに綺麗になりたいのかい?」
「当たり前です!女の子ですもん。」
いくつになったって、綺麗になりたいのは女性の願い。
恋人がいてもいなくても、それは変わりない。
好きな人がいれば…なおさら。

「まったく…。今よりもっと綺麗になって、私を心配させるつもりなのかい?」
ぐっと肩を抱き寄せられて、耳元に唇が近付く。
平日だけど観光客の絶えない付近で、こんなことされたら困ってしまう。
「あ、ほらっ友雅さん!あそこの神社ですよ、恋愛の御利益がある神社!」
彼の腕から逃げる口実を見付けて、あかねはさっと足早に歩き出した。
目指すは京都でも有名な、えんむすびと恋愛の御利益を持つ地主神社。

「先に行きまーす!」
あかねはとんとんと階段を駆け上がり、石造りの鳥居をくぐり抜けて本殿へと向かった。



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Megumi,Ka

suga