瞳・水晶

 003
日差しが差し込む明るいカフェテラスのついた、雑貨店に天真とあかねはやって来ていた。
「こっちの方が友雅のイメージだとオレは思うぜ?」
天真はあかねが手にとって悩んでいる二つの湯飲みを見て、右手に持っているモスグリーンに小豆色のスパッタリング模様がついた方を指さした。
というか、もう片方はクリーム色に小豆色というコンビネーションだったので、友雅にしては少し子供っぽいかという気がしたからだった。むしろ…あかねになら、合うかもしれない。
「いっそ二つ買っちまえば?で、そっちはおまえが使う…ってことで。どーせ一緒に茶でも入れて飲んでるんだろうしさ」
「ええ?それじゃ御誕生日プレゼントにならないじゃない★」
「いいんじゃねーのー?そんなん気にしなくっても。夫婦茶碗みたいでいいじゃん」
「め、夫婦…茶碗っ!?」
あかねの顔がほんのりと紅を差したように赤くなる。
「照れてやんの〜っ!」
天真が笑いながらあかねを小突いた。からかわれたことに気付いて、あかねは天真の手を軽く払いのける。
「すぐそーやってからかうっ!」
天真は笑いながらあかねを交わして、カフェのショーウインドウへと移動した。

心地よさを覚えるにぎやかさ。女の子たちの話し声が店内にひしめきあっている。
ふと気付くと、店の中は夏らしい白を基調に模様替えされていた。季節が変わって行くことをビジュアルとしてアピールしている。
そしてもう一つ、その白という色の意味に気付いた。
あちこちに並ぶ対になったカトラリーや食器、グラス。ペアに揃えたファブリックに真っ白なリボンのギフトボックス。
「そっか……6月だから………」
6月の白。それは純白のドレスへとイマジネーションを働かせる。

ジューンブライド。

『引き出物に』『ご結婚のお祝いとして』…そんなポップのアオリがあちこちに飾られている。
『6月の花嫁は幸せになれる』。
そんな言い伝え、一体いつ覚えたんだろう?

今の時期になるとあちこちでもそんなお祝いの情報が入ってきたりする。一昨年は友達の姉が結婚し、去年は母方のいとこが6月に結婚した。
いとこの結婚式のときはあかねも招待されたので顔を出した。緑に包まれた中にある素朴な木造の軽井沢高原協会。決して大掛かりな大人数での式ではなかったけれど、真っ白なウェディングドレスのベールをオーロラのひだのように輝かせて微笑んだ彼女の姿が、とても幸せそうに見えたのを覚えている。

放り投げられたブーケを取ろうとして夢中になったけれど、自分よりも背の高い女の子がいて(しかもバスケ部の娘だったからジャンプ力もハンパじゃなかった)敢えなく敗北してしまったのが残念だったけれど。


一年前の自分は……そんな花嫁姿の彼女を見て、単に『綺麗』という感情しかなかった。
だけど………今だったら。
心から憧れる。幸せなウエディングベルを鳴らすときのことを。


■■■



季節が変わると、それぞれのシーズンの花が代わる代わるに咲き誇るのはこの時代も同じだった。
六月…今頃なら紫陽花、藤、橘もそうだったか。
その中でも紫陽花は、この辺りでも散歩がてらに安易に目にすることが出来る。
花を見ると心が落ち着いてくる。過ごし慣れた世界の空気をわずかでも感じることが出来るからだろうか。
うっすらと淡い色を変化させて次々と目を楽しめるその花を眺めていると、出会った頃のあかねのことを思い出す。
自分が思っても見なかった視野の広さと価値観を持って、会うたびに表情を変えた彼女の変化を見ることに楽しさを覚え、そして気付いたときは……目が離せなくなっていた。

吸い込まれるように澄んだ瞳の輝きに吸い込まれていくように、自分が自分ではなくなっていくような不思議な感覚があった。
一時も目を反らせなくなって、彼女のそばから離れたくなくなって。
強すぎるほどの想いに自分で驚いて。
そして彼女と共に新しい世界で生きることを決めて、現在がある。

夕暮れの街角にふらりと足を踏み入れ、宛もなくぼんやりと歩いてみると花を売る店が多い。見たこともなかった斬新な花や、鮮やかな色合いの花が多く店先に並んでいるが、その中にも紫陽花の花が鉢の中に植え込まれて売られていた。

「贈り物のお花をお探しですか?」

顔を上げると爽やかな風貌の青年が友雅を見ていた。店の名前の入ったエプロンを付けているところを見ると、ここの店員なのだろう。
「まあ……そうかな。この紫陽花はいくらするのかな」
「これは…えーと、3500円ですね。鉢の割には大ぶりの花が咲きますし、色も綺麗なので値段以上の良いモノですよ。オススメです。」
彼の言うように色合いは少し青が強い気がするが、それが初夏によく似合って涼を感じさせてくれる。
「じゃあ、これをいただこうかな」
友雅がそう言うと、彼はその鉢を両手で丁寧に持ち上げてカウンターへと運んでいった。

花なんて自然に芽吹き花開くものだと思っていた常識は、この世界では通用しない。時には買うということをしなければ、手に入らないものもある。
庭がない友雅の住居では、この紫陽花も同様だった。

「贈り物でしたらリボンなど結びますか?」
透明のセロファンで鉢を包んだ店員が尋ねた。
「ああ……そうだな、じゃあその桜色のリボンがいいね」
光沢のあるピンク色のリボンを友雅が指さすと、彼が少し怪訝な顔をして言った。
「もしかして女性の方へ贈り物ですか?」
「ん…?ああ、まあ……そうかな……」
そう答えると彼は困ったように笑いながら頭をかいた。
「それでしたら紫陽花は……止めた方がいいかもしれませんよ。ましてや彼女でしたら…ねえ」
彼が気まずそうにそう言った言葉の意味が、友雅には全く分からなかった。こんなに美しく咲いている花を贈って、嬉しくない女性などいないと思うのだが、何がまずいのだろう。

「花言葉がですね、よくないんですよ」

「花言葉?」
「ええ。その花の持つ意味みたいなもんですけれど……紫陽花はちょっとねえ」
言霊と同じ様なものか。花それぞれに何か意味を持っているなんて、今まで考えてもみなかったことだった。ほんの少し友雅は興味がわいた。
「それで、紫陽花の花言葉はどんなものなんだい?」

「『移り気』とか『浮気』……ですね。多分、すぐにころころと色が変わるところから来ているんじゃないですかねえ…」

そう聞いて、友雅は苦笑するしかなかった。『友雅さんに似合う花だね』とか言いながら、少し不機嫌そうにするあかねの顔が思い浮かぶ。
「それじゃ贈り物には出来ないね。じゃあ、家の飾りとして扱うことにするよ。」

友雅と店員の青年は、顔を合わせて苦笑した。





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Megumi,Ka

suga