瞳・水晶

 006
どれくらい二人、影を重ねていただろうか。

外の雨は相変わらず止みそうにはない。周囲では何一つ変化のない時間。
「……私の気持ち、伝わってない?」
あかねが口を開いた。彼女の肩を両手で支えて見つめ合う。

風に波打つ湖の水面のように、緩やかに潤んだあかねの瞳から、今にも雫がこぼれ落ちそうだった。

「分かるまで確かめてよ………分かるまで、確かめてくれないと……イヤだよ」

ぽとり、と透明な粒が頬を伝う。瞳と同じ輝きを持つ、大粒の涙が止めどなく流れては友雅の指先までもを濡らした。

「私、友雅さんのこと本気で……本気で好きなのに……ホントに…すごく好きなのに……これ以上どうにもならないくらい好きなんだよ…………」

肩が震えて友雅の腕に伝わる。壊れそうなほどに華奢なあかねの身体が友雅の腕の中でうずくまった。

「友雅さんがいてくれるだけで…それだけで良いんだよ……。友雅さんじゃなきゃダメなの。誰にも代わりなんて出来ないの。そばにいてくれるのは友雅さんじゃなきゃ……ダメ……」

懸命に言葉を告げる。呼吸が整わなくて、時々声が裏返ってしまうことも多々あったが、それでも伝えなくてはいけない想いが多すぎるから。

「…想いだけなら私にも十分兼ね備えてある。だけどそれだけでは、これから生きていけないだろう?心に余裕がなかったら、いずれどこかできしみが生まれてしまう。そのとき………」

友雅が言葉を続けている最中に、あかねは友雅の顔を包み込むようにして胸の中に抱き寄せた。暖かく、さりげない強さの彼女の腕の力が友雅の身体を包んだ。
「そんな悲しいことばっかり考えちゃダメだよ……」

鼓動が聞こえる。あかねの心音が彼女の涙声と共に耳に流れ込む。

「ふたりだったら……どんなことだって大丈夫だよ……」

まだ友雅の手の中にすっぽり入ってしまうような少女なのに、彼を包み込む手はどんなものより広々としている。目を閉じると、果てしなく続く地平線を思い出すほどに。

「友雅さんがそばにいてくれる、って…それだけで私がどれだけ嬉しいか……。何にもいらないの。友雅さんが…いてくれれば、それだけで良いの。それだけで…私、強く生きていられる…」
好きな人がそばにいること。愛する人が、そこにいてくれること。

相手の存在を確認できる位置にいることがどれほどに幸せを生み出すものなのか。手を伸ばせば、握り返してくれる手があることが、どれほどに心を豊かにしてくれるものなのか。
「永遠…だって、二人だったらいくらでも作ることできるよ…」
寄り添って、手を取り合って、抱き合って、見つめ合って、相手を……想って。

繰り返してゆく熱い想いを確認しあいながら時間の流れに任せて行く。その先にあるものは………。

「私の存在は、君にとってかけがえのないものだ、と自惚れても良いのかい?」
「……今更、他に何も言うことなんてないよ………」

あかねが指先で涙のあとをなぞるようにこすって答えた。
自分があかねを愛おしく想うことと同じように、彼女の中で自分の存在が確立していると想ってもいいのか。

自分が常に彼女の一番近くにいると、そう想っても良いのか。
友雅は、すぐそばにあるソファの上にかかった白いレースのマルチカバーをはぎ取り、それを広げてあかねの頭の上からかぶせた。

「な、何するの〜?」

いきなりかぶせられた白いカバーから顔を出して友雅の顔を見上げたあかねに、彼は優しげに微笑んだ。
「この間テレビで見たんだけれど、この世界での婚儀の時は……女性はこういう白い布を頭からかぶるものなんだろう?」

その笑顔が、その言葉が、何を意味しているのか。

「似合うよ。本物ではなくて残念だけど…本物は…また今度の約束ってことにしておこうか」

背中に手を回してあかねの身体を引き寄せた友雅の顔を見る。何も言わないけれど……言葉は告げないけれど。

意味は分かる。

ぽろり、とあかねの瞳からしずくがこぼれた。
「弱いね、まだまだ私は…人間として半人前かもしれない。もう少し君のために強くならなくてはいけないな。いつまでもこんな事ばかり考えているより、君の言うように永遠を作り出す事の方が大切だね」

これまでにどれくらい、あかねからたくさんのことを吸収してきただろう。自分一人では思いもしなかったことを、あかねはいつも気付かせてくれた。自分では得られなかったことを、彼女は与えてくれた。

一人だったら…変われなかっただろう。
「と、友雅さんのお誕生日なのに……何で私の方が嬉しいんだろ…」

声をうわずらせて、少し涙を交えて、目を少し腫らしてあかねは懸命に笑おうとした。そんなあかねを腕に抱えて、友雅は優しく抱きしめた。

「君がさっき言った言葉と同じさ。君が私のそばにいてくれるだけでいいんだよ。……他には何もいらないんだ」
欲しいのは、あなた。

それは二人につながる、たった一つの強い絆。
「ずっと、一緒にいてくれるかい?」

友雅が尋ねるたびに、あかねの瞳からしずくがぽろぽろとこぼれ落ちる。

「私は頼りない男だけれど、それでも……?」
我慢が出来なくて、気付くとあかねは友雅に抱きついていた。がっしりとしがみついて、思い切り声を上げて泣きたかったが、それさえも涙に遮られてしまった。

「力は弱いけれど、君に対する想いだけなら自信があるよ。それしかないけれど……いいかな?」
何をくりかえしても、友雅の声で囁かれる言葉はあかねの胸を締め付けた。そして更に、涙を促す。あふれ出してくる想いと比例して、涙が止まる気配はなかった。

泣きじゃくるあかねの身体を抱きしめながら、ソファの上に横たえてそっと唇であかねの頬の涙のあとに触れる。
「君の未来を私にくれるかな」
友雅の髪が頬をくすぐる。言葉のあとに寄せてくる彼の唇を受け止めることで、あかねは応えた。
「生まれて初めての………最高の誕生日だよ」
耳元で、ささやく声がした。


………外からは雨音。雫が交差して、管楽器に似た音を立てている。

手のひらに、あなたの鼓動。暖かなぬくもりと共に身体に染み込んでくる。

雨だれのしずくに似た透明の輝きを持つ瞳に、吸い込まそうになってすべてを預けた。
一人だった頃の記憶が薄らいで行く。

二人で生きる時間がそれらを追い越して行く。

伝わる二つの想いは一つになって、これから新しい未来を作る。
そして、本当の永遠の輝きへと近づいて行く。

これからの、ふたりの未来へ。





-----THE END-----




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