Lover's Blend

 001
そりゃ、確かにバイト先を探していたことは間違いないのだけれど、だからと言ってまさかここを紹介されるなんて思ってもみなかった。
オークブラウンの木造で、ティーブラウンが混じった色の窓ガラス。古めかしさも感じられるけれど、アンティーク調と言えば聞こえが良い。
周りを囲む緑の柵に、ぽつぽつと赤いものが見えるのは小さな薔薇の花。派手さはないけれど、どことなく可愛らしくて女の子は好きそうな……そんな気がする喫茶店。

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「あかねちゃん、アルバイトしたいってこの間言ってたよね?」
詩紋くんにそう言われたのは、放課後の図書館でのことだった。
高校生になってから何かと物入りも多くって、なかなかお小遣いだけでやりくりするのは難しい。それに、来月は多めの出費が予想されるだけあって、出来れば休みの日くらいはアルバイトでお小遣いのプラスアルファを望みたいと思っていたところだった。
「ね、喫茶店のお手伝いとかはどうかなあ?」
「喫茶店…?っていうと、ウエイトレスとかの?」
こくりと詩紋くんはうなづいた。喫茶店といえば、コンビニやファーストフードと並んでアルバイトの定番中の定番。
「あのね、僕がバイトしてる喫茶店なんだけど。マスターにあかねちゃんのこと話したらね、あと一人くらいバイト入れてもいいって言うからどうかなーって。」
そう言えば詩紋くん、春からアルバイトをしてるって聞いたっけ。お菓子づくりの好きな彼は、いずれはそんなカフェをやってみたいって夢を話してくれたこともあった。つまり、将来のための趣味と実益を兼ねたアルバイトっていうことかな。
「取り敢えず、面接においでって言うんだけど?」
詩紋くんが勧めてくれるお店なんだから、きっと悪いところじゃないかもしれない。受かるかどうかは分からないけれど、面接くらいなら行ってみても良いかな、と思った。
「じゃ、お願いしようかなあ。」
「分かった。じゃあ明日、学校終わったら寄ってみて。ここがお店だから。」
そう言って詩紋くんは、財布の中からカードを取り出して私の前に差し出した。そこにはお店の地図と、店名が書かれていた。

………まさか、このお店なんて!!!! そうと知ってたら、すぐ断ったのに!!!


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ドアを開けると、少しきしんだ音と共にベルが軽く鳴り響いた。
「いらっしゃいませ…あ、あかねちゃん!」
こっそりと覗き込むようにドアを開けると、見つけてくれたのは詩紋くんだった。彼はすぐに私のところにやってきて、手を引いてカウンターへ引っ張っていく。

お店の中は、とても静か。クラシックかジャズとかBGMに似合いそう。しかも有線とかじゃなくて、アナログのレコードなんかだったらぴったり……。落ち着いた色のテーブルと椅子が並んで、若い子じゃなくても落ち着く感じ。

…とか言いながら、私の方は落ち着いてなんていられないんですけれど☆

「マスター、この間言ってたアルバイト希望の友達です」
詩紋くんははきはきと、元気にそう言って私をカウンターの向こうにいるマスターに紹介した。
「はじめ…まして。元宮と申します…」
取り敢えず、ぺこりと頭を下げた。
「話は彼から聞いているよ。では、簡単な面接をさせてもらうけれど、少し時間もらってもいいかな?」
「は、はあ…」
顔を上げられずにいる私から目を反らすと、マスターはすぐに詩紋くんの方を向いた。
「それじゃ、ちょっと向こうの部屋で面接させてもらうから。詩紋、その間はお店の方頼めるかな?」
「あ、わかりました」
マスターの言葉に、礼儀正しく詩紋くんはうなづいた。
アルバイト一人だけなのに、お店なんて任せてしまっても良いんだろうか…。まあ、そんなに頻繁にお客さんが入れ替わりやって来るという感じでもないし(特に今日は平日だし。)、詩紋くんだけでも十分店番くらい出来るんだろうけれど。

「それじゃ、元宮さん?お茶を入れていくから、先にこっちの部屋で待っていてくれるかな?」
いきなり声をかけられて、どきっとして顔を上げてしまった。マスターが裏手にあるドアを開けて、まるでエスコートするように道を開ける。
「は、はい…それじゃお先に……」
こそこそといそいそと、私はその部屋に逃げるように向かう。
ドアを閉める瞬間、ぽん、と背中を押すように触れた大きな手に、飛び上がるほどびっくりさせられた。


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どれくらい時間が経っただろう。
休憩室と言える小さな部屋には、それに似合うようなアンティークらしきテーブルと椅子がいくつか並んでいた。背の高い窓があって、薄暗い感じはしない。窓ガラスの向こうには緑の木々も見える。
しばらく、じっとあかねは一人で椅子に腰掛けていた。いつ、あのドアが開くかとどきどきしながら。

ギイ…とドアが開く音。びくっとして肩が震えると、開いた戸の隙間から突然花の香りが流れ込んできた。
「待たせたかな?ちょっとお茶を用意するのに時間がかかってね…」
彼は二つのティーセットを手に抱えてていた。そしてトレイごとテーブルの上に置くと、暖めたカップをあかねの前に置き、ティーポットをゆっくりと注ぎ入れた。
深い色の紅茶がなみなみと白いカップの表面を消していく。湯気が上質なリーフの香りと共に、甘い花の香りを漂わせる。
「お店にも出していない、とっておきの特別仕様のブレンドティーだよ。」
そう言って彼は、花の香りが漂うカップをあかねに差し出して、ゆっくりと向かいの椅子に腰を下ろした。

あかねは、その紅茶に口をつけずにいた。そして、顔も上げずに黙っていた。
彼は、そんな彼女に何を言うこともなかった。やっと彼が口を開いたのは、お互いだんまりを続けて5分近く過ぎた頃だった。
「それじゃ、履歴書を見せて貰おうかな?」
面接では当然の切り出し。だが、そのとたんにあかねが言い返した。
「履歴書なんて見なくたって…分かってるじゃないですかっ…!」
ここまで来て、やっとお互いの視線がしっかりと相手を捕らえた。

………さらさらと絹糸のように細い、肩にかかる髪と大きな瞳。

………ゆるやかな波を描く長い髪と、甘美な眼差しを描き出す深い色の瞳。

それはお互いの愛しい人が持っている、何より素敵なもの。



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Megumi,Ka

suga