Lover's Blend

 002
「詩紋から『バイトを探している友達がいる』って聞いてね。別にうちの店は、詩紋一人で十分手の足りるくらいの繁盛なんだけれども。」
友雅は自分のカップに残りの紅茶を注ぎ、あかねと向かい合ったままでゆっくりと話を始める。
「だったら別に…面接に来いなんて言わなくてもいいじゃないですかー!」
「いやいや、よく聞いてみたら是非この娘はうちの店に欲しい逸材だな、と思ってねえ?」
「冗談ばっかりっ!それが私だって知ってて面接に呼んだんでしょう!?」
少しぬるくなった紅茶を、こくんと喉に通らせる。猫舌気味のあかねにとっては、丁度良い温度に冷めていて、それでいながら香りは全く衰えていない。
「本当だよ。この店にあかねがいてくれたら、店主はさぞかし嬉しいと思うよ。」
そう言いながら、いつもの甘い瞳でじっとこちらを見つめる。そうすればあかねの頬が、少しずつ染まっていくことを知っているから。


 ひとまわりも違う年の差がある二人は、これでもれっきとした恋人同士だ。
 三十も過ぎた喫茶店の店主の友雅と現役女子高生のあかねが、出会って恋に落ちるきっかけな どそうそうないと思われがち
 だが、そんな偶然のような出来事というのは100%あり得ないとい うことはないもので。
 ほんの数%の確率でも、出会うきっかけは訪れる。そんな運命が用意されているのなら、その 時は必ず訪れるものなのだ。
 出会ってから一年半。誰にもまだ教えていない秘密の恋だが、一般的な恋人同士の関係は既に 確立しつつあるのだ。


「ここでバイトをすれば、今まで以上に一緒にいられる。あかねは嬉しくはないのかい?」
しなやかな指先を伸ばして、あかねの小さな顎をくすぐる。猫をあやすようにして、その指はゆっくりと下りて細い喉元を撫でる。
「……そ、そんな公私混同してたら、仕事にならないじゃないですか!」
「考えようによっては、更に仕事に気合いが入る、かな。やる気が起きる。」
ゆっくりと身を乗り出して、顔を近づけて。
「し、詩紋くんにバレたら困るっ…」
「じゃあ最初から詩紋に説明してしまえば気楽で良いかな」
「ええーっ?」
唇を近づける友雅の肩を、あかねの両手が押しのけるように引き止める。
それはいくらなんでも困る。何というか…さすがにこの年齢差の関係を見ると、良からぬ想像をする者もいないこともないし?せめて高校を卒業していればセーフなのだが。
「それは駄目!友雅さんと付き合ってるの秘密なんだから!」
決して後ろめたい付き合いじゃないし、本気でお互いのことを想っているつもりなのだけれど、世間というのはそんなに寛大ではないから、それとの折り合いが難しい。


「で?どうしていきなりバイトをしたいなんて思いついたんだい?」
キスを迫った途中で追い払われた友雅は、仕方がなく椅子に深く座り直して本題に入った。
あかねくらいの年頃であるから、少しでも自由になる資金が欲しいというのは分かるのだが、ついこの間デートした時でさえも、そんな話など全くなかったものだから友雅も今回のことには少し疑問を抱いていたところだ。
「何か欲しいものでもあるんだったら、プレゼントしてあげても良いんだけれどね?」
「あ…違うの!別にそういうわけじゃないんだけど、少しお小遣いとかに余裕が欲しかったから。もうすぐバーゲンとかもあるし!」
そう言えば来月くらいになれば、世間ではボーナスシーズンがやって来るし。その時期に合わせてあちこちの店では、セールなどが多く開催されるだろう。あかねもファッションには興味あるだろうし、そのために今から資金集めということなら理解できる。
「じゃ、精一杯ここで頑張りなさい。」
「えーっ?やっぱり私、採用なんですかー?」
少し困ったようにあかねが友雅の顔色を伺う。彼は全く様子を変えようとはしない。
「月数回の土曜日と、毎週日曜日だけ。午前10時から夜7時まで。時給850円でOK?」
まあ、給与的にも問題ないし。友雅の他に、仕事しているのは詩紋だけだから知らない顔はいないから気楽だけれど。でも……恋人がマスターのお店でバイトなんて、複雑。
「昼食付きだけど、特別に夕食付きの日も有り…ってのはどうかな?」
午後7時までの仕事で夕食?首をかしげると友雅が、笑いながら小さな声で耳うちをする。
「店を閉めたあとのディナー兼デート付。あかねだけの特別待遇。どうだい?」
そんなことを言うから、断り切れなくなってしまうのだ。
元はと言えば、来月の友雅の誕生日に贈るプレゼントの資金集めのためにバイトをしたかったというのに、その資金を彼のお店で働きながら稼ぐなんて。

