Rainbow in the Rain

 001

真っ青の、雲ひとつない澄んだ青空。
まるで夏が訪れたみたいに、勢いのある太陽の光が新幹線の先端を照らしている。
平日の午前中。
東京駅の新幹線ホームにいる人たちは、殆どがビジネスマンらしきスーツ姿の男性ばかり。
「ねえ友雅さん、お弁当買いますー?」
「私は良いよ。向こうに着く頃には昼になるし。」
「えー?でも二時間半も電車に乗ってたら、絶対お腹すいちゃいますよー?」
売店の外で待機している友雅に、中からあかねが声を掛ける。
彼女が持つ籠には、ペットボトルのドリンクやお菓子、そして駅弁も。

まるで遠足に行くような感じだねえ…。
朝からテンション上がりっぱなしのあかねを、友雅は微笑ましく眺めながら思う。GWが終わって、誰もが通常生活に戻りつつある平日を狙って、二人は旅に出る予定を立てた。
連休中はどこも混んでいるから、ということで日程をずらして。その分、ちょっと遠いところへと。
でも、海外に行けるほどの時間はないから、国内限定ということで決めた行き先は
----------千年の都・京都。
桜の時期ではないことが残念だが、春まっただ中の新緑に包まれた都も、また美しいことだろう。
近代的な方向へ進歩する都会とは逆行して、今よりもっと昔。
遙か昔の日本が残る土地へ。
忙しい日々から離脱し、ゆっくりと流れる時間を二人で楽しむ旅に、これから出発する。

「お待たせしましたー」
売店の袋を右手に、左手にバッグを抱えてあかねが店から出て来た。
「じゃ、そろそろ中に入ろうか。」
足元には、二人分のトラベルバッグ。
男の荷物なんてたかがしれているけれど、女性は短い旅行でもずっしり重い。
「荷物は私が持っていくから、先に席を探しておいてくれるかい?」
「はーい、分かりました」
リズミカルな足取りで、あかねは新幹線に乗り込む。

バッグの中からチケットを取り出し、座席を確認しながら車両を歩いて行くと、お目当ての席が見つかった。
車内は満席ではないが、パソコンを広げている人も多い。
大声を出すのは気が引けるから、身振り手振りで友雅に場所を教える。
あかねの姿を見つけて、友雅はそこへと向かった。
荷物棚にバッグを乗せて、ジャケットも車内では必要ないか、と一緒に上げる。
ようやく席に着いて、あとは京都までのんびり到着を待つだけ。

「あかね、こっちの席で良いのかい?」
「え?だってチケットだと、私はこっち側ですよ?」
差し出して見せた彼女の座席番号は、12-D。確かに、通路側だ。
しかし、友雅は自分のチケットを、その場で彼女のものと取り替えた。
「窓側に座りなさい。今日は良い天気だし、きっと綺麗な富士山が見えるよ」
あっ、と気付いたように、あかねは小さな窓の外を見た。
進行方向の右の窓からだったら、良い位置で目の前に富士山が広がる。
「ね。せっかくなんだから、良い景色を楽しみなさい」
「…ありがとうございます!」
一緒に旅行なんて、滅多に出来るものじゃない。
だからこんな時こそは、楽しげな彼女を見ていたいのだ。
それこそが自分にとって、幸せを味わえるものなのだから。


+++++


二時間半の乗車時間を経て、二人は京都に到着した。
改札を出てすぐにホテルに行き、チェックインと荷物を預けてしまえば…あとはお待ちかねの自由行動。
「さて、どこに行こうか。先にランチにする?」
「えーとー…どうしようかな」
バッグの中から、あかねはガイドブックを取り出す。
車内でもずっとそれを広げて、どこに行こうかとプランを練っていたようだが、目移りしてなかなか決まらない。
「あかね、ラウンジに移動しようか。」
ロビーのソファに座って、悩んでいるあかねに友雅が言った。
「取り敢えずお茶でも飲みながら、相談し合うっていうのは?」
幸いまだお昼前だし、少しひと休みしてから出掛けても、充分観光は出来る。
いつもとは違う、ゆっくりした時間を楽しみに来ているのだ。
慌てて行動するなんて、つまらない。


宿泊客専用のラウンジで、さっそくあかねはガイドブックを取り出した。
さっき見ていたものだけではなく、実は他に3種類ほど忍ばせてあった。
「やっぱり京都だから、定番のお寺とか神社も見て回りたいなー」
「神社?何か願掛けでもあるのかい?」
「え、それは…」
年頃で、恋愛中の女の子がお願いすることと言ったら…たったひとつ。
ガイドブックには、ご利益のあるお寺や神社がたくさん載っている。
でも、多すぎて逆に決められないのだ、困ったことに。

すると、ラウンジの奥の方から一人の女性がやって来た。
「お出掛け先をお探しですか?」
きっちりとした制服と物腰を見ると、どうやら彼女はホテルのスタッフのようだ。
宿泊客のために、観光のアドバイスなどを承る、いわゆるコンシェルジュらしい。
「あ、あのー…神社とか行きたいんですけど、いろいろ多すぎて、どこが良いのか迷っちゃって…」
「そうでございますか。それぞれご利益もございますし…、宜しければお手伝い致しましょうか?」
友雅の方をちらっと見ると、"そうしなさい"とすぐに返事が返って来た。
このまま悩み続けたら、夜になってしまうかもしれない。
スタッフのお言葉に甘えで、指示を仰ごう…とあかねは決めた。

場所をカウンターに変えて、スタッフの女性はパソコンを起動する。
「どのようなご利益をお望みですか?」
「えーと……」
と、あかねが切り出そうとした横から、先に答えた者がいた。
「そりゃもちろん、恋愛のご利益だよね?」
隣に腰掛けて肩を寄せて、少しこちらを覗き込むように傾けた視線に…ちょっとドキッとする。
「一応成就はしているんだけど、維持出来るように。または、更に発展しますように…って感じかな?」
発展って…?
維持というのは分かるけど、成就したあとで更に発展って、どういうことだろう?
ぽかんとしているあかねに、スタッフがにこやかに話しかけて来た。
「では、良縁などのご利益も兼ねた神社など、如何でしょう?」
「えっ!りょ…良縁っていうことは、それはっ…」
「ああ、そうだね。それが良いな。そのあたりを見繕ってもらえないかな」
行き場所を探していたのはあかねなのに、いつのまにか友雅が返事をしている。
かしこまりました、とスタッフは友雅の言葉を引き受け、手元のキーボードをパチパチと叩き始めた。



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Megumi,Ka

suga