瞳・水晶

 004
小さな花が密集して、今にもこぼれ落ちそうなほどに咲き誇っている。さほど大きくない鉢植えでさえこんな枝振りをしているのなら、地に根を張って育ったらどれくらい大きな花が咲くだろう。
窓際に紫陽花を飾り、友雅はしばらくそれを眺めていた。

「花言葉は移り気…か。痛いところをつかれたな」

思い出したあかねの一言。
あれはこの世界に来る数日前のことだったか。
あかねに誘われるままに、この世界にやってくることを決意した夜。

「ずっと友雅さんと一緒にいたいの。だから…………」
「君と共に行くよ。」
「ホントに?」
「君がここからいなくなるのなら、この世界に用はないからね」

元々執着心の強い人間ではないし、何かに未練を残すような性格ではなかったから。今ここを旅立つとしても違和感などなかった。
たった一つ、執着したかったものが彼女の存在であるのならば、あかねと共に生きる世界を選んで当然だった。

その時、あかねが友雅に冗談めいて言ったのが

「でも、向こうに戻ったら…今までみたいな移り気な趣味はダメですからね!」
遠回しに『私だけを見なくちゃイヤだ』と、愛らしいわがままを言うようにして。

「他に目移りなど、今の私にできるわけがないだろう……?」
紫陽花の花を指先ではじきながら、友雅は笑いながら独り言をつぶやいた。ふと、さっき店先で浴びていたホースの水が、花弁の先にしずくを作って水晶のように輝いた。


■■■


何のかんのと迷い癖の直らないあかねの性分のおかげで、天真が食事にありつけたのはランチタイムを過ぎて、すでにティータイムと言ってもおかしくない時間だった。
「で、結局さっきの湯飲みかよ。だったらすぐに決めりゃいいだろうになぁ…」
よほど空腹がピークに達していたらしく、オーダーしたプレートが運ばれてきてから10分もしないうちに天真は食事を終えてしまっていた。
あかねはさほど空腹感がなかったので、軽めのケーキセットを頼んだ。
「やっぱあいつ、飲むってえと緑茶なわけ?」
グラスの中で氷を泳がせるアイスコーヒーを見て、ぽつりと天真が言った。
「うーん……そうかなあ、やっぱり。紅茶とかウーロン茶とかならそんなに違和感なく飲めるみたいだけど、やっぱり日本茶が落ち着くみたい」
「んじゃ、コーラなんて飲めねえだろうな」
そう言って天真は泡立つコーラを飲み干した。

そういうところが、やっぱりこの世界で生まれ育った自分たちと違うんだな、と思い知らされる。
色々なことを教えてあげたし、この世界に馴染めるようにと頑張っていたけれど。

でもそれは迷惑になっていなかったんだろうか。

友雅は大人だから、イヤなことがあっても顔には出さないだろう。苦手なものがあっても、あからさまに突き放したりしないだろう。
この世界で生きるために必要なことの中で、どうしても自分の納得の行かないこと…なかったとは言えない。
あかね自身も向こうで過ごした日常で、馴染むことの出来なかったことがたくさんある。