確かに、他のところでバイトをしたらデートの時間も限られてしまうけれど、ここならそんな心配も全くナシ。詩紋に二人の関係がバレたらどうしよう、とか…そんな不安はなきにしもあらずだけれど、でも……やっぱり『いつも一緒にいられる』ということは、お互いにとって最高の環境であると言って良い。
社会人と学生とでは、ただでさえ会える機会なんて少ないのだから。それが少しでも縮められるのなら。

「じゃ、あくまでもビジネスライクにお願いします」
ぺこりと他人行儀にあかねが頭を下げた。
「OK。それじゃ、明後日の日曜日から頼むとしようか。」
友雅がそう言って、この面接は終了となった。一応あかねのバッグの中には、きちんと夕べ用意した履歴書が入っていたのだが、不要のままあかねは採用の決定を下された。
勿論、こんな型組みに沿った履歴書よりも友雅自身の方が、あかね自身のことはよく分かっているだろう。

少しだけホッとしたあかねは、もう一度紅茶に口を付けた。
「友雅さん、この紅茶って…オリジナルブレンド?お店にもない特別仕様って言ったでしょう?」
「ああ、そうだよ。あかねのための特別仕様のブレンドだよ。」
「私仕様?」
小さな小花が上品に彩られたティーカップを両手で持ちながら、あかねは友雅の顔を見た。
「あかねの好きなローズ系の香り、ストレートでも渋すぎない抽出時間、ミルクティーでも香りを損なわない濃さ、猫舌のあかねが飲みやすい温度に冷めても香りが落ちないように、色々と考えてブレンドしたオリジナルだよ。」
友雅は指を折りながら、いくつものあかねのためのアイデアを数える。あかねのことを知っている者しか理解出来ないことを、全て盛り込んだ本当のあかねのためのオリジナルブレンド。
「私だけのじゃ勿体ないですよ、これ…お店に出したら絶対大評判だと思う!」
甘い香りと飲みやすいリーフの味。女の子だったら誰もが好きになりそうな紅茶。強いて言うなら、恋する想いが詰まった幸せの味がする紅茶。自分一人だけ味わうなんて勿体ない。

あかねはそう勧めたのだが、友雅の方は断固として店のメニューに加えるつもりはないらしい。
「このブレンドは、あかねを想い描いて作り上げたものだから、あかねだけに飲んでもらえればそれで良いんだよ。いわば私とあかねだけのものだからね。他の誰にも邪魔されたくはないからね?」
それはまるで恋の呪文のようで、もう一口紅茶を飲んだら、更に甘さが増しているような気がした。甘くて溶けてしまいそうな…砂糖なんて全く入っていないのに、アルコールだって入っていないのに何かに酔いそうな。

「そろそろ店に戻らないといけないな。詩紋だけほったらかしでは可哀想だからね。」
友雅がそう言って立ち上がったので、あかねも続いて腰を上げた。そして、古めかしいドアをあけようとする友雅の近くに行ったとたんに、思いがけなく彼の両手があかねを包み込んだ。
驚いて声を上げる間もなく、はね除ける余裕さえもなく、今度は素直に唇を受け止めた。
同じ紅茶の味のする唇。甘い薔薇のフレーバーが、お互いの唇から漂って一体化するのが不思議でもあるし甘美でもあった。

「ビジネスライクに…って言ったのに」
唇が離れたあと、小さくつぶやくようにあかねが言うと、すぐに友雅が言い返す。
「仕事は明後日から。今は、ただの恋人同士だから構わないんだよ。」

だからってここは明らかに仕事場で。
仕事場って言ったら聖域って言っても言い過ぎじゃないのに。
すぐドアの向こうには詩紋がいるっていうのに。
そんな風に都合の良い解釈しちゃって……とんでもないマスター!!



……………だけど、大好きな恋人には変わりない。






-----THE END-----




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