後悔したり、していないだろうか。この世界にやって来てしまったことを。京に着いたときの自分とおなじように、元の世界に戻りたいと思ったりしていないだろうか。

もしも、元の世界に戻れるチャンスがめぐってきたら…………そのとき、友雅の目はどっちの方向を見ているんだろう。

離れたくない、と想いは一方通行なんだろうか。

店を出て、ぼんやりとアクセサリー売場を通り過ぎる。こちらも今のシーズンはウェディングギフトフェアの真っ最中だ。あちこちのショーケースに並ぶダイヤとプラチナの輝きが目に痛い。
光が眩しすぎて、目に痛い。
「綺麗だけど、私には縁がないや……」
「あー、まあ友雅もそこまでまだ甲斐性はねぇだろうしなぁ」
当然だがこういう売場は天真にとって退屈でしかない。そうなるとあかねをからかうしかない。
「ま、あいつがモノホン買えるまでは、安い水晶とかガラス玉みたいなヤツで良いんじゃねーの?本物買ってもらう約束ってんでさ」
そう言って笑いながら、天真はあかねの頭を軽く小突いた。
「天真くん……さっきからあたしと友雅さんがゴールインでもするような言い方してない?」
「あ?違うわけ?だっておまえすでにあいつのところに泊まっ…………うがっ!!」
人通りの多い場所で突然天真がとんでもないことを口走ろうとしたので、慌ててあかねは後ろから両手で口を塞いだ。
「ったく…何だよ、そういうつもりで付き合ってんじゃねーのか?おまえんとこの親だって公認してんだろ?」
確かに母は友雅のことを気に入ってくれているし、いつもは口うるさい父もそんなに文句を言ったりしない。
「ってこたぁ、おまえを嫁に出す心意気はあるんだろ。友雅だって年が年なんだしさ、身を固めても良い時期だろ?あっちの世界じゃ分かんねーけどさ」

そう、友雅は自分よりもずっと大人で。そしてまた誕生日が来て、年が一つ離れて。
今度はあかねが一つ年を取って、ちょっとだけ友雅に近づいて……そうしているうちにまた友雅の誕生日が来る。
くっついて、離れて、その繰り返しをしながら……全然距離は狭まらない。
いつも自分よりも上の視点を見ている友雅の価値観。そこにたどり着くには距離が有りすぎる。

一緒になりたい……なんて、少しだけ思ったりするのは子供の考えなのかな。
友雅さんは……どう思ってくれてる?


■■■


「いらっしゃいませ」
仕事先からの帰り道。ふと気付いたら、また花屋の前に立っていた。昨日接客してくれた青年が、友雅の姿を見つけて声を掛けた。
「男性でお花がお好きなんて珍しいですね。そういう僕もそうですけれど」
はきはきとして元気の良さそうな青年の話は、聞いていて心地よく感じられた。
「あの紫陽花は綺麗だった。部屋に飾ってるよ。」
「そうですか。今の時期、一番綺麗な花ですからね。でも彼女への贈り物にはいけませんけど」
笑いながらそう言った青年の言葉に、友雅も苦笑した。
「じゃあ、もしも贈り物としてあげるとしたら…どんな花が良いんだろうね?」
ゆったりと店内を見渡した友雅は、彼にそう尋ねた。原色の鮮やかな色彩で染め上げた花は、どれもあかねが好きそうな感じだ。
「そうですねえ…やっぱり本命の彼女にプレゼントするなら……薔薇なんじゃないですかね。赤い薔薇とか。花言葉もそのまま『愛』ですし。ちょっとカッコつけですけどね」
薔薇……そういえば京でも内裏の庭先に咲いている野生の薔薇を見たことがある。豪華で華やかで、あかねに似合うとは御世辞にも言えない花ではあるが。
「ここぞ、というときには赤い薔薇だと思いますよ」
自信を持って彼はそう答えた。

あかねにピッタリだと言える花ではない。
だが、友雅の想いを伝えるとしたら、この花以上のものはないだろう。きっと、間違いなく。

あの花を、迷わず自信を持ってあかねに贈る日はいつだろう。ぼんやりとそんなことを考えながら、友雅は自分の住むマンションに戻ってきた。
3階までの階段を上り、通路に出ると彼の部屋の前に人影が見えた。
「おかえり、友雅さん」
薄暗い廊下なのに、あかねがそこにいるだけでふわりと周囲が明るくなる。
「どうしたんだい。今日ここに来る約束だったかな?」
「ううん。そうじゃないんだけど…。ごめんなさい、いきなり来て迷惑だったかなぁ…」
衣替えをしたばかりの半袖の制服姿は、夜にはまだ肌寒く感じるだろう。

「迷惑なはずがないよ。せっかく来てくれたんだから…外はまだ寒いしね。中にお入り。」
友雅に背中を押されて、あかねはやっと足を前に出した。

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Megumi,Ka

suga